ヘンリー
「くっそ! なんなんだ!」
ヘンリーは歯を食いしばって王宮の廊下を走っていた。
ブライス公とグレイ伯がなにか画策しているのはわかっていた。ただこんな早い時期にこんな強硬手段に出るとは思っていなかった。
「毒なんか仕込みやがって!」
ヘンリーはぎりりと奥歯を噛んだ。
「しくじったな」
ルイーズ嬢がウィリアムの執務室にやって来た。王妃教育が始まる前だ。
「最近お忙しそうだから、元気を出して」
そういって、はずかしそうにきれいな箱を差し出した。
開けたウィリアムは「わあ、うまそうだ」といってデレっとほほをゆるめたのだ。
箱の中はウィリアムの好物、ティーケーキ。
「わたしもチョコレートをかけるところを手伝ったの」
なーんて。それからお茶の時間を楽しみに、ウィリアムはほこほこと仕事をしていた。
ただすこし気になるのは。
最近、侍女のメアリの様子がおかしい。顔色も悪い。いつも落ち着きなくそわそわしている。人の顔色を窺うように上目遣いに盗み見をしてくる。
なにがあった。
そして待ちに待ったお茶の時間。メイドが淹れてくれた薫り高いお茶でのどを潤し、どれどれと手にとったティーケーキをほおばった瞬間、ウィリアムはぎゅっと顔をしかめた。
「どうした!」
せっかくのティーケーキを吐きだしたウィリアムは「ぐうっ」とのどを鳴らすと倒れ込んでしまった。
「ウィリアム!」
駆け寄ったときには、泡を吹いて全身がけいれんしていた。
「毒か!」
まさかと思った。だってルイーズ嬢のケーキに毒が仕込んであるなんて。
まちがいなくブライス公の仕業だが、いつどうやって仕込んだのだ。
ありえない!
さいわい、飲みこむ前に吐きだしたから致死量には至らなかった。ただ盛られた毒はマヒ性のもので体がうまく動かせない。
飲みこんでいたなら、呼吸が止まっていただろう。
ウィリアムはただちに内宮の自室へ運ばれ、医者の解毒処置を受けた。
いまは意識が朦朧としているものの、時間とともにはっきりしてくるだろう。ただすこし体のマヒが長引くかもしれない。
飲みこんでいなかったので、大事には至らないだろうという所見だ。
よかった。ひとまず胸をなでおろした。
「ルイーズを守ってくれ」
ウィリアムは話すこともままならない中、ようやくそれだけ言った。
そうだ。安心してのんびりしてはいられない。
ルイーズ嬢を保護しないと。
そう思って、ウィリアムの部屋を飛び出した。
外宮の様子は一変していた。みんながあわただしく駆け回っている。
王太子が暗殺された。
ルイーズ嬢が犯人として捕まった。
ルーク殿下が共犯。
まったく! どれもこれもが嘘だ。
事態を正しく把握しているものがどれだけいるのか。
彼女はシャーロット嬢といっしょに一階の応接室にいるはず。間に合ってくれ。その思いは届かなかった。
応接室にふたりはもちろん侍女たちの姿もなく、メイドたちが片づけをしていたところだった。
床に散らばったティーカップや皿のかけら。踏みつぶされた菓子。
おそかったか。
「なにがあった」
メイドたちは手を止めたものの、おたがいに目配せをするばかりで口を開こうとしない。ヘンリーのイライラは募る。
「どうしたんだ。ルイーズ嬢とシャーロット嬢はどうした!」
メイドたちはしばらく気まずそうにしていたが、ひとりがやっと話しはじめた。
「衛兵たちが大勢やってきて、王妃さまとルイーズさまをつれて行ってしまったのです」
王妃さままで!
ヘンリーを絶望が襲う。
「……シャーロット嬢は」
「わかりませんが、侍女の方と出ていかれました」
シャーロットとアメリアの無事を祈るしかない。
どこから手をつければいい?
国王陛下とウィリアムは病床から動けない。
王妃さまとルーク、ルイーズが監禁。たぶんジョージとメアリも。
カーソン公はどこにいるのだろう。捕まっていなければいいが。
シャーロット嬢とアメリアは捕まってはいない。捕まる理由がない。無事に屋敷に帰りついていればいいのだが。
まずは、ルークとジョージを救出しよう。ひとりで全員を助け出すのは少々むずかしい。三人ならば、王妃さまとルイーズ嬢を助けられるだろう。
そう思って三階に向かったのだが、そこで階段の角から廊下の様子をうかがうアメリアを見つけたのだった。
~~そのころのシャーロット~~
やだなにこれこわいこわいこわいこわいジェームズキモい。
でも!
アメリアはひとりで助けを呼びに行ったんだもの。たったひとりで!
わたしもがんばらないと!
なにをすればいいかしら。
とりあえず、ジェームズを睨んでみようかしら。
そうね、それがいいわ。
キッとジェームズを睨んだ。
するとどうだろう。
ジェームズは目が合うと、もわっと赤くなった。そして、目をそらせてもじもじしている。
えなんでキモいキモいキモいキモい。