ウィルと呼べるのはわたしだけなのよ
「きょうは」
ルイーズさまが口を開いた。どうした、唐突に。
「このまま王宮に行きますの」
カミラも取り巻きたちも「?」な顔をした。なにを急に?
「ウ、ウィルが待っていますの」
おお。ほんとに唐突な「ウィル」呼び。
カミラのほほが、ひくっとした。カミラがいくらがんばったところで、さすがに「ウィル」とは呼べない。
これはルイーズさまの特権だから!
「ああ、そうでしたわね。家具を選ぶのですよね」
シャーロットお嬢さま、ナイスアシストだ。
「ええ、職人たちが来てくださるのよ」
「楽しみですわね」
おほほほ。
ルイーズさまとシャーロットお嬢さまの乾いた笑いを、カミラ一派は引きつりながら見ていた。
ちょっとざまぁ。ルイーズさま、やり返そうと必死だったのね。
エントランスへ向かいながらルイーズさまがシャーロットお嬢さまにこそっとささやいた。
「ルーク殿下とはほんとうに会っていませんからね」
「もちろんわかっております」
お嬢さまはにこやかに答えた。
「……あんなこと信用しないでね」
ルイーズさまがちょっと泣きそう。わけのわからない因縁をつけられて、おつらいだろうに。ここまでがんばったんだね。
「しませんよ。あたりまえじゃありませんか」
お嬢さまもよくがんばりました。
おうちに帰ったらおいしいケーキを食べましょうね。
アッサムティーにミルクとはちみつをたっぷり入れたやつも。
ここじゃあ、食べた気がしなかったでしょうから。
車寄せでルイーズさまを見送り、次にシャーロットお嬢さまが馬車に乗りこんだ。
「シャーロットさま」
カミラが声をかけてきた。
「おつらいときは、いつでもお話を聞きますからね。遠慮なく連絡くださいな」
なんの勧誘だ! アナコンダ!
「お心遣いありがとうございます。でもだいじょうぶですわ」
最後の一撃にもお嬢さまは気丈に答えた。
「まあ」
残った四人はくすくすと笑う。あー、ほんとかんじわるい!
「やせ我慢も、いつまで持つかしら」
ふざけんなよ。正拳突きでもしてやろうか。
馬車が走りだして、お嬢さまは大きく息を吐きだした。わたしも息を吐きだした。
なんか、肺の中が花粉とPM2・5でいっぱいな感じがする。すごく息苦しかった。肺の中身を全部吐きだすように、大きく大きく息を吐いた。
「お嬢さま、がんばりましたね」
ええ、と答えたお嬢さまの目は涙でいっぱいだった。
ああ、おかわいそうにお嬢さま。
「ほんとうに、よくがんばりました。ごりっぱです」
とうとうお嬢さまの目からぽろりと涙が一粒こぼれた。
「とってもくやしいわ」
お嬢さまは小さな声で言った。
「あんなの噓だってわかってるもの。それなのに、うまく言い返せなくて」
「あんな下衆な話、まともにとりあうことはありません。不敬もいいところです。耳が腐ります」
そう言ったらようやくお嬢さまは、ほんのちょっとだけ笑った。
「そうよね。あんなの嘘だもの。嘘に決まっているもの。疑ったらダメなのよ」
自分に言い聞かせるようにお嬢さまはなんどもつぶやいた。
不安なんだな。それはそうだろう。いくら信頼している婚約者とはいえあんな与太話を聞かされて平気なわけがない。
「そうですよ。あんなの嘘です。ルーク殿下はだいじょうぶですよ」
侯爵邸に着いてすぐに、わたしはジョージ・クラークに伝言を送った。内容はもちろん「ルーク殿下とルイーズさまのあやしい噂」についてだ。
返信はすぐに来た。
きっちり調査の上、対処する。
それ以上に大切なのは、シャーロットお嬢さまへのフォローですよ。わかってるよね、殿下。
この一見くだらないカミラ一派の噂話が、すべての発端だった。