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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名前を呼ばせて

作者: 嶋村とい

桐谷六花には、幼馴染がいる。

そいつは、生まれた日が一緒で、家も隣で、ずっとずっと一緒。


青瀬悠馬。


私の世界で一番好きなひと。


青いランドセルと赤いランドセルが手を繋いで並んで歩く。

青いランドセルの子供は長く伸びた茶色い髪をぴょんぴょんと跳ねさせている。

一方、赤いランドセルの子供は短い黒い髪でとてもサラサラだ。

六花はサラサラなこの髪が昔からうらやましい。

そう思い見つめていると、何だよと見つめ返してくる。

それになんでもない!と笑顔で返す。

それは私たち幼馴染にとってはいつもの光景だった。


「悠馬。今日も赤いランドセルのこと揶揄われてたね。」

「あいつらが毎日毎日しつこいんだ」


そうツンとした顔で悠馬は答える。

悠馬の母は倹約家で、悠馬とは7つ離れた姉・遊里がちょうど小学校を卒業するからと姉のランドセルをそのまま悠馬に使用させている。


「じゃあ明日は交換日にしよう!」

「六花、いいよ別にいつも交換しなくて。六花まで揶揄われる」

「揶揄われたことないもん。私が赤の気分なの!赤がいい!」

「.....しょうがないな。じゃあ交換しよう」

「やった!」


六花と悠馬は1年生の時からたまにランドセルを交換している。

それは小学校4年生になった今でも続いている。

周りの大人は最初あまりいい顔をしていなかったが、六花が赤も試したい!友達と私物交換して何が悪い!ランドセルも交換していいだろう!と強く主張してから周りの大人があきらめたのだ。

高頻度で悠馬と交換するため、1度母に「じゃあ、赤を買えばよかったじゃない!悠馬君ともお揃いなのに」と言われたことがあったが、六花はお揃いではダメだったのだ。


いつも休日もそれぞれ友人と遊ぶなどの予定が入ってない限り悠馬と一緒にいる。

六花のランドセルを買いに行った時も例外なく一緒にいた。

六花は最初、悠馬とお揃いになる赤を買いに行ったのだが、一緒にいた悠馬が青のランドセルを見つめていたのだ。

六花はそんな悠馬に近づき、「六花これにする」と購入を決めた。

親にも悠馬にも「赤にするんじゃないの?」と散々諭されたが、これがいいと言い続け青のランドセルにした。

悠馬に青のランドセルを背負わせてあげれる。そう思ったから。

悠馬は六花が交換を提案したとき、驚いていたし、あきれていた。

「6年も使うのに僕が見てたからってそれにしたの?僕のこと気にしないで決めてほしかった!!」と。

赤でも六花とお揃いなら嬉しかったのに。と。

「それでもね、青を背負ってる悠馬も見たかったの。二人で交換できたら2倍ランドセルを楽しめてお得!」



そう言った六花に悠馬は渋々納得しそれから度々交換している。


「そういえば悠馬。」

お互いの家が隣同士で両親同士の仲もとてもいい。

今日は悠馬の家族の帰りが全員遅くなるからと、学校帰り悠馬は六花の家にいた。

六花の部屋でランドセル交換をしている途中でふと六花が声を出した。


「何?また肩のベルト調整できない?」

「違う、それは後でパパに頼む。、悠馬はさ、幽霊に名前を呼ばれると、連れていかれるって知ってた?」

「何それ?」

いつも物知りで六花になんでも教えてくれる悠馬が知らないと知った六花は内心とても喜んだ。

顔にも出やすいのできっと悠馬には六花が喜んでいることが伝わっているのか、悠馬は少しムスっとしていた。

六花はその表情もうれしく意気揚々と話した。


「この間、うちのおばあちゃん亡くなったでしょ。おばあちゃんね、夜寝る前に布団の中で「おじいちゃんが、また名前を呼んでくれた」って言ったあと亡くなったんだって、それでママがおばあちゃんは幽霊のおじいちゃんに名前を呼んでもらったんだねって言ってたの」

