第25話 監獄迷宮での生活⑧ —元気でな—
——なら、キアーラの想いとか感情って、なんなんだ?
レオの不躾ともいえる質問を、ミアはたしなめなかった。
キアーラを成仏させるには、必ず聞き出さなければならないことだったからだ。
霊は、本来なら現世に存在してはいけない。
この世のものではないそれらは、存在するだけで世界のバランスを崩す。
世界のためにも、そしてキアーラ自身のためにも成仏してもらう必要があった。
それは理解しているのだろう。
キアーラは特に気を悪くした様子もなく答えた。
「私には心残りがあります。あの怪物ともいえる生命体の存在を世間に知らせること。そして、逃げ切れなかったことを仲間に謝罪すること。けど、後者はもういいんです」
キアーラは少し寂しげに笑った。
「仲間には向こうでしっかり謝りますから……お願いしたいのは前者なんです。どうか、私たちが全滅する、勇者アレッシオが負けるほどの存在がいたということを世間に伝えていただけませんか?」
「わかった」
「えっ?」
即答したレオに、キアーラが目をぱちくりさせた。
「ん? 俺、なんか変なこと言ったか?」
「い、いえ、そんなことはありませんけど……」
キアーラが口ごもった。
「俺はどっちみちこの迷宮を出るからな。そんときに、やべぇやつがいたって皆にいえば良いんだろ?」
簡単に言ってのけるレオは、自分が監獄迷宮を抜け出せることを確信しているようだった。
「ま、まぁ、そうですけど……でも、この迷宮からの脱出はそんなに簡単じゃありませんよ?」
「わかってら。ここまでに五層以上は登ってきてっからさ」
「……えっ?」
ミアとキアーラは思わず顔を見合わせた。
「ちょ、ちょっと待ってレオさん。それって、ここより五層以上も下にいたってこと?」
「あぁ。しゃべるヒュージ・リオンとかいて、結構キツかったぞ」
「結構キツかったぞって……」
ミアは、思わず目の前の少年をまじまじと見つめてしまった。
キアーラも二の句を継げないでいる。
監獄迷宮の恐ろしさを知っている彼女だからこそ、余計に衝撃が大きいのだろう。
「……もしかしてレオさん、【第一の扉】を解放できるんですか?」
「あぁ」
キアーラのおそるおそるといった問いに、レオはあっさりとうなずいた。
元勇者パーティーの少女は、口をあんぐりと開けて固まった。
しかし、ミアは驚かなかった。
彼が【第一の扉】を解放する瞬間を目撃していたからだ。
……ん? ちょっと待てよ。
「れ、レオさん」
「ん?」
「レオさんって、戦うときにはすでに【第一の扉】を解放していたよね」
「おん」
「で、途中からもう一つギアを上げたよね」
「おん」
「……もしかして、あのとき【第二の扉】解放してた?」
「おう」
レオはあっさりと肯定した。
「マジか……」
「信じられない……」
今度こそ、ミアとキアーラは絶句した。
◇ ◇ ◇
「レオさんの髪色ってさ、【第二の扉】解放するとき毎回水色に変化してんの?」
「えっ、髪色変わってんの?」
「……まさか、気づいてなかったの?」
「人前で使うことなんかほとんどねーからな」
「いや、前髪で気づくでしょ。目の上まで伸ばしているんだから」
「あっ、そっか。ミア頭いいな!」
漫才のような掛け合いを聞いて、キアーラはようやく冷静さを取り戻した。
そういえばアレッシオも髪色が水色に変化してたな。
子供心を散々くすぐられたものだ。
「にしてもなんで色が変わるんだ?」
「知らないよ。私、【第一の扉】も解放できないし」
「……えっ?」
キアーラはミアをまじまじと見つめてしまった。
「えっと……どうしたの? キアーラちゃん」
「み、ミアさん。扉を解放できないんですか?」
「えっ? うん」
「でも、レオさんが【第二の扉】を解放する前までは自然に連携できていたんですよね?」
「おう」
レオがうなずいた。
キアーラが彼に向かって尋ねたからだ。
「ということは、ミアさんは【身体強化】だけでレオさんの【第一の扉】と同じくらいの実力を出せる……ということですか?」
「あっ、そうじゃん。すげーな、ミア!」
「い、いや、私は結局なにもできなかったし……」
ミアが頭を掻く。
照れているようだ。
「信じられない……」
【第二の扉】は、歴代最強の呼び声も高かった勇者パーティーですら、勇者アレッシオしか届かなかった領域だ。
それを解放できるレオも、そのレオの【第一の扉】解放時に【身体強化】のみで匹敵するミアも、どちらも規格外という他ない。
「ま、そういうわけだから、やべぇやつに遭遇しねえほうが良いんだろうけど、万が一戦うことになってもなんとかなるさ」
先程と異なり、レオが優しい手付きでキアーラの頭を撫でてくる。
子供扱いされているようで不服だが、同時に安心感を覚えていることもキアーラは自覚していた。
レオがアレッシオより強いのかどうかはわからない。
それでも、安心した。
この人ならあの怪物に勝てるかもしれない。
そう思えた。
その安心感と信頼は、勇者アレッシオに抱いていたものとは別種のものだった。
アレッシオにも絶大の信頼を置いていたし、安心して命を預けられた。
だが、それは人間性を含めてのもの。
彼は自分の強さも弱さも知っていたし、だからこそあの一瞬でキアーラを逃す判断ができた。
対して、レオは自分が負けるなどとは考えたこともないだろう。
真の強者しか持ってはいけない傲慢さ。
それを、レオから感じた。
体が宙に浮くような感覚を覚えた。
ミアが髪と同じオレンジ色の瞳を見開いた。
端正な顔が歪む。
キアーラは視線を下げた。
元から透けていた体がさらに薄くなっていた。
「どうやら、そろそろ時間みたいです」
レオとミアに向かって深々と頭を下げた。
「改めて、本当にありがとうございました。お二人なら必ずここを出られると信じています」
二人がなぜ監獄迷宮にいるのかは知らない。
それでも、こんなところで野垂れ死ぬタマではないだろう。
「私が言えたことではないですが、どうか死なないで。健康で長生きしてください」
「おう、お前も元気でな!」
「げ、元気でね?」
キアーラは吹き出した。
死人に対する別れの言葉ではないだろう。
最後に、この人たちに出会えてよかった——。
暖かい気持ちになりながら、キアーラの魂は消滅した。
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