第61話 フラヴィオの余裕
ロット領の冒険者ギルドは、異様な雰囲気に包まれていた。
いつもよりも人は多いのに、活気はない。
皆の表情は暗く、普段ならそこかしこで響いている大声はすっかり鳴りを潜めている。
領内での霊の発生などという前代未聞の事態に直面しているのだ。
仕方のないことだろう。
「イラーリアちゃん。そこ違うよ」
「えっ? あっ、すみません!」
コンソラータがミスを指摘すると、後輩職員であるイラーリアがペコペコ頭を下げた。
「霊が気になるのはわかるけど、仕事に集中しないとダメよ」
「はい、すみません……でも、先輩はよくそんな平然としていられますね」
「そう見せかけているだけよ。本当は私も現場に向かいたいくらい。でもね——」
コンソラータはカーボ迷宮のある方角に目を向けた。
「——あの二人なら大丈夫。なんだかそう思えるの」
「……そうですね」
ややあって、イラーリアが白い歯を見せた。
「よしっ」
イラーリアが自分の頬をたたき、業務に戻っていく。
その表情が少し明るくなっているのが見て取れて、コンソラータは肩の力を抜いた。
単なる励ましではない。
レオとサーナなら大丈夫だと、コンソラータは本気で思っていた。
しかし、しばらくしてギルドに戻ってきたのは、Bランク冒険者のジャンルカを連れたフラヴィオのみだった。
◇ ◇ ◇
ギルド長のステファノ、副ギルド長のクリスチャン、ロット領冒険者会という冒険者のみで構成されている組織のトップであるアレッサンドロ、そしてフロアリーダー——現場のまとめ役のようなものだ——のコンソラータ。
つまりはロット領冒険者ギルドの重要人物全員で、フラヴィオとジャンルカの話を聞いた。
レオとサーナはジャンルカを助けることもせずに霊を倒そうとしていたため、フラヴィオがジャンルカを助けた。
しかしレオとサーナはフラヴィオとジャンルカのことなど関係なく戦ったため、二人にもどんどん流れ弾が飛んできた。
フラヴィオでは霊にはかなわないし、霊より先に自分たちがやられそうだったので、やむなく先に帰ってきた——。
彼らの話をまとめると、そういうことだった。
「あの二人のおかげで大事なことに気づくことができた俺にとっては、残念な限りだ」
フラヴィオが目を伏せた。
にわかには信じられない話だった。
彼らの口から語られたレオとサーナは、コンソラータの知っている二人とはまるで別人だった。
「ということは、霊を倒すことができたのか、二人がどうなったのかは知らないということだな?」
「あぁ」
ギルド長であるステファノの問いに、フラヴィオはうなずいた。
「ジャンルカの救出と報告が最優先だからな」
もしも彼の話が真実なのだとしたら、その判断は間違っていない。
「ジャンルカも同意しているとはいえ、その話を鵜呑みにすることはできない。【ホワイト】の二人とお前の間には因縁もあるからな。なにか、話を裏付ける証拠はあるのか?」
「あぁ」
フラヴィオが腕をまくった。
切り傷がある。
「これはレオナルドによりつけられた傷だ」
コンソラータは息をのんだ。
フラヴィオがこちらを見る。
「確認してみると良い」
「よろしいですか?」
「あぁ」
コンソラータはステファノに確認を取ってから、フラヴィオの切り傷に触れた。
そうすることで、固有魔術【追跡】により、その傷が何者によりつけられたものなのかわかるのだ。
もっとも、制限はある。
その何者かの魔力の気配をコンソラータが知らなければ、当然のことながら特定することはできない。
だから、魔術師絡みの犯罪などでも、コンソラータの出番はもっぱら容疑者を絞り込んだ終盤である。
しかし、今回はその制限が障害になることはなかった。
なぜなら——、
「これは……間違いなくレオ君がつけたものです」
「……そうか、ご苦労」
コンソラータは椅子に座り直し、大きく息を吐いた。
「大丈夫か?」
「えぇ」
アレッサンドロの小声の問いかけに、同じく小声で答える。
「これでわかっただろう」
どこか得意げにフラヴィオはいった。
「いや、その傷がレオ君のものだからといって、お前たちの話を信じるということにはならない」
アレッサンドロが毅然とした態度で告げた。
「お前とレオ君は組むのは初めてだっただろう。ただの連携ミスという可能性だってある」
「あぁ、そうだな——もし俺が戦闘に参加していれば、の話だが」
「なに……?」
「俺は、最初からずっとジャンルカのそばにいた」
フラヴィオがジャンルカを見た。
互いにうなずきあう。
「霊は見ただけで強敵だとわかったからな。俺は一度も戦闘に加わっていない」
その場に沈黙が落ちる。
戦いに参加していないフラヴィオに残る、レオがつけた傷跡。
それは、フラヴィオとジャンルカの話を肯定するものに他ならなかった。
今でも、馬鹿馬鹿しい話だとコンソラータは思っている。
もしこの証言がフラヴィオ個人のものだったら、鼻で一蹴していただろう。
しかし、ジャンルカまで賛同している以上、嘘だと断定はできなかった。
もし作り話なのだとしたら、自分以外のパーティーメンバーを霊に殺されている彼がフラヴィオに従うとは思えないからだ。
「皆、騙されているんですっ」
ジャンルカが拳を握りしめた。
「あいつらは狂っている。人当たりが良くても、その本質はただの戦闘狂だった。フィリッポやフラヴィオさんと戦っているときの生き生きとした姿こそがあいつらの本性だったんだ……!」
「たしかに……特にサーナ・イヴレーアは、アレッサンドロさんが止めなければフィリッポを殺していたかもしれないという話でしたね」
副ギルド長のクリスチャンがジャンルカに同意した。
重苦しい沈黙。
コンソラータはステファノに目を向けた。
ギルド長は考え込むように、腕を組んで目を閉じていた。
しかし、彼がこの場で結論をくだすことはなかった。
【ホワイト】の二人——レオとサーナが帰還したからだ。
◇ ◇ ◇
チッ、帰ってきやがったか——。
レオとサーナの帰還の報を聞き、フラヴィオは内心で舌打ちをした。
二人が霊に殺されるというのが最良の道だったのだが、そううまくはいかないか。
もちろん残念な結果ではあるが、フラヴィオはそこまで落胆していなかった。
二人が生還する可能性は高いと思っていたし、なによりあっさりと死なれても面白くない。
さすがに今回の一件だけでは無理だろうが、フラヴィオの影響力を持ってすれば、彼らを社会的に殺すことなど容易いだろう。
ジョルジョとも、色々と今後の相談をしている。
自らの手でレオとサーナを追い詰められると思うと、自然と頬が緩みそうになる。
ノックの音が聞こえた。
「【ホワイト】のお二人をお連れしました」
フラヴィオは慌てて表情を切り替え、立ち上がった。
そして、二人が部屋に入ってくるなり開口一番に言い放った。
「裏切り者たちが、どの面下げて帰ってきた? あっ?」
「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!




