第30話 勇者カルロの思惑
24時にもう一話投稿します!
互いに名乗りあった後、カルロは尋ねてきた。
「なぜ、飛び級試験を断ったんだい?」
「焦るべきではないと思ったからっす」
サーナは簡潔に答えた。
相手は有名人ではあるが、仲間ではない。
魔物恐怖症については言及する必要もないだろう。
「そうか……」
思案を巡らすように視線をさまよわせた後、カルロはサーナに視線を戻した。
「——サーナさん、少し時間をもらっていいかな?」
◇ ◇ ◇
以前、サーナが出した依頼を受けても良い——。
店員に飲み物を注文すると、カルロはそう切り出した。
彼がサーナを連れて入ったのは、とある食事どころだった。
外観は普通のそれと変わらないが、内装は一風変わっていた。
席と席の間隔が広く、あちこちに柱が立っていたのだ。
密談にはうってつけの場所と言える。
機密性がもっとも保たれるのは個室だが、サーナが年頃の少女であることを考慮して、カルロはここを選んだのだろう。
サーナが以前に出した依頼とは、ベニートやマッテオと連番で出した監獄迷宮での人探しと救出依頼だ。
もちろん、その人物はレオのである。
「さすがに個人的な依頼を勇者パーティーが金銭だけで受けるわけにはいかない。そんなことをしたら収拾がつかなくなるからね。ただし、君が本当にSランクになれたら、そのときは共に監獄迷宮に挑むことを約束するよ」
「充分すぎます。ありがとうございます」
なぜ一度は断った依頼を受けてくれたのか尋ねてみたが、答えは濁された。
勇者様にも何かしらの目論見があるのだろう。
だからといって、サーナに依頼を取り下げる気などなかったが。
「あっ、そうそう。僕からも一つ、聞きたいことがあったんだ」
帰り際、カルロが世間話をするような口調で尋ねてきた。
「——その探し人って、レオナルド・マンチーニ君で合ってる?」
◇ ◇ ◇
カルロと別れたサーナは、その足で家に帰った。
ジュリアを伴ってアンドレアの部屋を訪ねる。
条件付きとはいえ、カルロに依頼を受けてもらえた旨を報告すると、祖父は腹を抱えて大笑いした。
「フォッフォッフォ、さすがは我が孫娘じゃ!」
ジュリアも拍手をする。
満面の笑みで口を開いた。
「サーナ様も——」
「うるさいっす」
「まだなにも喋ってませんよ⁉︎」
「いつものふざけた言動が続きそうだったので、つい」
「ひどい! サーナ様もついに色目を使うことを覚えられたのですねって、成長を共にお喜びしようとしたのに!」
「遮って正解だったっすね」
ただまぁ、色目を使ったと疑われてもおかしくない状況ではあるが。
「勇者カルロは、探し人がレオであることを知っていました」
「勇者ほどになれば知っていても不思議ではないのぉ」
アンドレアが髭を撫でた。
「レオ様の名前を出したとき、カルロ様の様子はどんな感じだったのですか?」
ジュリアが尋ねてくる。
真面目なトーンだ。
ふざけて良いのか否か。彼女はそのタイミングを読むのが上手い。
それこそがサーナの筆頭侍女であり続けられる理由である。
「世間話でもするような感じだったっす」
サーナは顎に手を当てた。
ほとんど感情が読み取れなかった。
意図的にそうしていたのだろう。
「ふむ……カルロにも何かしらの思惑があるのじゃろう。じゃが、基本的には信頼して良いと思うぞ。あれは誠実な男じゃ」
「私もそう思うっす」
「いえ、そういう人が裏では意外とヤリチンだったりするんですよ」
「まぁ、たしかに」
サーナは妙に納得してしまった。
いや、決して勇者カルロがそういう男だと思っているわけではないが。
「あれ、殴ってくださらないのですか?」
「なんで殴られるのを待っているんすか。気持ち悪いっすよ」
「軽蔑の目線も悪くねいですねぇ」
「給料下げるっすよ」
「鉄拳を下すことで溜飲をお下げください」
さぁやれ、とばかりにジュリアが頭を差し出す。
サーナはため息を吐いた。
いちいちジュリアに付き合っていたら日が暮れてしまう。
そもそも、普段はここまで相手をしない。
自覚はなかったが、やはりテンションが上がっているのだろう。
そのことはしっかり祖父に見抜かれていたようだ。
「浮かれる気持ちはわかるが、Sランクまでの道のりは厳しい。より一層、慎重に、地に足をつけるのじゃ。決して急ぐではないぞ」
「はい」
