第1話 選定の儀① —レオの立場—
初めまして、シャイと申します!
本作品を開いていただきありがとうございます。21時、22時、23時、24時にも2話ずつ公開するので、そちらもゼひご覧ください!
「相変わらず眩しいな、こいつは」
そびえ立つ教会を見上げ、レオナルド・マンチーニは目を細めた。
タレス領の中心部にあるその建物は一面が白銀で覆われており、神々しさを漂わせていた。
「行きましょう、レオ様」
「おう」
侍女であるフランチェスカに促され、教会に入る。
タレス領の領主、ディエゴ・マンチーニの息子であるレオが教会に来ているのは【選定の儀】を受けるためだ。
「レオ様はどんな職業をご希望ですか?」
「近接戦闘系が良いなー。剣聖とか」
選定の儀は、ジョブを持っているかどうかを確認する儀式だ。
親族と付き人一名のみが同席を許され、ジョブ持ちならそれがなんのジョブであるかまで公表される。
ジョブには様々な種類が存在するが、代表的なのは剣聖や賢者だろう。
「剣聖なら、ハズレの固有魔術はなさそうですね」
「だよな」
ジョブを授かることの一番のメリットは、そのジョブに合わせた固有魔術が得られることだ。
というより、それ以外のメリットは特にない。
貴族社会ではジョブによるマウントの取り合いが勃発するが、レオはそんなものに興味はなかった。
関心があるのは、固有魔術のみである。
固有魔術は、必殺技から各種能力を強化したりするものまで、様々な種類がある。
「剣の必殺技みたいなのもらえねーかな」
「欲張りますね」
「でも、固有魔術って無意識で発動できんだろ? めっちゃ強くね」
固有魔術の最大の特徴は、使用者が無意識下で発動できることだ。
魔術師は魔術を使用する際、発動の手助けをしてくれる【魔術発動補助機器】という端末を用いる。
ちなみに、これは旧魔族語——「旧」とついているのは、魔族がすでに滅んでいるからだ——で Activation proxy Device であるため、略して APDと呼ばれることが多い。
APDは、魔術陣を記憶する装置だ。
この画期的な発明により、魔術の発動時間は大幅に短縮化された。
それでもやはり、入力時間などを加味すれば、ほとんど無意識で発動できる固有魔術には及ばないことが多い。
「そうですね。実力者と呼ばれる人たちは、全員が固有魔術持ちといっても良いでしょうし……大きなアドバンテージになるのは間違いないでしょう」
「だろ? あとはジョブでいえば、吸血の勇者とかも興味あるな」
「レオ様っ」
フランチェスカが小さく、しかし鋭い声を出した。
「おん?」
「おん、ではありません。あまりめったなことをおっしゃらないでください」
「でも、吸血の勇者に関する噂って信憑性ねーじゃん」
吸血の勇者に関する噂。
それは、そのジョブをもらった者は性格が変貌してしまい、いずれは世界を滅ぼそうとするというもの。
以前の吸血の勇者は、人類と敵対していた魔族を滅ぼして英雄となったが、その後に正気を失って世界を崩壊させてしまったらしい。
最後は勇者の右腕だった者との相打ちという形で滅んだが、そのときには世界はほとんど荒廃していた、という記録も残っている。
そこから吸血の勇者というジョブはその者の性格すら変えてしまう、ひいては世界を滅ぼすという話が広まったようだが、これは決して世間の定説ではない。
記録に色々と疑わしい点があったり、改竄されたような形跡も発見されているからだ。
特に、正気を失って世界を崩壊させた云々については捏造だと断言する学者もいる。
現在では「吸血の勇者と魔王の戦いの余波で世界は荒廃し、最後は勇者の右腕を加えた三名が相打ちという形で滅んだ」という説が一般的だ。
それにそもそも——、
「ジョブが性格に影響を与えるなんて話、他に聞いたことねーし」
「それでも、ですよレオ様。吸血の勇者を恐れ、忌み嫌っている者は一定数存在しますから」
「でも少数派だろ?」
ジョブと人格の関連性は多くの研究者が取り組んでいるテーマだが、肯定派は少ない。