「へえ、幽霊に名前を呼ばれると連れていかれるの?」

「それも1人だけなんだって!最後に道連れにできるらしい。」

「急に怖い話になったな」


その街に伝わる言い伝えらしい。

連れ添ったあとは来世も来来来世もずっと一緒にいられると。

六花は怖い話が苦手だが、この話には感動した。

好きな人に名前を呼ばれ、ついていくことができるのだ。だから悠馬に感動を共有したくて話したのだが、悠馬は考えこんでしかめっ面をしている。

六花はそれが、面白くない。


「でも来世も、その次の来世もずっと一緒にいれるってことでしょ!」

「そうなるのか?でもこじれた恋愛してたら、もう地獄じゃない?」

「......地獄?」

「例えば浮気してて、浮気相手か元から交際していた片方が死んだとして、怨念のように名前を呼ばれたら強制でついていかなきゃなんでしょ?」

「悠馬、浮気するの?」

「なんでそうなった?」


六花が幽霊になったら一番最初に悠馬の名前を呼ぶんだろう。

悠馬が好きだから。ずっと一緒にいたいから。

これは恋愛かどうかはわからなかったが1人だけといって思いつくなら悠馬だった。


「だから、私が幽霊になったら。悠馬の名前呼ぶね」

「…道連れにしないでくれ、」

そう呟いて悠馬はそっぽを向いた。

その日はランドセル交換を終え、悠馬とママの夕飯のお手伝いをし、六花が大好きなカレーライスを食べ、悠馬のママが迎えに来たので解散になった。


**

それから、時はすぎ私たちは中学1年生になった。

中学受験もなく、田舎のためそのまま近くの市立中学に通う。

ランドセルは卒業したため、もう交換する必要はないが、なんとなく‟悠馬と交換”がないことが寂しかった六花はシャーペンや辞書など細々したものを交換した。

悠馬は表情筋が柔らかくない。でも交換しよ!というと少し嬉しそうに笑う。

それが六花はうれしい。

六花はむしろ柔らかすぎるくらいだが、それは今はおいておく。


とある放課後、いつもの生徒玄関で悠馬を待っていたが、中々来ず、しびれを切らして探し始めた。


(行きそうな場所は図書館!)

六花は嫌いだが、悠馬は本を読むのが好きだ。頭もいい。

そう思った六花は早速図書館に向かった。

図書館は2階にあり、中央階段を上ってすぐだから近い。


中央階段を登ろうとした時だった。

「悠馬くん!」

自分じゃない女の子が悠馬の名前を呼んだ。

六花は思わず立ち止まる。今、登ってはいけないと恋愛ごとに疎い六花でもわかった。


「なんか返し忘れた?」

「いや、本はちゃんと、返してもらった。」

「じゃあ、どうした?」

会話からおそらく図書委員の子なのだろう。

告白だったら嫌だなと思った。

 

なんで嫌なのか。六花にはわからない。


「悠馬君、あのね、えっとずっと前から、図書館で見るたびにかっこいいなと思ってて、だから、えっと.....その、す、好きです!」


告白だった。悠馬はなんて答えるのか。

気が気じゃない。


六花は悠馬の答えを聞きたくなくて踵を返した。

階段を2段飛ばして降り、走って走って、走った。


走っているからなのか、それとも自身の心の変化なのか。

ドキドキが止まらなかった。


近所の公園まで走り、ブランコで息を整える。

今日も悠馬は六花の家でご飯を食べる予定なので、それまでに息を整えなきゃいけない。

普通で過ごさなきゃと考える。


(悠馬、あの子になんて言って返したんだろう。)


