第40話 生還とそれから
ぜひお礼がしたいというエミリーの申し出をやんわりと断り、サーナはレオを連れてカリパ村を離れた。
冒険者ギルドに報告をすませる。
ロット領を治めているオルランド家の騎士団とも協力して警備を派遣すると言っていたので、カリパ村もひとまずは安心だろう。
「そういえばサーナ。冒険者やってるって言ってたけど、魔物は平気なのか?」
「克服したっすよ」
「マジか、すげーな!」
馴染みの飯処の前を通りすぎる。
ロット領への自宅まではもうすぐだ。
帰り道、サーナは監獄迷宮や吸血の勇者については触れなかった。
往来で口に出すべき話ではないし、なんとなく、ただ雑談をしていたい気分だった。
レオも同じだったのだろう。
家にたどり着く。
レオの姿を認めた門番が、慌てて皆を呼びに行った。
最初に出てきたのはアンドレアだった。
「……レオか?」
サーナの祖父は、その場でピタリと動かなくなった。
「おう、久しぶりだな! ……あれっ? おーい、じいちゃん? 心臓止まったか?」
「年寄り扱いするなっ……よう帰ってきたのぉ」
アンドレアがくしゃりと顔を歪めた。
パタパタと足音が近づいてくる。
ジュリアだ。
「れ、レオ様っ⁉︎」
「おう、ジュリア!」
レオが軽やかに手を挙げると、サーナの侍女はわっと泣き崩れた。
その後も続々と侍女や騎士が出てきては、号泣したり喜んだりしていた。
レオは頻繁にイヴレーア家に来ていたので、全員と浅からぬ縁があったのだ。
レオとイヴレーア家が感動の再会を果たした後、サーナは彼の話を聞いた。
アンドレアも一緒だ。
三ヶ月とは思えないほど濃い話だった。
レオが水色の人型生命体について知識があったのは、やはり一度戦っていたからだった。
迷宮内で知り合ったミアという少女が、その奇襲を受けて重傷を負ったらしい。
サーナやファビア同様、パナセアですぐに回復したらしいが。
しかし、水色よりもその前に遭遇した白色のほうが強かった、ともレオは語った。
先代勇者パーティーを全滅させた怪物だ。
話を聞いただけでも背筋が凍った。
吸血の勇者の力が無ければ殺されていた、とレオは語った。
職業と人格に関連性があったこと、いずれは世界を滅ぼすという吸血の勇者の噂が根っからの嘘ではないかもしれないことにも驚かされたが、一番印象的だったのは、吸血の勇者について話すレオの姿だった。
吸血衝動や吸血の勇者の力は制御しようと思ってできるもんじゃねーんだ——。
そう言ってレオは顔をしかめた。
初めて見ると言ってもいい、彼の不安そうな顔だった。
自分の制御下にない力というのは厄介なものだ。
【自己支配】により、逆に自分をコントロールできなくなることもあるサーナには、その不安や葛藤がよく理解できた。
もっとも——、
「今、私にとって厄介なのはレオなんすけどね……」
サーナは視線を下に向けた。
グースカと寝息を立てているレオがいる。
話を終えた後、彼はスイッチが切れたように眠りに落ちた。
監獄迷宮から生還した日に、Aランク冒険者のサーナでも敵わなかった強敵と戦ったのだ。
いくら野生児でも疲れて当然だろうし、寝ること自体は一向に構わない。
問題は寝ている場所だった。
話しているとき、サーナはレオの隣に座っていた。
彼が寝落ちしてからも、同じ場所で思考を巡らせていた。
すると、レオが膝の上に倒れ込んできたのだ。
平素なら迷わずゲンコツを落としていただろう。
しかし彼の状況、そして数時間前に命を救われたことを考えると、さすがに眠りを妨げることはできなかった。
結果として、サーナは足がしびれそうになりながらも同じ姿勢で座り続けている。
「ホント、子供っすね……」
あまりにも無防備な寝顔だった。
普段から童顔だが、寝顔だとさらにあどけなさが増す。
気がつけば、サーナはレオの髪を撫でていた。
「……ふふっ」
正面から含み笑いが聞こえた。
「……えっ?」
侍女のジュリアとバッチリ目が合う。
見られていた——!
頬が熱くなる。
「ご、ゴミが付いていたから払っただけっすよ」
「ふむふむ」
ジュリアがニヤニヤと笑う。
「……ジュリア、給料半分にするっすよ」
「本当に申し訳ございませんでした」
ジュリアが腰を直角に折り曲げる。
なんだかおかしくなり、サーナは小さな笑いを漏らした。
ジュリアが瞳を少し見開き、ふっと微笑んだ。
「……なんすか」
「いえ……レオ様が無事で本当に良かったですね。サーナ様」
サーナを見る目は優しく、温かかった。
先程までのからかいの色はどこにもない。
サーナは目線を逸らした。
そして、わずかに顎を引いた。
◇ ◇ ◇
結局、足が限界を迎えたサーナが体を移動させても、レオが目を覚ますことはなかった。
翌朝、サーナが目覚めても彼は眠ったままだった。
そういえば、彼は寝入ったらなかなか目覚めない人だった。
懐かしい。
三ヶ月前までは、ちょくちょく泊まりに来ては朝寝坊を繰り返すレオを、あの手この手でたたき起こしていたものだ。
「レオー?」
声をかけてみるが、案の定というべきか、反応はない。
柔らかい両頬をムニっとつまみ、上下左右に思い切り引っ張った。
「ふぐっ⁉︎」
変な声を出し、レオが目を開ける。
「おはようっす」
「……ミアはもうちょい優しい起こし方だったぞ——いててててっ!」
なぜか腹が立ったので、再び頬をつまんでやる。
涙目で頬をさするレオを見て満足し、サーナは部屋を出た。
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