再開の鐘は不穏な音
「シャーロット嬢、ご機嫌はいかがですか」
そう声をかけてきたのは、ジェームズ殿下である。
四人でのお茶会の翌々日。王妃教育が再開した日、お城からのお迎えの馬車に乗って、車寄せから衛兵に囲まれて移動中。
この状況で、よく声をかけられたな。
声をかけたのが殿下であるならば、衛兵たちは囲いを解く。
ウィリアム、ルーク両殿下の腹違いの弟、ジェームズ殿下。十六才。母親はただひとりの側妃である。
あんまり好きじゃない。
卑屈なくせに傲慢。人を見下す。
よくないよ、そういうの。誰に対しても敬意は必要。偉くなればなるほどね。
偉そうにしたって、誰も認めてくれやしない。むしろ嫌われる。会社だってやたらと威張る上司は嫌われたもの。
信頼できる人ほど腰が低いのだよ。
権力の何たるかを理解できない子どもって厄介だ。「パパに言いつけてやる」とか言いそう。スネ夫か!
兄弟三人同じ教育を受けたはずなのに、なぜこうも違ってしまったのか。
いじけてひねくれるほど、兄ふたりと差別されていないって聞いていますけど。なんならルーク殿下がとくに気を配っていると聞いていますけれど。
「ありがとうございます。ジェームズ殿下もご機嫌麗しく」
シャーロットお嬢さまは平然と答えるけれど、やはり彼があまり好きではない。口に出したりはしない。それでも、彼の前ではちょっとだけ口元がきゅっとなる。無駄に力が入るのだ。
あまり好きじゃないんだなぁ、って思う。身近にいる者の勘だ。
おくびにも出さないところはさすがである。
「きょうも王妃教育なんだろう?」
「はい」
「浮気相手といっしょにか。かわいそうにな」
……なんだって?
お嬢さまはかたまってしまった。
「そんなのやめれば?」
おいおいおい。マジかよ。
「……いいえ、ルーク殿下もルイーズさまも信用しておりますから」
お嬢さまは精一杯胸をはる。
えらいです。よくがんばりました。
それを聞くと、ジェームズ殿下はなにを思ったかくすくすと笑い出した。嫌な笑い方だ。
「おれきのう見たよ。ルーク兄上とルイーズ嬢」
やめろ、そのニヤニヤ顔。
「ふたりでさあ、執務室に入って行ったよ。仲よくね」
嘘をつくな。この、クソガキが!
なんのためにそんな噓をつくんだ。
それでもお嬢さまは、平然とした顔でジェームズを見ている。動揺なんか悟らせない。
衛兵たちも眉間にしわをよせている。ジェームズ、衛兵にも評判よろしくないな。
さすがに、もうダメだ。我慢の限界を超えている。
「お嬢さま、王妃さまがお待ちです」
声をかけた。
嘘です。王妃さまがいらっしゃるのは授業が終わった後です。王妃さまごめんなさい。
でもこうでも言わないと、この王子を撃退できないから。
お嬢さまは「そうね」と返事をした。ちゃんと察してくれてよかった。
ジェームズはチッと舌打ちをした。
「侍女のくせに生意気だな」
ローズみたいなことを言う。いじめるやつの思考回路って同じなんだな。
お嬢さまはジェームズにむかって言った。
「失礼いたします」
それからつんっとあごを上に向けると、返事を聞かずに背を向けた。衛兵たちはすばやくフォーメーションを組みなおして歩き出した。
「あんな浮気者に義理立てすることないぜ」
背中にジェームズの捨て台詞が投げつけられた。
うるさいわ。ルーク殿下は浮気者じゃないし、あんたにそんなこと言われたくないわ。
いったい、なんのつもりだ。
お嬢さまの背中がぷるぷると震えている。おいたわしい。
嘘だとわかっていても、こんなことばを投げつけられるのはつらい。