第8話 責任
24時にも2話ずつ公開するので、そちらもゼひご覧ください!
「現在、私はマンチーニ家に追われております。影武者を西に向かわせたのでしばらくは大丈夫だと思いますが、端的に用件をお伝えさせていただきます」
そう前置きをして、ダヴィデは語り始めた。
選定の儀の場で起こった、悲惨な出来事について。
「——以上が、事の顛末となります。牧師は原則的には中立の立場ですが、今回のマンチーニ家の対応は度が過ぎていると判断したため、取り急ぎマッテオ様にご報告させていただいた次第です」
「……そうですか。お知らせしていただき、ありがとうございます」
隣に座るマッテオが礼を述べているが、サーナにそんな余裕はなかった。
平静を保つには、あまりにも衝撃が大きすぎた。
監獄迷宮、吸血の勇者。
ダヴィデが蓄音機で選定の儀の様子を録音していなければ、とても信じられなかっただろう。
「ダヴィデさん。レオ君が転移させられたことは間違いないようですが……まだ、その転移先が監獄迷宮であると決まったわけではないのではないですか? 彼らがハッタリを利かせただけ、という可能性もあるでしょう?」
サーナはガバッと顔を上げた。
そうだ。誰もレオが監獄迷宮へ転移されたことを立証はできない。
ただの脅しだった可能性だって——、
「いえ……残念ながら、レオナルド様が転移させられたのは監獄迷宮で間違いありません」
ダヴィデは力なく首を振った。
「なんでそう言い切れるんすか?」
サーナはダヴィデを睨みつけた。
誰にも断言などできないはずだ。
「……私の固有魔術がべニート様、いえ、べニートと同種のものだからです」
「なっ……⁉︎」
マッテオとサーナは息を呑んだ。
「彼と一緒で、私も魔法陣を見ればその構造を読み取るくらいはできます。あの転移陣の行き先は間違いなく監獄迷宮でした。残念ながら、私の力量ではどうしようもないほど高レベルなものでしたが……」
ダヴィデが唇をかんだ。
その表情を見れば、受け入れざるを得なかった。
レオは本当に監獄迷宮に飛ばされてしまったのだと。
「ふざけるな……!」
サーナは拳を握りしめた。
なぜ、彼がそんな仕打ちを受けなければならないんだ? 彼は何ら罪を犯してなどいないのに。
サーナは吸血の勇者の噂をまったく信じていなかった。
——お前にできることは、ただ転移が発動するのを待つのみなのだよ!
——転移先は、監獄迷宮だ。
脳裏に、蓄音機越しに聞こえてきたディエゴの馬鹿笑いとベニートの無機質な声がよみがえる。
「……あぁ、そうか」
あいつらが悪いのか。それなら話は簡単だ。
今すぐレオを連れ戻す方法を聞きに行き、用が済んだら死んでもらおう。
あのクズどもは、それだけのことをしたのだから。
サーナは立ち上がった。
「おい、サーナ」
マッテオが服の袖をつかんでくる。
「どこへ行くつもりだ」
「ちょっとゴミの掃除を」
「待て」
腕を振って振り払おうとするが、マッテオは離してくれなかった。
「離してください」
「待てと言っているだろう」
「どうして」
サーナは父を見下ろした。
ここまで親を鬱陶しいと感じたのは初めてのことだった。
「あのブタどもはレオを監獄迷宮に送ったんすよ。今すぐ知っていることを洗いざらい吐かせて、その後は罪を償わせるために殺し——」
「サーナ!」
「っ——」
サーナは息を呑んだ。
マッテオに怒声を浴びせられるのは久々のことだった。
「——サーナ」
直前とは打って変わって優しく名前を呼ばれる。
サーナは自分が正気を失っていたことを自覚した。
「冷静になるんだ」
「……はい」
深呼吸をして、座布団に座り直した。
◇ ◇ ◇
ダヴィデには一旦退出してもらい、マッテオは娘と向かい合った。
「今すぐにでも騎士団を派遣して、ディエゴとベニートを捕らえて洗いざらい吐かせるべきです」
そう主張するサーナの瞳に、先程までの狂気は宿っていない。
「それはだめだ」
「なんでっすか? 証拠は揃っています」
「たしかに証拠はある。しかし、マンチーニ家騎士団は強い。もし負けたら——」
「そんな弱気なことを言っている場合じゃないでしょう!」
サーナが叫んだ。
「今この瞬間にも、レオは魔物に襲われてるかもしれないんすよ⁉︎ いくらレオでも監獄迷宮で安全でいられる保証はない。ディエゴたちは他にも様々な犯罪を行っています。大義名分などいくらでも用意できるでしょう!」
「お前の言い分はわかる。だがな、サーナ——」
マッテオは娘の目を正面から見据えた。
「——私たちには、守らなければならない領民がいるんだ」
ハッと息を呑み、サーナがわずかに目を伏せた。
マッテオも吸血の勇者に関する噂は信じていない。
根拠が乏しいからだ。
ジョブが人格に影響を与えるとも考えていない。
だから、できることなら今すぐレオを助けるために行動したい。
好感の持てる少年であることは知っているし、助っ人として度々迷宮で魔物を退治してもらっている恩もある。
