表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/88

1話 お菓子な出会い


「うーん、今日も良い出来だわ」


 アラファ・ステンスは出来上がったクッキーを味見して満足気に頷いた。


 アラファは王城に勤めている使用人、メイドであった。

 齢は十代後半、花の青春盛りだが、彼女の家にはお金が無く、学園に通うことは叶わず、こうして働きに出ていた。

 掃除に洗濯、来客対応と多岐に渡る仕事に彼女は日々忙殺されていた。

 職場で一番若かったのも良くなかった、同僚に色んな雑務を押しつけられては断れず本日も深夜なのに厨房で翌日の朝食の仕込みを行っている。


「だからこれくらいはいいわよね……うまーい」


 仕込みを終えたアラファはそのまま厨房でぐだーっとしながらクッキーを頬張る。魔力を使用するオーブンは貧乏家庭の彼女の家には無いものでここで焼くしかなかった。決して褒められた行為ではないが、生地はこのために家から持ってきた物で職場の食材は使っていない。

 というより私以外にクッキーなんて作れる人はこの世界にいないのよね。




 アラファは現代日本からの転生者であった。

 転生する前はお菓子作りが好きだった彼女は、転生したこの世界の製菓技術が発達していないことに最初こそがっかりしたが、長年の研究の末にどうにか日本と遜色ないお菓子をいくつか生み出すことに成功している。