六花が踵を返さなきゃ聞けた答え。

でもなんとなく聞けなかった。


考えれば考えるほど、答えが知りたくて仕方がない。

なんで逃げ出したんだ。


しばらく心を落ち着けるために全力でブランコを漕いだ。


「六花!.....はぁ、やっといた。」


時間にして数分、六花がブランコを漕ぎ続けていると、息をきらした悠馬がきた。


「悠馬!」

「玄関にいないから驚いた。滅茶苦茶行きそうな場所探したのにいないし」

「、ごめん!待ってても来ないし、ブランコ乗りたい気分だったの。」

「はぁ~疲れた。ん、もう遅くなったし帰ろ」

「.....…」

「どうした?疲れた?ほら」

「…ゆ…悠馬が待たせるのが悪いんじゃん~」


六花はこの時、悠馬が「ん」と手を差し出してきたこと。

自然に会話できていることに安心した。走って探してくれたであろう悠馬にとても安心した。

ずっとこの距離感でいれる。そう思えたから。


夕日が沈むのを見ながら帰路につく。

いつもどおり、くだらない会話もしながら。

小学生のときから続いている手をつなぐことを続けながら。

もうすぐ家に着くという寸前に悠馬は、六花のほうを見ながらつぶやいた。

「そういえば、告白された」

「え」


忘れようと思ったのに掘り返された。

掘り返すもなにも悠馬は六花が最初見ていたことを知らないので、話題を埋めたことも知らない。

暫くの沈黙が続いたあと、「ふふ」と悠馬は笑った。この状況で、笑ったのだ。

六花はそれに驚き目を開いたが悠馬は続ける。

「.....断ったよ」

なんでちょっと笑ったのか謎ではあるが、断ったことに安堵した。

「ふ、ふ~ん。もったいないじゃん。初彼女だったかもなのに」


心と出てくる言葉がちぐはぐなのは六花自身もわかっている。


「そうだな、でも六花と帰る放課後と六花と過ごす休日のほうが好きだなって思ったんだよ」

そういった後にうりゃと六花の両頬をつまむ


「なにするの~~~!.......でも、初彼女を逃した悠馬には......私が隣にいてあげよう」

「うん、そうして」


そう言いながら家につき、悠馬が荷物を置きに家に帰っている間、六花は自身の部屋で枕に頭を埋めながら悶えた。バタバタと足を動かしていると、なれたように入ってきた悠馬に「なにしてるの?」とツッコまれたが何も言えない。


それから悠馬がモテたり、2人の距離感は変わらず、くだらない会話をしたりの日々が続き、六花と悠馬は中学2年生になった。

そんなある日の月曜日の朝、学校に行く準備を終えた六花は悠馬の家に行く。

インターホンを押すといつも悠馬がすぐ出てくるのにそれがない。

暫くして、悠馬のお姉ちゃん、遊里ちゃんが出てきた。


「六花、ごめんね悠馬咳が止まらないみたいで、今日病院つれていくから学校休ませるね」

「わかった!悠馬に放課後ノート届けに来るねっていっておいて!お大事にって」

「うん、ありがとう六花言っておくね」



悠馬は一週間まえより咳が止まらず、今日ついに休むらしい。

六花は風邪をひくことはないが悠馬はよく引くため、度々学校に1人で行くことがあるのだ。

(今日は1人か)

いつも隣にいるひとがいないと寂しい。

とぼとぼ学校に向かい歩いていると悠馬から連絡がきた。

『ごめん六花。ありがとう』

『気にしないで。ゆっくり休んでよくなってね』

そう返し、スマホを鞄にしまった。


学校につき席に着くと、周りが今日は悠馬と一緒じゃなんだ?休み?と次々に聞かれる。

中学1年生の冬から手をつなぐことがなくなったが一緒に登下校することは変わりないので、2人はいつも一緒という認識を受けている。

「悠馬、咳がひどいんだって。だから今日はお休み」

「あ~ずっと咳してたもんな」


悠馬のランドセルを揶揄ってきた斎藤は今では悠馬のことが大好きな悠馬の親友だ。

悠馬と仲良くなりたかったらしい。下手か。


六花は悠馬に比べれば頭はよくないが、ノートをまとめることは得意だし、好きだった。

休み時間も机に向かい、時に友人たちの手を借りながら自身のノートよりわかりやすくクオリティの高いものを作っていく。

すべては放課後渡しに行くため、見やすいよって言ってくれるかな、なんて六花は期待した。


放課後、急いで帰り支度をしていると、クラスメイトの女子や男子がワラワラと近づいてきて、悠馬に返信無理しなくていいって言っといてと伝言やら、お菓子やらを渡され、六花は帰路についた。