ベージ領は冒険者が少ないのだ。
しかし、それは私情だ。
領主が私情で物事を判断することは許されない。
イヴレーア家の騎士団は、個々の能力ではマンチーニ家のそれに劣っているとは思わないが、兵の数に大きな差がある。
戦いは基本的には数が多いほうが勝つ。
使える者を総動員しても、勝率は低いだろう。
「私たちがもし一介の冒険者だったなら構わない。負けたところで自己責任だからな。だが、そうではない。イヴレーア家として挑んで負けてしまえば、マンチーニ家に多額の賠償金を支払わねばならなくなるだろう。最悪、土地だって取られるかもしれない。いずれにしろ、領民たちの生活が苦しくなるのは必至だ」
サーナの唇は真一文字に結ばれたままだ。
「レオ君のことを大切に想う気持ちはよくわかるし、一刻も早く助けたいのは私も同じだ。しかし、それはただの私情だ。私たちは——」
マッテオは説得の言葉を中断した。
ノックの音が聞こえたからだ。
今はよほどの用事でなければ後回しにしろ、と家臣には命じてある。
「どうした?」
「タレス領の冒険者ギルド長、ソフィ様がお見えです」
なるほど、彼女か。
「お通ししろ」
まもなくして、黒髪を腰まで伸ばした長身の女性が部屋に入ってきた。
挨拶もそこそこに、その大人びた雰囲気の女性——ソフィは切り出した。
「レオ君が追放されたと伺いましたが、マッテオ伯爵は何かご存知ですか?」
口調こそ落ち着いているが、内心穏やかでないのは明らかだった。
マッテオの中で一つの計画が浮かび上がってきた。
これは好機かもしれない——。
「本当ですか……」
話を聞き終え、ソフィは唖然とした表情を浮かべていた。
冷静沈着な女性だが、さすがに処理し切れなかったようだ。
「追放した理由を聞きに行ったときに取り合ってすらもらえなかったので、ロクなことになっていないのだろうとは思っていましたが……」
ソフィは平民ではあるが、冒険者ギルドの長と領主の間に明確な上下関係はない。
それなのに門前払いをしたのは、ダヴィデの失踪などで余裕がなかったからだろう、とマッテオは推測した。
ソフィはしばし呆然とした表情を浮かべていたが、さすがというべきか、すぐに切り替えたようだ。
「わかりました。情報提供、感謝します」
「君たちはどうするつもりだ?」
「反乱軍を組織します」
ソフィの目に迷いはなかった。
「レオ君が追放されたと聞いた時点で、冒険者の間でも攻め入ろうという話は出ていましたから。全員ではありませんが……止めますか?」
「ここで止めるつもりなら、最初から全貌を話したりはしないさ」
「ありがとうございます」
ソフィが口元を緩めた。
席を立とうとするタレス領冒険者ギルド長に、マッテオは一つの提案をした。
「反乱を起こすならば、イヴレーア家の騎士をいくらか預けるから、作戦に加えてもらえないだろうか?」
◇ ◇ ◇
イヴレーア家を辞去したソフィは、停留所で馬車を今か今かと待っていた。
事態は一刻を争う。
手遅れになることだけは避けたい。
しかし、ソフィは反乱の失敗の可能性については考えなかった。
マンチーニ家の騎士団は強力だが、タレス領の冒険者は粒揃いだし、イヴレーア家からもいくらか騎士を借りられたからだ。
マッテオからの騎士派遣の申し出は、はっきりいって予想外だった。
なぜ、隣の領地の出来事なのに兵を出すのか——。
そう問いかけたソフィに、マッテオは鋭い目つきで答えた。
『今回に関してはあまりにも度を超えている。私たちイヴレーア家だけでは静観するしかないが、タレス領の冒険者が立ち上がるというのなら話は別だ。勝ち目があるのなら、そこに戦力を注ぎ込むべきだろう』
面白いな、というのがソフィの率直な感想だった。
ベージ領の領主はあくまで保守的だと思っていたが、なかなかどうして、熱い心と決断力も持ち合わせていたようだ。
そして、熱い心と決断力を持っているのは彼だけではなかった。
その娘であるサーナはなんと、自分も反乱軍に参加したいと申し出たのだ。
マッテオから猛烈に反対され、最後には自室待機を命じられてしまっていたが、彼女の瞳は本物だった。
大丈夫。私たちが必ず成功させてみせます——。
心の中でそうサーナに誓っていると、背後から声をかけられた。
「あの……すみませんっ」
声の主は膝に手をつき、息を切らせていた。
声から女——それも、おそらくは少女と呼べる年齢——だとわかるが、フードをかぶっているため顔は見えない。
いぶかしく思っていると、少女が指の先でフードを持ち上げた。
「あなたは……!」
ソフィは目を見開いた。
フードから覗く白銀の髪とこちらをまっすぐ見つめる赤い瞳は——、
「サーナ様……⁉︎」
マッテオから自室待機を命じられていたはずの彼女が、なぜここに——?
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