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お嬢さま、待っててね


 メアリ、どうした。なにか弱みでも握られているんだろうか。それで言いなりになっているのか?


 わたしの頭がフル回転する。

 いま現在拘束されているのは、目の前のエバンス侯とシャーロットお嬢さま。

 ルーク殿下。たぶんジョージ・クラークも。王妃さま。ルイーズさま。たぶんカーソン公も。逃げていたらいいけれど。


 自由なのはヘンリー卿。あれ? ひとりだけ? まずいんじゃない?

 うちのおとうさまはどうしただろう。


 動けないのは国王陛下と王太子殿下。ふたりの容態がイマイチわからないけれど。


 わたしがどうにかして外に出られれば。そしてヘンリー卿と接触できれば、事態を打開できる?


 さて、まずはこの部屋を出ないとな。

 わたしはそうっと、そうっと立ち上がった。お嬢さまをジェームズの手から解放したいのだが。


 方法その一、こいつらを振り切って走って逃げる。

 無理。お嬢さまを置いてけぼりにはできない。それに見張りもいるし。


 方法その二、なにか理由を見つけて外に出る。

 これは確実な方法だが、理由ってなんだ。こいつらを納得させる理由があるのか?


 ジェームズはたぶんチョロい。すぐに騙される。グレイ伯も。

 問題はブライス公。こいつは簡単じゃない。疑い深そうだもの。どうしよう。

 ふと、エバンス侯と目が合った。ああ、さっき殴られたところが赤く腫れている。でも、その目はあきらめてはいなかった。


「侍女に使いをたのみたい」

 エバンス侯がそう言った。

「なに? 使いだと?」

 ブライス公のほほがひくりと引きつった。

「ああ、屋敷へ使いに行ってもらいたいのだ。婚約の件で話し合いがあるから帰りが遅くなると。でないと家の者が心配する」


 なるほど。そういう理由で外に出ればいいんだな。

「わたしはまだしも、シャーロットの帰りが遅いと迎えが来るかもしれない。事を荒立てたくないのだろう?」


 ブライス公はしかめっ面でしばらく考えていたが

「まあ、いいだろう。侍女に用はない」

 と言った。

 ラッキー。侍女ごときがなにもできないと思ったんだろうな。

 ただの十八才の小娘ならそうだろうが、おばさんはいろいろできるよ。長年培った悪知恵に、自由の利く若い体。なめんなよ。

 

 わたしは、エバンス侯に「うむ」と力強くうなずいた。

 エバンス侯も「うむ」とうなずいた。

「ア、アメリア」

 お嬢さまの目がとっても不安そうに揺れている。わたしも不安ですが。


「お嬢さま、すぐにもどってきます。もうちょっとだけがまんしてくださいね」

 わたしはそう言うと、これ以上ないくらいの険をこめてジェームズを睨んだ。

「お嬢さまになにかしたらゆるさないから」


 ジェームズはふんっと鼻で笑った。

「侍女ごときが偉そうに」

 いまだにお嬢さまから放さない彼の手を、べしっと叩いてやった。

「痛っ」

 ちょっと手が緩んだすきに、お嬢さまはするりとジェームズの手を抜けだして、エバンス侯の元へ走った。エバンス侯ががっちりとお嬢さまを抱きかかえた。

 お嬢さまは、やってやりました。みたいな顔でふんすと鼻を鳴らした。

 ごりっぱです、お嬢さま。


「わたしはだいじょうぶよ。こんなやつ平気だもの! アメリア、気をつけて行ってきて」

 逃げられた上に、こんなやつ、と言われたジェームズは真っ赤になって鼻を膨らませた。

 ざまあ。


「では行ってまいります」

「たのんだぞ」

「はい! おまかせください!」

 意気込んで廊下に出たものの、ブライス公の命令で衛兵がひとりついてくる。

 これ、車寄せまでついてくるのかな。面倒だな。


「ひとりで行けますからだいじょうぶですよ」

 階段を下りて一階に着いたところで、ためしに言ってみた。

「そうか、ならば気をつけて行け」

「はい、ありがとうございます」

 チョロかったな。たぶんブライス公は確実に馬車に乗せて王宮から出せ、という意味で送らせたんだと思うが。


 まあ、いいや。ラッキー。去っていく彼の背中を見送る。

 さようなら。ばいばいきーん。


 一階はいまだにざわついていた。その喧騒に紛れて中央の大階段を上った。


 さて、ヘンリー卿はどこだろう。


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