吸血の勇者の噂を信じて危険視しているのもこの一派だ。
「ええ。ですが、そういう考えを持つ方は平民より貴族に多いですから、発言は慎重になる必要があります」
そう。
肯定派は学者の間では異端視されているが、なぜか貴族の後ろ盾が多いため、母数の割には一定の幅を利かせている。
「現に、ディエゴ様もそちらの意見でいらっしゃいますし」
「まーな」
ディエゴはジョブと人格の関連性があると信じているし、吸血の勇者についても危険視している節がある。
「私はレオ様と同じように否定的な立場ですので良いですが……他の方の前ではむやみにその名は出さないでください。特にマンチーニ家では。よろしいですね?」
「へーい」
「まったく……だいたい、なぜ吸血の勇者などになりたいのです?」
「魔王と戦ったってのは事実なんだろ? だったら興味あんじゃん。固有魔術とかめっちゃすげえやつかもしんないし」
フランチェスカが大袈裟なため息を吐く。
「相変わらずの戦闘バカ……勇ましくおられますね」
「フラ。言い切ったんなら、もはや訂正しないほうが良いんじゃねーの?」
「あら、レオ様は罵倒されて喜ぶタイプでございましたか。マゾですか。マゾなんですね」
「んなわけあるか」
レオは苦笑した。
相変わらず失礼な侍女だ。
しかし、ちっとも不愉快な気分にはならなかった。
フランチェスカのそれには愛情が感じられるからだ——他のマンチーニ家の人間とは違って。
「さっさと終わらせろよ」
ディエゴの付き人が周囲をはばからずに悪態を吐き、レオに見せつけるようにあくびをしている。
本来なら断罪されても文句の言えない態度だったが、その主人であり、この場の最高権力者であるディエゴは注意をする素振りすら見せない。
どころか、
「まあ、そう言ってやるな。やつは私やベニートと違って優秀ではないのだ。要領が悪くてイライラすることもあるだろうが、それは元の能力が低すぎるからだ。出来損ないなりに頑張ってはいるのだから、多めに見てやるといい」
「はあ……わかりました。無能を子供に持つと大変でございますな」
「まったくだ。ああいうやつに限って無駄に長生きするから困る。魔物にでもさっさと殺されれば良いものを」
「神様はお優しいのでしょう。無能な上に早死にするのはかわいそうだと」
「私があれほどの無能なら生きているのも恥ずかしいがな」
「たしかに、生き恥とはまさにレオナルド様のことでしょうな」
「ガッハッハ、言い得て妙だな!」
レオを馬鹿にしてディエゴとその付き人は笑い合っている。
隣に立つ兄のベニートは終始無表情のまま。関心がないのだろう。
当主とその付き人が揃って次男のことを馬鹿にするなど貴族社会ではあり得ないことだが、レオは驚きも怒りも覚えなかった。
日常茶飯事だからだ。
レオにマンチーニの血は流れていない。
森に捨てられていたらしいレオを拾ってくれたのは、今は亡き義母のアリーチェだった。
だから、ディエゴは正確には義父で、ベニートは義兄だ。
幼いころはそれなりに大切にされていたと思うが、アリーチェが他界してからは生活が一変した。
フランチェスカがいなければ、レオの生活水準は使用人をも下回っていただろう。
「……行きましょう、レオ様」
フランチェスカが背中に触れてきた。
普段はしょっちゅうからかってくるくせに、こういうときは必ずレオに寄り添うのがフランチェスカという女性だ。
そんな彼女のことが好きだったし、いらぬ心配はかけさせたくなかった。
だから、レオは言った。
「フラ」
「はい?」
「うんこしてぇ」
「馬鹿ですか」
かなり強めに頭を叩かれる。
痛い。
便意の足音が刻一刻と迫ってきているのは事実だというのに。
「ほら、馬鹿なことおっしゃっていないで、さっさと行ってください」
背中をぐっと押される。
いつものフランチェスカだ。
「——おう、行ってくる」
レオは片手を上げ、祭壇へと続く階段を上った。
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