サーナは真剣な表情で顎を引いた。
慎重に、地に足をつける——。
耳にタコができるほど聞かされた言葉を、再び胸に刻みつけた。
◇ ◇ ◇
サーナと別れたところから五分ほど歩くと、赤茶色の建物が見えてきた。
家というには大きく、屋敷と呼ぶには小さかった。
国から勇者パーティーに与えられたものだ。
代々の勇者パーティーが拠点としていた歴史のある建物だ。
もちろん現勇者パーティーのカルロたちも利用している。
大広間に入ると、三人の男女がいた。
勇者パーティーのメンバーだ。
全員揃っている。ちょうど良い。
カルロは全員を会議室に集め、サーナの依頼を受けた旨を報告した。
「そんな依頼、なぜ受けたのですか? 二ヶ月前に監獄迷宮に転移して未だに帰ってきてないなら、もう死んでいるでしょう」
真っ先に不満の声を上げたのは、最年少メンバーのルイージだ。
メガネとその奥から覗く鋭い眼光は、彼の知性と厳しい性格を表している。
「たしかにその可能性はある。だけど、僕は良い機会なんじゃないかと思うんだ」
「良い機会? 何のだ……ですか?」
グレタが不自然な敬語で尋ねてくる。
少々グレていた時期のある彼女は、敬語がうまく使えないのだ。
ルイージ、グレタ、そして副リーダーのセレーナ。
カルロは全員の顔を見回して、いった。
「監獄迷宮の調査さ」
全員の顔に緊張が走った。
「あれ、監獄迷宮はしばらくは放置するんじゃなかったのか……ですか?」
「あぁ。立て続けに勇者パーティーがやられれば、市民を動揺させてしまうだろうからね。けど、そろそろ良いと思う。後続も育っているし、圧倒的な強さを誇っていた先代が全滅したんだ。絶対、一度は調べたほうがいい」
「それはまぁ、そうですね」
「それに、ブルーノさんからの依頼もあるからね。娘さん——ミアちゃんを助けてほしいっていう」
ミア。
その少女のことを思い出すたびに、カルロは罪悪感にかられる。
あるとき、平民の女の子から依頼が届いていた。
母を助けるために万能の回復薬といわれているパナセアを入手してほしい、というものだった。
カルロは勇者としてその依頼を受けないという判断を下した。
勇者パーティーは市民の安全と平和を守るために存在しているが、一個人の依頼をいちいち受けていてはキリがないからだ。
それに、パナセアが実在するかもわからない謎に包まれたものだったから、というのもあった。
最近になって、ミアの父親であるブルーノから依頼が届いた。
一人で監獄迷宮に転移した娘を助けてほしい、と。
文章を読んだだけで、心配とやるせなさが痛いほど伝わってきた。
「あれに関しては自己責任でしょう。転移陣だってたまたまあったわけだし、俺らの責任じゃありません」
ルイージが肩をすくめた。
「それでも、僕らが依頼を断ったから、ミアちゃんは一人で向かったんだ。お母さんを助けるために」
カルロが反論すると、ルイージは唇をとがらせつつも押し黙った。
「決まりですわね」
セレーナが、こちらも特徴的な語尾でいった。
「ですが、世間にはあくまで監獄迷宮の調査ということにしておくのがよろしいと思いますわ。勇者パーティーが私情で動くことは許されませんから」
「そうしよう——では、解散」
ルイージ、ついでグレタが会議室を出る。
カルロとセレーナの二人だけになった。
「ふぅ……」
カルロは息を吐きながら、椅子の背にもたれた。
「心配ですか?」
「それはね」
「ご安心ください。今日もリーダーの便は快調ですわ」
「君が僕の便の調子を把握しているのなら、少し関わり方を考えないといけないね」
「冗談ですわ」
「安心したよ」
カルロは目を閉じた。
「心配いりませんわ。レオ君もミアちゃんも、どちらもリーダーが驚愕するほどの実力を持っていたのでしょう? きっと、生きていますわ」
「……そうだね」
二人とも、たまたまその実力を見る機会に恵まれたが、たしかにどちらも末恐ろしい才能を秘めていた。
「あわよくば、レオ君がミアちゃんを拾ってくれれば……いや、それはさすがに希望的観測が過ぎるな」
カルロは、自嘲の笑みを漏らした。
——二人がすでに出会い、そして現在は別行動を取っていることなど、彼には知る由もなかった。
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