「お菓子の材料は何とか調達しやすくて助かったわ。あーでもまだまだ手に入っていない材料とかあるし……あーチョコレート恋しい……」


 深夜、仕事終わり、最高のお菓子。

 アラファは完全に脱力しており、油断していた。


 ガタッ、と厨房の入り口の方で音が鳴る。


「っ!? ……さーてお片付け、お片付けっと!!」


 同僚が来たかと判断したアラファは、一瞬で背筋をピンと立ち上がりサボっていたことを誤魔化そうとするが。


「その……」


 そこにいたのは小さな男の子であった。


「ビビったぁ……。どうしたの、君?」


 深夜の王城に迷い込む子供がいるかというとアラファもあまり聞いたことないが王城の警備は緩い。そんなこともあるだろうと判断する。


「それ、何?」


 男の子はアラファの手元にあるクッキーを指さして問いかける。

 クッキーの香ばしい匂いに釣られたのだろう。アラファは逡巡したが、家に持ち帰って食べる用に少々多めに焼いていたので。


「気になるなら一枚食べてみる?」


 男の子を手招きする。のこのことやってきた男の子にクッキーを一枚手渡しして。


「いいの?」

「その代わりお姉ちゃんがこんなことしてたってのは内緒ね」

「うん、分かった」


 男の子は頷くとそのままクッキーをひとかじりして。


「おいしい……」


 うっとりとクッキーを見つめた後、そのまま夢中になって一枚食べ終わる。


「お……お姉ちゃん、これ何なの!?」

「これはねクッキーっていうんだけど……説明は難しいかな」


 子供だし製菓技術の発達が遅れている異世界人に言っても難しいだろうと説明を端折る。


「クッキー……こんなおいしいの初めて食べた……」


 男の子の顔が未知の物に触れた喜びに溢れるのを見て、アラファも久しく感じたことの無かった自分の作った料理を誰かに食べてもらう喜びを覚える。

 異世界で人に言えることじゃないとずっと一人で研究してたから……。日本にいた頃に家族や友達に食べてもらったときのことを思い出すなあ。


「まだまだ食べて良いわよ」

「……! いいの!?」

「ほらほらたーんとお食べ」


 嬉しくなったアラファは男の子に残ったクッキーを振る舞い、男の子もクッキーを喜んで食べ、幸せな空間が形成された。




 それからというものの。


「フィナンシェを作ってみたの」

「おいしい!!」


「マドレーヌね」

「うまい!!」


「スコーンよ!」

「この世にこんなものが存在していたなんて……」


 仕事が深夜にまで及ぶときにアラファがお菓子を作っていると、どこからともなく男の子が現れて一緒に食べるといった日々が続いた。

 男の子はアラファに気を許したのか最初の頃に比べるとよくしゃべるようになった。

 だからこそなのか、ある日こんなことを聞いてしまう。




「ねえ、お姉さんは僕がどこの誰なのか気にならないの?」


 正直言うと少し気にはなった。ここまで王城で自由にしているってことは王家に連なる者なのかと思ったけど、アラファの知る限り王家にこれくらいの子供はいない。

 だったら幽霊!? ありえなくはないのか、魔法とかあるんだし。でもお菓子を食べてるって事は実態があるわけで……。


「二人でおいしいもの食べて幸せ、それでいいのよ。ほらほらたーんとお食べ」

「それでいいのかな……?」


 思考が爆発したアラファに男の子は心配そうにしていた。




 そんなある日のこと。

 深夜の密会のおかげで活力が沸き、忙しい仕事も精力的にこなしていくアラファだったが、浮かれすぎてしまった。


「庭の草むしりに、ベッドシーツの洗濯、終わったらトイレ掃除をお願いね」


 メイドたちで中くらいに偉いアラサーのルシル・デサルタ。

 上には媚びへつらい、下には厳しく当たることで有名なルシル。

 ちょうど縁談が破談となり虫の居所の悪かった彼女にアラファは目をつけられてしまい、多くの仕事を振られたりなどいびられていた。




「あのクソババアが……!」


 どうにか時間を捻出した昼休憩。アラファはルシルのことをババアと罵り愚痴る。

 昼食は堅いパンとよく分からない豆のスープ。節約しているのではなくこの世界での標準的な食べ物はこのレベルだ。


「毎日忙しくてお菓子作りも出来てない……あーおいしいもの食べたいし、あの子にも会いたいなー……」


 最近男の子との深夜の交流が行えていないことに、お腹的にも精神的にも満たされていないことを嘆いていると。




「見て、スカフ王子だわ!」

「えっ『真昼の王子様』がいるの!?」


 周囲が騒がしくなってくる。


「どれどれ……確かに珍しいわね。それにしてもめっちゃ美形」


 アラファも物陰からこっそり覗くとスカフ王子がきょろきょろと見回し何かを探すように歩いていた。


 スカフ王子、この国の王子でありながらその立場にあぐらをかくことなく勉学に励み何か有名な学園を首席で卒業。

 その後も王子の立場でありながら王を主に外交の分野でサポートしている。


 ただその姿を見ることが出来るのは昼だけ。

 夜にスカフ王子の姿を見た者はおらず、どれだけ大事な催しでも夜に行われるものには欠席するという。


 故に巷では『真昼の王子様』と呼ばれている。

 『夜遊びでもしてるのかしら』『王子様がそんなことするはずないでしょ! きっと勉強しているんだわ!』『いや、私のところに夜な夜な来て……』『寝言は寝て言え』など様々な憶測が流れている。




「王城にいないことが多いのに珍しいわね……」


 アラファは王城に仕える身ではあるが、立場が違いすぎてスカフ王子とは話したこともない。そもそも憧れたり恋仲になりたいなどと思うことすら憚られるくらいだ。

 アラファにとってのスカフ王子のことを正確に表すなら『美しい美術品』だろうか。今日はいいものを見れたと拝んだ後、午後からの仕事も頑張ろうとアラファはその場を後にした。


「っ……君は……!」






 数日後の深夜。


「今日はビスケットよ……ふわぁ……」

「お姉さん眠いの?」

「ああ、ごめんね。ちょっと最近仕事が忙しくて」


 忙しい日々の中アラファは一念発起してお菓子の生地を家から持ち込み、翌日の朝食の仕込みを終えた後にオーブンを使わせてもらった。

 そうやって焼いていると匂いに釣られたのか男の子もどこからともなく現れて、久しぶりにいつものように二人でお菓子を囲むこととなる。


「…………」

「ん、どうしたの? 食べないの?」


 しかしいつもと違ってお菓子に飛びつくはずの男の子がすぐには食べ始めない。そのままぽつりと話し始める。


「お姉さんは今の状況に満足してるの?」

「今の状況?」

「こんなにおいしくて誰も食べたことない夢のような食べ物作れるのに、王城で忙しくこき使われて不満じゃないの?」

「そりゃ不満に思ってるに決まってるでしょ」


 あっけらかんとアラファは答える。


「だったら……!」

「でもお金も立場も無いんだからこうやって自分や君が食べる分を作るので精一杯なのよ。本当は一日中お菓子作りたいけどね。あとは取り寄せるのとか面倒くさそうな隣国にしか無い貴重な食材とかも欲しいけど……」

