地下牢
地下牢なんて存在は知っているものの、どこにあるのかなんてまったく知らない。
ジョージ・クラークが先をいく。さすがに場所を知っているらしい。ルーク殿下とわたしを守るようにヘンリー卿が後ろにつく。
足手まといにならないようにがんばらないと。
この騒動が決着したら、ぜったいに空手を習おう。身近に先生もいたことだし。あれが空手かどうかはわからないが。
地下牢への階段は、外宮の裏手、衛兵の詰め所の脇にあった。
一般人が知るわけがないよね。衛兵の詰め所なんて来る理由がないもの。
もともと人通りがないところなのに、きょうは詰め所にはふたりしかいなかった。この騒ぎでみんな出払っているようだ。
ヘンリー卿がひとりで向かい、わたしたちはちょっと隠れる。
「ごくろう」
ヘンリー卿が声をかけると、衛兵はぴしっと敬礼をした。
「おつかれさまです」
「うん。レディルイーズの様子はどうだ」
「はっ。おとなしくしております」
「そうか」
次のしゅんかんには、ふたりの衛兵は床に倒れていた。
え? いまなにしたの?
「相変わらずだな、ヘンリー」
ルーク殿下が言った。いつもこんな感じでやっつけるんですか。すごい。
……っていうか、敵っていつもその辺にいるものなんですか。王子さまって大変ですね。
「すごいですーーー」
ぱちぱちと拍手をしたら、ヘンリー卿もまんざらじゃなさそうだった。よし! これからも推していこう!
「おい!」
いけないいけない。ルーク殿下がイラっとしている。はやくクエストを達成してシャーロットお嬢さまに到達しないとね。
ヘンリー卿が詰め所の壁に掛かっていた鍵束を取る。それから地下へ向かう階段を駆けおりた。
暗いのよ。いちおう、ろうそくはついているけれど、薄暗い。足元でたまになにかがごそっと動く。気のせい。気のせい。気にしちゃいけない。まちがってもじっと見てはダメ。
ええ。こんなところにルイーズさまいるの?
だいじょうぶかな。こわくて震えてるんじゃないのかな。
階段を降り切ると、むき出しの石の壁と床。そして暗がりの中に鉄格子がならんでいる。
うわあ。こんなのアニメでしか見たことがないよ。
「ルイーズ嬢!」
ルーク殿下が叫んだ。
「ル、ルーク殿下?」
奥のほうからか細い声がした。ルイーズさまの声だ。四人がいっせいに声のしたほうへと駆けだした。暗がりの一番奥の鉄格子に、ルイーズさまはしがみついていた。
「ルイーズさま!」
なんておかわいそうに。暗くて寒い中にたったひとりで閉じ込められて。
「まあ、アメリアまで」
ルイーズさまの声が震えている。
「いま、出して差し上げますからね」
ヘンリー卿ががちゃがちゃと鍵を開けた。ギッと音を立てて小さな扉を開く。
「さあ」
ルーク殿下が手を差し出した。よろよろとルイーズさまはその手を取って、扉をくぐった。
「おそくなってすまなかったね」
ルーク殿下のことばに、ルイーズさまは首を振った。
「ウィリアムさまは」
「だいじょうぶだよ」
それを聞いてルイーズさまの目から堰を切ったように涙が流れた。
「よかった。よかった」
なにも聞かされないまま、こんなところに閉じ込められてさぞや不安だったろう。
「泣くのは兄上のところに行ってからだよ」
ルーク殿下がハンカチを差し出すと、ルイーズさまは力強くうなずいた。
転んだのか、ドレスは泥だらけ。手は汚れて擦り傷で血がにじんでいる。
わたしはその手にルーク殿下のハンカチを押しあてた。
「だいじょうぶですか? 足は痛くありませんか?」
「ええ、平気よ。ありがとう。シャーロットはどうしたの?」
それが問題なんですがね。
「ご無事ですよ。ルーク殿下がいらしてくれましたから」
わたしはにっこりと笑って見せた。
寒さと恐怖で手足がこわばっているだろうルイーズさまを気遣って、ゆっくりと階段をのぼっていく。
「もうすぐですから、がんばりましょう」
そう声をかけると、ルイーズさまは弱々しい笑顔を浮かべながらも、力強くうなずいた。
「怖かったですよね。じめじめして気持ち悪いし、まったくこんなところに閉じ込めるとは、なんってひどい人たちなんでしょう。わたしが呪ってやります」
ルイーズさまが「どんな呪い?」と小さな声で聞いた。
「毎日くつに小石が入っているとか、タンスの角に小指をぶつけるとか、お茶に小虫が入っているとかです。ずっとですよ。一生! 毎日!」
そうしたらルイーズさまはくすりと笑った。
「それはとてもいいわね」
ジョージ・クラークがひとり先に駆け上がっていった。なんだろうと思ったらどすっ。がすっ。と音がした。
階段を上ってみれば、倒れている人がふたり増えていた。
衛兵が増えたことに気がついたのか。やるじゃん、ジョージ・クラーク。
そのまま内宮への回廊を渡る。すれちがう人々が「あれっ」という顔で道を開ける。
このふたりが犯人だって聞いたけど、まちがいだったのかな。
堂々と歩いていれば、みんながそう思う。そもそも正式な発表があったわけじゃない。
それにいくら不貞の噂があったところで、毒殺なんてする? そう思うのがふつうだ。みんなが疑心暗鬼。
なにが本当なのかわからなくて、みんなおろおろしている。
しかもルイーズさまの手はわたしがしっかりとつないでいる。寄りそっているのはルーク殿下じゃない。わ・た・し!
ここ、だいじ。ルーク殿下にもシャーロットお嬢さまにも、ルイーズさまにも。
ともすれば倒れそうなルイーズさまの手を取って、わたしはひたすら足をすすめた。
ルイーズさまの手はすっかり冷たくなっていた。