蹴散らしに行こう
内宮への入り口に、またふたりの衛兵が立っていた。慌ただしくやって来たわたしたち一団の中に、ルーク殿下とルイーズさまがいるのを見て、衛兵はぎょっとした。
「通せ」
ルーク殿下がひとこと言う。
「申し訳ありません。お通しできません」
衛兵はわたしたちの前に立ちふさがった。
「だよなぁ」
ルーク殿下はひとつため息をつくと、ジョージ・クラークに目配せした。そのとたん。
えいっ! やあっ! とおっ!!
ふたりの衛兵はいっしゅんの後、足元に倒れていた。
え? なにそれ。ジョージ・クラークもできるの?
ルイーズさまも「え?」と目が点になっている。
ですよねえ。
まさか、このヘラヘラした男にこんな芸当ができるとは。
内宮へ一歩踏み入れると、雰囲気はがらりと変わる。きらびやかな外宮とはちがって、床も壁も落ち着いた色合いで、無駄な装飾もない。
そこを使用人たちが不安そうに、あわただしく行き来していた。ルーク殿下の姿を見ると、一様にほっとした顔を見せて礼をとる。
ただ、衛兵たちはそうじゃない。ルーク殿下を見ると「お待ちください」と立ちふさがる。それを、えいっ! やあっ! とおっ!! と倒していく。
わたしもなにか! 手助けを!
壁際に燭台が定間隔でならんでいる。
……持ちやすそう。そして振りやすそう。
当たったら致命傷になるかな? 頭じゃなければだいじょうぶよね。
そうっと伸ばした手はパシッと止められた。
「きみはなにをする気だ?」
あっ。ヘンリー卿があきれた顔で見ていた。
「……武器を……」
ヘンリー卿はふっと小さく笑った。
「だから、そういうのはおれたちにまかせなさい。ケガをしたらどうするんだ」
「そうよ、傷でも残ったらたいへん」
とルイーズさまも言った。
そうですか。そうですね。
階段を上り、王太子殿下の自室の扉にたどりつく。
こんなに簡単にやられちゃって、衛兵だいじょうぶなの? それともこの人たちが異常に強いの? どっかのエージェント的な?
「兄上!」
ルーク殿下が扉を叩く。部屋の中からはかすかな応答があった。
ルイーズさまの手に力がこもった。
ヘンリー卿が扉を開けた。
「兄上! だいじょうぶですか」
王太子殿下は、侍従に助けられながら、のろのろとベッドの上に置き上がった。
「すまない。しくじった。まだ体のしびれがとれない」
そう言って少々苦しそうに笑った。
となりでルイーズさまがひざから崩れ落ちた。
「……よかった」
「ああ、ルイーズ」
王太子殿下が差しのべた手を、ルイーズさまが強く握る。
「心配をかけたね。わたしはだいじょうぶだよ」
でも、顔色はかなり青白く、声はかすれ、体は小刻みにふるえている。
解毒といって、強制的に吐かされたんだろうな。
うわ、きっつい。その証拠に胃のあたりをさすっている。
「ウィリアムさま。わたしは誓って毒など盛っておりません。どうか信じて……」
「わかっているよ、犯人はきみじゃない」
わっと泣き伏してしまったルイーズさまの背中を、王太子殿下はそっと撫でた。
「ウィリアムさま。ごめんなさい、ケーキなど持ってこなければよかった」
「それはちがうよ。わたしはとてもうれしかったんだ。午後の楽しみができたからね。それを台無しにしたのは、ブライス公だ。きみを陥れて。ぜったいにゆるさない」
マヒが残っていると言いながら、その瞳には力がみなぎっていた。
「毒を仕込んだ経緯はわかっているか」
「……それが……」
ヘンリー卿がちらりとルイーズさまを見た。いやあ、わたしもちょっとルイーズさまの前では言いにくい。
「メアリ・ウッドヴィルが入れたと言ったそうです」
ルイーズさまがはっと顔を上げた。
「嘘……。メアリが?……」
呆然としてしまった。そうなるよねぇ。
「アメリアが聞いていました」
うん、そうだね。わたしが聞いちゃったものね。とにかく知っている情報を全部出して擦り合わせないと。
「はい、ルーク殿下とルイーズさまの指示でメアリさまが毒を入れたと、本人が言いました」
「わ、わたしは……。そんなことは……」
ルイーズさまは絶望的な顔をした。
「うん、わかっているよ。だいじょうぶ」
王太子殿下がルイーズさまに笑いかける。
「メアリはどんな様子だった?」
「もしかしたら弱みを握られて脅されているのかもしれません」
「……ほう?」
王太子殿下はすっと目を細めた。
「ブライス公がやらせたのだと思います」
王太子殿下は、力の入らない体を無理矢理起こし、ヘンリー卿とルイーズさまの手を借りて、フロックコートの袖に手を通した。ひとりでは、自分の腕を持ち上げるのもやっとな状態。
とりあえず、コートだけ脱いで横たえられたらしい。
ウェストコートも着たままだった。
「手綱の証拠はあるな?」
おお。手綱の証拠とはなんだろう?
「はい、細工をした騎士は牢に入れてあります」
ほう? 国王陛下の手綱に細工をしたのか。落馬するように。
なるほど、やはりこれは一連の事件というわけだ。
「よし!」
王太子殿下はふらつきながらも立ちあがった。
「ブライス公を蹴散らしに行こう」
アメリアがジョージ・クラークを呼び捨てにするのは、へらへらしていてイマイチ胡散くさいからです
嫌っているわけじゃありません