そして悠馬の家の前に着くとチャイムを鳴らした。

反応がなく。もう一度。


すると暫くして、後ろから「六花」と母の声がした。

「ママ、悠馬の家誰もいないみたいなんだけど、出かけてるのかな?悠馬、風邪みたいで一人で寝てるのかな!?」


「六花。悠馬君は今お休み中だからとりあえず、家に帰ろっか。」


優しい声でそう言われ、母親と家に入る。

なんで母が悠馬が休んでいることを知っているのか、なぜそんな眉を下げた顔をしているのか六花にはわからない。

なんだか空気が重苦しく、何とも言い出せる雰囲気でもない。

もしかして悠馬に何かあったんだろうか。


リビングに着くと、テレビ前のソファに母が手招きをする。

二人で座って向かい会うと手を握られた。

「あのね、落ち着いて聞いてほしいの。志津ちゃんから直接聞いたんだけどね、悠馬君入院することになったって」

「え?」

志津ちゃんとは悠馬の母親でいつも忙しく仕事をしている、母とも親友と呼べるくらい濃く交流していて、いつも私にも元気よく笑いかけてくれる。そんな人。


「悠馬君、風邪を引いたところ、肺に水が溜まって悪化しちゃって咳がつらかったり息苦しいみたいなの。それでね、市の大きい病院で入院してる。」

「それは、治るの?」

「水を取り除けばね、でもね、もう一個病気が見つかったみたいで、しばらく入院するみたい。志津ちゃんから、六花に伝えてほしいって言ってて」

「病院はどこ?今からいける?」

「今からは無理かな。きっとバタバタしてると思うし。だからね、落ち着いたって連絡が付いたら行こうね」


そう母親は優しい顔で言った。

それから私の反応を見て、悲しそうな表情で抱きしめらた。

ずっと、動機が。

もしかしたら、ずっと、一緒には、いられないのかもしれない。

六花は母の反応をみて、母の腕の中でそう思ってしまった。


週末になり、悠馬から連絡がきた。

『あいたい』


この一言だけでも嬉しかった。

(連絡ができるってことは元気ってことだよね。そうだよね。)

