第74話 ガブリエーレとの二度目の対面
「ズゴゴゴゴ」
「ミア、いつも通っているケーキ屋、今度新作が出るらしいっすよ」
「えっ、ホント? 食べたい!」
サーナが仕入れてきた情報を共有すれば、ミアが目を輝かせた。
「サーナさん、しれっとそういう情報仕入れてくるよね」
「ズゴゴゴゴ」
「これでも貴族っすからね。情報収集はおろそかにしないっすよ」
「おぉ、なんかかっこいい——」
「フゴッ!」
「あーもう、うるさいなぁ!」
我慢の限界だと言わんばかりにミアが叫んだ。
先程から響いている地響きのような音は、サーナとミアの向かい合わせの座席で寝ているレオのいびきだ。
王都行きの馬車に乗ってからというもの、ずっとこの調子だ。
王都に行くのは、国防軍最強魔術師であるガブリエーレに会うためである。
「今日のいびき、いつにも増してうるさくない?」
「そうっすね。軽く災害レベルっすね」
サーナは席を立ち、レオの鼻に手を伸ばした。
軽くつまんでやろうと思ったのだ。
しかし、手が届く直前、レオの目がパッチリと開かれた。
そして、開口一番——、
「牛乳!」
彼は叫んだ。
「……はっ?」
サーナとミアは顔を見合わせた。
「サーナさんの母乳の匂いでも嗅ぎ分けたんじゃない?」
「絶妙に気持ち悪い発想っすね」
サーナは表情をゆがめた。
本当に絶妙だ。
もしミアではなく男に言われていたら、問答無用で七発はお見舞いしていただろう。
「御者さん、止めて!」
レオが再び叫んだ。
馬車が減速を始める。
「ちょ、レオ。いきなりどうしたんすか?」
馬車は貸切だし、時間にも余裕はあるので停車自体は構わないが、さすがに気になる。
「牛乳だ! 牛乳が俺を待っている!」
レオが右斜め前方を指差した。
窓から顔を出してその指をたどると、
「マジっすか……」
「本当だ……」
牛乳売り場が、そこにはあった。
「寝坊したせいで今朝は牛乳飲めなかったからな。ちょうど良かった」
そんなことを言いながら、レオがスキップしながら列に並んだ。
サーナはミアとともに傍にそれた。
「叫んだ時点では見えてなかったよね? 牛乳売っているって」
「そもそも寝てたっすからね、あいつ」
「ほんとに人間なのかな」
「多分ちょっと進化の仕方を間違えてるっすね」
「だよね」
などと失礼なことを話していると、レオの番になった。
満面の笑みだ。
不覚にも、少しかわいいと思ってしまう。
「はい、毎度! 運が良かったな、兄ちゃん。今日ラストの一本だ!」
「おお、マジか! サンキュー、おっちゃん!」
「おうよ!」
なぜか商人のおじさんと握手を交わして、レオが牛乳を受け取った。
「——うわあああん!」
甲高い泣き声がその場に響いた。
レオが感極まったわけではない。
後ろに並んでいた女の子が、牛乳を買ってもらえないと知って泣き出したのだ。
お母さんらしき人が「また買ってあげるから」となだめているが、一向に泣き止まない。
レオはラッパ飲みをしようとした体勢のまま固まっている。
「めちゃくちゃ葛藤してる……私に向けられている感情じゃないのにビンビン伝わってくる……」
「ビンビンってなんか良くないっすね」
ミアの固有魔術【自意識過剰】は基本的に彼女自身に向けられた感情しかわからないが、強い感情だと自分に対するものでなくとも伝わってくるらしい。
つまり、レオがそれほど悩んでいるということだ。
お母さんが女の子を連れてその場を離れる前に、彼は動き出した。
女の子の前にしゃがみ込む。
「これ、やるよ」
わんわん泣いていた女の子が、ピタリと泣きやんだ。
目に雫を溜めたまま、差し出された牛乳の容器を見つめる。
「……いいの?」
「あぁ!」
ニヤリと笑って、レオが容器を女の子の手に押し付けた。
「そんな、悪いですよ」
「いいんだよ。お酒は人のためのナマズっていうだろ?」
レオがドヤ顔で親指を立てた。
それをいうなら情けは人のためならず、だろう。
お母さんも困惑している。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「……あっ、ほ、本当にありがとうございます!」
女の子の無邪気な声でフリーズから解放されたお母さんが、ペコペコと何度も頭を下げた。
慌てた様子で財布を取り出す。
「あの、これ、ほんの気持ちですが」
