ヘンリーをさがせ
アメリア視点にもどりました
誤字報告ありがとうございます
いったん落ち着こう。
階段の踊り場で立ちどまる。「ふううう」と息をながく細く吐く。あれだ。ヨガのやつだ。
目を閉じてもう一回。ふううう。
よし!
だれがどこにいるのか、考えてみよう。
国王陛下は内宮の居室。
倒れた王太子殿下もたぶん内宮居室に運ばれたはず。
王妃さまも内宮に軟禁されていると思う。
ルーク殿下は外宮の執務室だと思う。ジョージ・クラークはいっしょだろうか。あるいは別室に離されているかも。
カーソン公も王宮内にいるとしたら執務室だろう。でなければ城下のカーソン邸。どちらにしても軟禁状態なはず。
ルイーズさまはどこだろう。警備からいってひとりだけ離されて、とかないだろうな。そしたら、三階の執務室がならんだどこか。あるいは内宮の一室。
まさか地下牢なんてことはないだろうな。もしそうなら最悪だ。
そうじゃないことを祈ろう。
ならば最初に当たってみるのは三階だ。
ルーク殿下の救出が最優先だ。
さっき行ったときには、ばっちり見張りが立っていたからその先に行けないけどね。どうにか隙をついて突撃できないかな。
階段を上り切って、廊下の角からそっと覗いてみる。
うーん、やっぱり見張りが立っている。ふたり。
廊下の奥にもふたり。
お嬢さまについて、ルーク殿下の執務室に行ったのはほんの数回。あまり間取りに詳しくないのだけれど、あの見張りの向こうが国王陛下と両殿下、そして高官たちの執務室なはず。
見張りをやっつけないと行けないな。
「さすがに倒せないなぁ」
「そういうのはおれにまかせておきなさい」
頭の上から声が降ってきて、飛び上がった。ふり向いたら見慣れぬ真っ白いシャツの襟が目の前にあった。のけぞってひっくり返りそうになったところを、うまいぐあいに抱き留められた。
「!!!」
思わず声を上げそうになったわたしに「しっ!」と言ったのは、件のヘンリー卿だった。
びっくりしすぎて、鯉のように口をパクパクとしてしまった。
しかもいつもきちんと着込んでいるフロックコートを脱いでシャツにウェストコート姿である。
上着を脱いだ格好なんてはじめて見た。なんかドキドキする。
「おどろかせてごめんよ。でもレディが自分で衛兵を倒そうなんてこっちもびっくりだよ」
いやいやそれもあるけど、距離が近いのにも心臓バクバクしてるんですよ。いやいや。もうなんか、なにかの香りもするし。香水ですか、シトラスですか、いい匂いです。
ヘンリー卿が眉間にしわをよせて、じっとわたしの顔を見つめる。
「どうした、そのほほ。まさか殴られたのか?」
「あっ」
自分でほほをさすってみる。
「痛っ」
さっき、ぎゅうってされたところだ。さわると痛い。
「くそう。ジェームズのヤツめー」
あ、思わず素が出てしまった。ヤバいヤバい。ほほ、と笑ってごまかす。
「えっ? ジェームズにやられたのか?」
いっしゅん妙な顔をしたけれど、気づかないふりをしたのは、さすが紳士。
「ええ。あいつ、お嬢さまに手を出そうとしたので」
ヘンリー卿がチッと舌打ちをした。っていうか、一応王子なんだけど、すでに敵認定なんですね。
「あの、クソヤローめ!」
あらら、なかなか口が悪い。
「じゃあ、シャーロット嬢はいまどこに?」
「二階の応接室に、エバンス侯といっしょに軟禁状態です」
彼が、ふうっとため息をついた。
「逃げ出せなかったか」
「申し訳ありません。間に合いませんでした」
「ああ、きみがあやまることじゃない。そこにジェームズもいっしょにいるのか」
「はい。ブライス公とグレイ伯もいます。エバンス侯が屋敷への使いという名目で、わたしを出してくれました」
ヘンリー卿はふたたびため息をつくと親指でぐりぐりとこめかみを押した。
「あの、ヘンリー卿」
聞きたいこと、確かめたいことはたくさんある。
「王太子殿下は?」
やつらは亡くなったといったけれど、信用なんかできない。
「なんとか無事だよ。毒のせいでちょっと体にまひが残っているが」
ほら! アイツらが言うのは全部嘘だ。よかった! え。でもまひ……?
「だいじょうぶだよ。毒が抜けたらちゃんと戻るから」
わたしが不安そうな顔をしていたんだろう。彼はなぐさめるように言った。
「えっと、ルーク殿下はこちらに?」
「うん、執務室にいる。ジョージはとなりの部屋だ」
ああ、離されていたのね。
「こ、国王陛下は……」
ここまで来たら、聞いてしまえ!
「うん、だいじょうぶだよ」
詰めていた息を大きく吐きだした。
それなら、あとはやつらを叩きのめすだけだ!
「ルーク殿下を先に、ですよね」
「うん。おれもそう思う」
ヘンリー卿は、ニッと笑った。
「おれ」って! いつもは「わたし」なのに。ちょっと悪そうな笑顔もまたよし! くうっ!