番外編 元カレ元カノ3
アンディ・ブランドン。この状況でよく声をかけられたな。空気を読まないことに関しては一流だ。
こちらも友人連れ。まったく、とんだ団体になってしまった。
ヘンリーがぐいっとわたしを引き寄せた。
「どちらさまかな? おれの婚約者を馴れ馴れしく呼ばないでもらいたい」
早くも戦闘モードに突入している。
「まあ、ミスター・ブランドン。ごぶさたしております」
それはそれは他人行儀にあいさつしましたよ。
「あ、ああ。うん…」
なんだよ。なんか用か?
「すこし、話がしたかったんだ」
はあ?
「面会を求めても取り次いでもらえないし」
あたりまえじゃん。
「なにか、ご用でしたか?」
「いや、あの……」
だから、なんだ!
「できれば、ふたりで……」
バカなの?
「それはゆるしませんよ」
ヘンリーがきっぱりと言った。火花がパチパチからバチバチになった。
これ以上は爆発する。
「そ、そうですよね……」
あれからアンディとマチルダは別れたと聞いた。アンディは両親から大目玉をくらったそうだ。当然だよね。
アンディ自身も目が覚めたんだろう。
あれだけ大きな夜会でやらかしてしまったらね。しょうがないよね。
まあ、よかったんじゃない?
だからさ、あなたも次を探しなさいよ。
「わたしからお話することはとくにございませんわ。わたしたち、これから百貨店に行くんですよ。新居の家具を見に。ね?」
やんわりと引導を渡した。ざっくりといってもいいんだけれど、せめてもの情けですよ。受け取りやがれ。
ヘンリーは満足そうににっこりとうなずいた。かたやアンディはしおしおとうなだれた。
はっ!
いいことを思いついた!
「ミスター・ブランドン」
にっこりと笑いかけた。営業スマイルだ。
「こちらレディ・バンカー。ヘンリーのお知り合いですの」
紹介してやった。
「レディ・バンカー。こちらミスター・ブランドン。わたくしの知り合いでしたの」
過去形にしてやった。
「おヒマでしたらふたりでお話しなさったらいかがです? ね、ヘンリー」
「おお! それはいい考えだ。ぜひお話したまえ」
ちょうど三対三。合コンの出来上がりだ!
「え? え? なにを言ってらっしゃるの?」
無視無視。
「じゃあ、行こうか。アメリア」
「ええ、ヘンリー。じゃあ、みなさま。ごきげんよう」
ヘンリーが差し出した腕にあたりまえのように手をかけて、合コンのご一同に背を向けた。
あとは、よろしくーーー。
歩き出してすこししたら、ヘンリーは「はあ」と大きく息を吐いた。
「……つかれた」
いつも自信満々なのに、ちょっとびっくりしてとなりを見上げた。そうしたらヘンリーはばつが悪そうにくしゃっと笑った。
「だいじょうぶかい? こわかっただろう?」
ああ、そうか。がんばったんだな、ヘンリー。わたしのために精一杯イキってたんだ。
わたしが矢面に立たないように。わたしを傷つけることばから遠ざけるように。
そうか、だから気分がよかったんだ。
この人が盾になってくれたから。
この人が守ってくれたから。
そう思ったら目頭が熱くなった。
「あっ、やっぱりこわかったか? いやだったか? ごめんよ」
ヘンリーはあわてた。
そうじゃない。うれしかったんだ。
わたしだって好きで立ち向かったわけじゃない。
自分でやるしかなかったから。それしかなかったから仕方なく立ち向かったのだ。
ボスママとの戦いだって、ほんとうは避けたかった。
でも自分が戦わなかったら子どもたちが犠牲になる。
いじめられたらどうしよう。仲間外れにされたらどうしよう。母親がうまく立ち回れないせいで、子どもたちに犠牲を強いるわけにはいかない。
夫に言っても助けてはくれなかった。
「そんなにいやなら、やめればいいじゃん」
そんなふうに突き放して。できるならそうしている。できないから相談しているのに。
いやだった。本当にいやだった。
あと一年。あと一年。呪文を唱えるように耐えたのだ。
いまだって、自分でやらなくちゃ。そう思った。
それを、ヘンリーは代わってくれた。わたしがいやな思いをしなくていいように。
それが、とてもうれしくて安心で。
「だいじょうぶかい? すこし休もうか」
ヘンリーはおろおろしながら、すこし奥まった大きな木の下のベンチに連れていってくれた。
「ほんとうにごめん。こわがらせるつもりはなかったんだよ」
そうじゃない。そう言いたいのに、のどが詰まってことばが出てこない。わたしは首を横に振る。
おろおろするヘンリーに、必死で伝える。
「ちっ、ちがうの」
「どうした。話せるかい?」
わたしはえずきながらことばを吐きだす。
「うっ、うれしかっ、たっ。かっ、かばっ、って、くれてっ。わっ、わたしのっ、ために」
ヘンリーは眉尻を下げると、ぎゅううっとわたしの手を握った。
「あたりまえじゃないか。きみを守るのはおれの使命だ」
「あ、ありがとう」
涙がどんどんあふれてくる。ヘンリーはハンカチで涙と鼻水をぬぐってくれた。はずかしい。
「きみは、なんでも自分でやってしまおうとするからな。もっとおれを頼ってくれよ。おれもカッコつけたいんだ」
顔をあげたら、ヘンリーの真摯な顔があった。
「うん。おねがいします」
「よし。おねがいされた」
そうして、わたしたちはくすくすと笑った。
胸の奥がじんわりとあたたかくて、ちょっとくすぐったくてむずむずした。なんだかとっても叫び出したい気分だった。
しあわせだぁっ!!!
それからケロリと泣きやんだわたしとヘンリーは、カフェで一休みし、予定通り百貨店に行ってカーテンやソファを見てまわった。
あの合コンの行く末はさておき、アンディとオリヴィアは捨てられた者同士気が合ったようで、何度か会って愚痴を言い合っているらしい。
おい!
そもそも捨てたのは、そっちだからな!
おわり