「いらねーよ。その金でまた牛乳でも買ってやんな」
差し出されたお金を断り、レオが一度女の子の頭をなでてからこちらに歩いてくる。
「サーナ、ミア。行くぞ」
それだけ告げて、彼は馬車に乗り込んだ。
「おぉ、颯爽と馬車に……最後までかっこよく決めたなぁ」
ミアが感心したように言った。
「いや、ミア。あれはカッコつけるために素早く帰ったわけじゃないっすよ」
「えっ?」
「多分、馬車に戻ればわかるっす」
なんとなく母娘に頭を下げてから、サーナとミアは馬車に帰った。
するとそこには——、
「俺の牛乳……」
案の定、体を丸めてめちゃくちゃ落ち込んでいるレオがいた。
「ナイスガッツ、レオ」
「う、うん。ナイスガッツだったよ!」
ミアと二人で慰めた。
「相変わらずキラキラしてるっすねぇ……」
サーナは感心半分、呆れ半分のため息をついた。
国防軍の本部は、まるでその威光を見せつけるかのように金色に輝いていた。
軍の施設の外観としてキラキラしすぎなのはいかがなものか、という意見も当然出たようだが、右翼のお偉いさんが強引に話を推し進めたと聞いたことがある。
「すっご……」
ミアがあんぐりと口を開けて固まっている。
どうやら感動しているようだ。
「おっひょー! やっぱすげぇ!」
レオが場にそぐわぬ下品な声を出したので、チョップを落としておく。
手が宙を切った。
「あれっ?」
隣を見る。
誰もいない。
「ふっふっふ」
下から少々気味の悪い声が聞こえる。
レオが頭を押さえたまましゃがんでいた。
とてつもないドヤ顔だった。
「甘いな、サーナ君。いつまでもやられる俺じゃ——」
レオがパッと振り返った。
「どうしたんすか?」
「なんか視線を感じたんだけど……気のせいか?」
「いや、気のせいじゃないと思う。私もなにか感じた」
ミアも同じ方向を見ていた。
「ミアも感じたのなら気のせいではなさそうっすね」
サーナはなにも感じなかったが、レオの直感はともかく、ミアのそれは固有魔術だ。
勘違いの線は薄いだろう。
結局、場違いな三人組ではあるからそんなこともあるか、という結論でその場は落ち着いた。
本部に入ってガブリエーレに会いに来た旨を告げると、前回と同じ部屋に通された。
しかし、時間になっても彼は現れなかった。
代わりに女の人が来て、すまなさそうにその遅刻を伝えてくれる。
「申し訳ありません。いつもは時間ぴったりにお越しになる方なんですが、どうしても外せないようで……」
「全然いいっすよ。お忙しいでしょうから」
一匹狼のような印象も受けるが、ガブリエーレも組織の人間だ。
なんでも自分の思い通り、というわけにはいかないだろう。
約束の時間より十分ほど遅れて、ガブリエーレは姿を現した。
「——待たせたな」
開口一番のセリフは、前回とまったく同じだった。
もっとも、以前は時間きっかりに登場していたので意味合いは少し異なるだろうが。
入室してすぐにサーナたちのことをじっと見つめるのも同じ流れだ。
しかし、その後が違った。
サーナに目を向けるや否や、ハッと目を見開いたのだ。
そんな表情とは無縁の人だと思っていた。
なにか、良くない未来でも視えたのだろうか。
「——サーナ」
「はい」
「お前、辺鄙な村に住んでいるか?」
「……いえ」
なんの質問だ。
まさか、新手のナンパではあるまい。
ガブリエーレの顔は、一貫して真剣なままだ。
「じゃあ、辺鄙な村と関わりはあるか? 村長は杖をついた婆さんで、オレンジ髪の女のガキがいる」
「——あっ」
多分、エミリーとファビアのことだ。
「カリパ村、ロット領の外れにある村とは関わりがあるっす」
レオを助けるためにソロで活動していたころ、サーナの安息の地だった場所だ。
もちろん今でも居心地は良いし、交流も続いている。
数日前に行ったばかりだ。
「落ち着いて聞け」
その言葉とガブリエーレの様子から、なにかカリパ村にとって良くないことが起きるのだろう、ということは想像できた。
しかし、ガブリエーレから伝えられた予知の内容は、サーナの想像も想定も超えていた。
「今から十分後、そのカリパ村をスタンビート——魔物の大群が襲うぞ」
「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!