「…………」

「って、難しい話しちゃってごめんね。ほらほら気にせず食べないともったいないよ」


 重くなった空気を入れ換えようとするが、男の子はそのまま何やら決意に満ちた表情で。


「……分かった。僕も覚悟を決めるね」

「今日もおいしい! ……ん?」


 対してアラファはビスケットをくわえたままのしまらない状況で。






「アラファ追加で仕事を…………って、何ですかこの状況は!?」

「げっ……何でこんな深夜にいるのよこのクソババア……」


 そんな折に現れた第三者、ルシルが仕事をサボっているアラファを見つけて声を荒げる。


「あなたには朝食の仕込みを頼んでいたはずでしょう!! それが何ですか!! 勝手に厨房の食材を使って食べているだなんて!!」

「いや、食材は自分で持ち込んで……」

「おだまりなさい!! 言い訳なんて、あなた悪いことしている自覚があるのかしら!! 本当あなたはダメダメね!!」

「あーこれ長くなりそう……」

「何か言ったかしら!! 本当こんな貧相な子供まで連れ込んで。こうなったら直接上の人にあなたの状況を話してクビにしてもらいますよ!!」

「あっ、それはちょっと困る……」


 こんな立派なオーブンがあるのはここ王城くらいだ。追い出されたら作れるお菓子のバリエーションが一気に減る。




「ちょっと話を挟んで良いかな?」

 そんなときに男の子が話しに割り込む。


「何ですか、子供は黙っててちょうだい!!」

「いいや、彼女が不当に叩かれるのは見過ごせないからね。彼女は外交用の贈答品としてのお菓子作りをしていただけだ。サボりでは無いよ」


 急に大人びた口調でアラファも知らない事情を語り出す男の子。


「え? そんな話……」

「そんな話聞いたこともありません!! 適当言わないでください!! やっぱり上の人にかけあって……!!」


 間抜け顔を晒すアラファ、ルシルはヒートアップする。


「はぁ……そこまで言うなら分かったよ。上の人に聞いてもらおうか」


 男の子とは嘆息を吐くとその身体が目映い光に包まれていく。


「何これ……?」

「膨大な魔力……!? どうしてこんな子供が……?」


 二人が見守る中、光が晴れてそこに男の子の姿は無かった。

 あったのは一人の男性。


「さて。では話を聞こうか」


『真昼の王子様』スカフ王子。


「えっ……えっ……ええええっ!? ど、どういうこと!? 男の子はどこに!? スカフ王子が何で!?」

「男の子は僕だよ。厄介な呪いでね、僕は夜の間は子供の姿になってしまうんだ。それを今、膨大な魔力を使って一時的に無効にしたんだ」

「は、はぁ……そんなのあるの……あるんですね」

「お姉ちゃんの敬語、慣れなくて面白いね」

「そ、そう言われましても……って、あれ私の今までの態度……ヤバい? ヤバくない?」

「ふふっ」


 混迷するアラファの様子にスカフ王子は愉快そうに笑うと、そのままルシルの方を向く。


「それで? 君は『貧相な子供』である僕に話があるんだったかな?」

「そ、それは……!! 申し訳ありません!!」


 ルシルはその場で土下座をする。雇い主でありこの国の王子であるスカフに頭が上がるはずが無い。


「いや、何。僕の呪いのことは機密情報だ。君程度の立場では知らないことも無理は無い」

「で、ですが…………」

「同じように機密だった外交用のお菓子作りについて知らなくても無理は無い」

「…………」

「ちゃんと職務に忠実に働いているなら不問さ。……ただどうにも君は特定の同僚に仕事を多く振るといった不可解なことを行っているようだが……」

「申し訳ありません!! もうしません!!」


 ルシルは床に頭をこすりつけて赦しを乞うしかない。


「………………」

 スカフはそのまま何も喋らないまま一分ほどじっとした後に。




「そうか、分かってくれたならいい。すぐにこの場を去ってくれ。……ああ、もちろん機密については他言無用だよ」

「は、はい!! 寛大な処置に感謝します」


 ルシルは頭を下げて厨房から去って行った。




 残されたのはアラファとスカフ王子の二人だけ。アラファはじろじろとスカフを見る。


「どうしたんだい?」

「王子って本当にあの男の子なんですか? すごい楽しそうに人を詰っていましたけど」

「呪いの影響で身体に精神が引っ張られるんだ。今のこれが素の僕だよ」

「それと外交用に……って、何の話ですか? 聞いてないですけど」

「今、咄嗟に思い付いたことだからね。しかし我ながら悪くない案だな」

「いや、そう言われても……そんな外交とか面倒くさそうな話……」

「簡単な話だ。君がお菓子を作るためだけの設備・食材・地位を準備しよう。そうだな人手も必要か。時おり僕の目的のためにお菓子を作ってもらうが……基本的にはずっとお菓子を作ってるだけの仕事だ」

「是非やらしてください!!」


 お菓子を作ってるだけの仕事。理想が体現したかのような話にアラファは即刻頷く。


「思った通りの答えだ。早速明日からそうしてもらうとして……ああそうそう。一つ条件があるんだ」

「条件?」

「外交は国の威信をかけて行うもの。贈答品は交渉を円滑に行うのに大きな役割を持つ。下手な物は渡せない以上、出来上がったお菓子は実際に僕が検分する」

「つまり……食べるってこと?」

「……まあ味も見る必要があるからね」


 バツが悪そうにそっぽを向きながら答えるスカフ王子。


「ふふっ」

「な、何がおかしい」

「いえ。あの子と王子様が一緒だなんて実際見ても信じられないですけど……今確かに同じなんだなと確信したので」

「疑われたのはしょうがないが確信した理由は……まあいい。これからもよろしく頼むよ」

「ええ!」


 二人はがっちりと手を握ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