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第9話 サーナの覚悟

 窓枠に手をかけて身を乗り出せば、心地よいそよ風が頬をなでた。

 手をかざしながら、空を見上げてみる。

 視界いっぱいに広がるのは、雲一つない澄み切った青空だ。


 いつもなら爽快な気分になるが、今は少しだけその純粋さが恨めしかった。


 サーナは現在、侍女のジュリアとともに自室にいる。

 ソフィの反乱軍に参加したいとマッテオに申し出たところ、逆に自室での待機を命じられたのだ。


『レオ君の件でもわかった通り、マンチーニ家はどんな手を使ってくるかわからない。そこにイヴレーア家が乗り込むのはリスクが高すぎるし、万が一捕虜(ほりょ)にでもなれば形勢は一気に傾いてしまう』


 客観的に見ればマッテオの意見のほうが正しいことはわかっていた。

 しかし、それはあくまでイヴレーア家やページ領のことを考えればの話だ。


 レオを助ける、あるいはその手がかりを得る。

 目的をその一つに絞るなら、話は変わってくる。


 サーナも数年前までは日常的に魔物と戦っていたし、魔術は得意だ。

 十分戦力になれる自信はあった。


 もしマンチーニ家がこの戦いに勝利してしまったら、レオの一件はうやむやにされて救出はより困難になり、彼を監獄迷宮に追いやった輩はのうのうと生き続けることになる。

 それだけは絶対に避けなければならないし、自分が参加せずにそんな事態になったら後悔してもし切れない。


 元々は他の領地の末っ子であった自分を引き取り、養子として育ててくれたマッテオには本当に感謝しているし、自分がその恩を仇で返そうとしていることも承知している。

 それでも、レオを助けることはサーナの中で最優先事項だった。

 彼がいなければ、自分はこうして考えることもできていなかったのだから。


「ジュリア」

「えっ?」

「申し訳ないっす」

「サーナ様……? ぐふっ!」


 お目付け役のジュリアを気絶させ、フードをかぶって窓から飛び降りる。

 イヴレーア家の者たちをやり過ごして屋敷を抜け出し、停留所で馬車を待つソフィの元へと走った。


「あの……すみませんっ」

「サーナ様……⁉︎」


 フードを持ち上げて顔を見せると、ソフィの顔が驚愕に染まった。

 貴族社会において、子供が親の命令に逆らうことなど普通はあり得ないからだろう。


 さすがは冒険者たちの長というべきか、彼女はすぐに冷静さを取り戻した。


「……どうなさったのですか?」

「私を反乱軍に加えてください」


 サーナは頭を下げた。


「お父様の許可は得られていませんよね? あれだけ止められていたではありませんか。彼の意見は正論だったと思いますよ。それに、状況によっては命が危ないのも紛れもない事実です」

「わかっています」

「……それでも、ですか」

「はい」


 レオを助けられる可能性が少しでも上がるのなら、そんなものは安い代償だ。


「なぜ、そこまで戦おうとするのです?」


 ソフィが怪訝そうに眉をひそめた。


「レオを助ける手がかりを少しでもつかむためです」

「彼は吸血の勇者になったのですよ?」

「関係ありません」


 サーナは吸血の勇者に関する噂など信じていなかったし、もっと言えば、その真偽なんてどうでも良かった。

 性格が変貌しようが世界を滅ぼす存在だろうが、それがレオを見捨てる理由にはならない。


「……そうですか」


 それ以上、ソフィは問い詰めてこなかった。

 心なしか、その表情は緩んでいるように見えた。


「ソフィさんこそ、なぜ反乱まで起こそうとしてるんすか?」


「貴女様と同じようなものです。私も吸血の勇者の噂は信じていませんし、職業(ジョブ)が性格に影響を与えるなどという話も同様です。レオ君は大切な仲間ですから、彼のために行動しないという選択肢はありません。それに、ちょうどいい機会でもあるのです」

「ちょうどいい機会?」

「ディエゴ様の治める領地で暮らすのはもう限界なんです。税金は高いのに依頼の報酬は低い。特に、若い冒険者などはだいぶ不満を(つの)らせています。これ以上我慢させてしまったらタレス領(うち)から出ていってしまうでしょう」

「なるほど……」


 反乱が終わったらその地位は失われるだろうが、サーナも今はまだ領主候補だ。

 他人事とは思えない話だった。


「冒険者の中には、マンチーニ家に恨みを持つ者だって少なからずいます。現場は凄惨(せいさん)なことになるかもしれません。その覚悟はおありですか?」

「大丈夫っす。そういうのには慣れていますから」


 イヴレーア家に引き取られる前は、冒険者に混じって迷宮にも出入りしていた。

 常に死が隣り合わせにある環境だ。

 好き好んで慣れるつもりはなかったが、慣れざるを得なかった。


「まったく……最近の貴族のご子息、ご息女にはわんぱくな方が多くて困ってしまいますね」


 ソフィが苦笑する。

 サーナは曖昧な笑みを浮かべた。




 その後、ソフィに人気のないところまで連れて行かれた。

 サーナが反乱軍に参加できるだけの実力を持っているかどうかのテストをするためだ。


 言われた通りの課題をこなしていく。

 一分も経たないうちに終了した。


「どうっすか?」


 サーナはソフィを見上げた。

 心臓が素早く脈打っている。

 魔力を使いすぎたわけではない。


「正直、驚いています。サーナ様は素晴らしい才能をお持ちですね」


 一呼吸置いて、ソフィは続けた。


「ぜひ、我々とともに戦ってください」


 ——良かった。

 サーナは肩の力を抜いた。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「えぇ。ですが、最後に二つだけ約束してもらいます」


 ソフィが人差し指と中指を立てた。


「一つは、こちらが足手まといだと判断すれば即刻離脱していただくこと。そしてもう一つは、必ず生き残ってください——お父様のためにも。約束してくださいますか?」

「はい。必ず守るっす」


 サーナは迷わずうなずいた。


 その場しのぎで適当にうなずいたわけではない。

 目的はあくまでレオを助けることであって、反乱に参加するのは手段でしかない。

 リーダーであるソフィに不要だと判断されれば、大人しく身を引く覚悟はできていた。


「ありがとうございます。それでは改めて——よろしくお願いします、サーナ様」

「こちらこそっす」


 差し出された手をガッチリと握る。

 ソフィがふっと微笑んだ。

 大人の色気ってすごいな、とサーナはぼんやりと思った。


 近くの停留所にたどり着いたとき、タイミングよく馬車が到着した。

 サーナはフードを深く被り直し、ソフィに続いて乗り込んだ。

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