自分に言い聞かせる、この1週間ずっと不安だったのだ。

夜には連絡が来ると思ってたけど来ない、チラチラとスマホを確認する日々だった。だから連絡が来てとても嬉しい。

私は母に病院に連れて行ってもらうことにした。

六花は病院に来る経験があまりなく、真っ白いこの場所はなんとなく苦手。

悠馬のいる小児病棟は限られた人数しか入ることができないため、悠馬の母親、志津が出てくるまで病院のロビーで待っていた。


「六花ちゃん、まどかちゃん、来てもらってごめんね」


志津おばさんの顔は少しやつれており、あまり眠れていないみたいだった。

息子が入院したらそうか。

「急に来ちゃってごめんね、悠馬くんが六花に連絡したって」

「落ち着いたから大丈夫よ。悠馬、六花ちゃんによっぽど会いたかったのね。病室に入れる人数が決まっててね、マスクして六花ちゃんだけで入ってもらっていいかな?」

「いいんですか?」

「うん、主治医の先生にも許可とったし大丈夫よ」


そう言われた六花は病室を教えてもらい、一人で向かった。

悠馬に会える。そのことがひどく嬉しかった。

エレベーターに乗っている最中、1週間も悠馬と離れたことがないことに気づいた。

ようやく会える。


悠馬は1人部屋だった。

病室のまえで深呼吸をすると、ドアに手をかけた。



「悠馬?」

「六花…?」


病室を奥進んでいくと、病院着を見にまとった悠馬が寝てていた。

思わず六花は立ち止まる。

わかっていたが病人なのだ。それを実感してしまった。


するとそんな様子をみた悠馬がふっと笑って上半身を起こし、「こっち」とベッドの隣の椅子を叩いた。

六花はその様子を見て、おずおず…と座る。


「急に入院になって、連絡できなくてごめんな。」

「大丈夫、大変だったと思うし。これね1週間分のノート。と交換日だったからシャーペン。」

「ん、ありがとう。」


会話が進まない。聞かなきゃいけないこと沢山あるのに、何を言い出せばいいかわからない。

悠馬と過ごした人生で初めてのことだった。


「俺はたぶん、しばらく学校にいけない。」


下を向いていたがその言葉に思わず顔をあげる


「しばらくってどのくらい…?」

「わかんない、暫く」


「そっか…。じゃ!来れる日は絶対くる!」

「え」

「悠馬の体調が良くて、私が来れる日!志津おばちゃんに聞いて、来れる日は全部来る」


ガッツポーズで意気込んだ。

「悠馬がいないと、元気が出ない。給食だって美味しくないし、1人で帰ったってつまんないから。」

「六花」


「だから会える日、会いにきていい…?」

悠馬は少し黙った後、小さい声で「いいよ」と答えた。


***

それから半年、六花は1週間に3日程度の頻度で悠馬の病室を訪れている。

今日も志津おばちゃんへの差し入れと悠馬にノートを。


悠馬はあれから院内学級というところに通うことになり、今通っている学校から転校という手続きになった。

最初、六花はその話をきいたときはショックだったけど出席日数を考えたらそうなることに納得するしかなかった。

ノートというのは六花と悠馬で始めた交換日記だった。

会える日が少ないから、少しでも悠馬と繋がっていたかったのだ。


(悠馬、今日は大丈夫かな)


つい5日前訪問した時、途中で悠馬の体調が急変しそのままとなってしまった。

(やっぱり具合よくならないのかな)

治療で悠馬の髪の毛は抜け落ち、六花と会う時は帽子を被っている。

心なしか身体もやせ細っている。

その事実に夜眠れず、母のまどかに泣きついている。

「悠馬君の身体は今とっても頑張っている最中なのよ。六花も信じてあげて」と背中をさすられる日も多い。


悠馬は4人部屋と1人部屋を行ったり来たりしている。

今は4人部屋のため、ノックはせず、右奥のカーテンがしているところまで歩く。

病室のほかの3人は六花にも優しく、なぜか六花が来ると気を利かせてどこかに行くのだ。

「....悠馬?」


カーテンを開け、のぞき込むとスゥスゥと悠馬は眠っていた。

訪室するために会った志津曰く今日は少し強めの薬を投与したらしい。

危ないことは無いと思うけど、何かあったら看護師さん呼んでねと言われている。


いつもの席につき、悠馬の手を握る。

点滴は胸、鎖骨より下の部分からとっているため悠馬の手は自由だ。

「今日ね、斎藤が柄にもなく悠馬に手紙書くって言ってたよ。返事してあげてね。あとね、日記5日分もたまっちゃった。読み応えあるよ、超大作。もうちょっとで冬休みだよ。たくさん来れるから、来てもいいかな。クリスマスとか....」


小さな声で六花は悠馬に話かける。

ただ眠っているだけ、わかっているけど。このままお別れになったらって怖いのだ。

「今日ね、雪降ったんだ。今年全然降らなかったけど今日から降り始めるんだって、覚えてるかな。小2の時悠馬と雪だるま対決して悠馬風邪ひいたの。あの時連れまわしてごめんね。」


あの時もこんな風に悠馬がベッドに眠っていて、六花は悠馬の隣で泣きじゃくりまくったのだ。

今みたいに。


「うっ...ううぅ」

「.......なんで泣いてるの...?」


そう掠れた声とともに六花の頬に伝った涙をぬぐうように六花よりいつの間にか大きくなっていた、少しかさついている手が頬を触る。


「ふ、冬だから、それに悠馬が起きないからじゃん」

「そうだった、六花は冬になると感傷的になるんだった。」

「笑わないで!」

「.....帰りにココア買って帰りなよ。」


クスクスと悠馬が笑う、それでも六花の涙は止まらない。

そうだ、いつもは転んでも泣かない、揶揄われても泣かないけど、冬の六花は泣き虫で泣くたびに悠馬はココアを淹れてくれるのだ。


「悠馬が入れるココアがいい」

「ん~今は難しいな」

「買ってくるからコップに注いでくれる?」

「それでいいの?」

「悠馬が淹れてくれることが重要」

「それは俺が淹れたことになるのか」

「...ならない」

「だよな」


「あ、雪」

そう悠馬がつぶやく。

「そうだよ、雪降ったの。今年はこれから降るんだって」


「そういえば、年末だけ一時退院できるって」

「え!?本当!?」

「2泊だけだけど。」

「会いに行ってもいい?」

「うん、きて」


その日はたわいのない会話で解散した。

そして12月31日、退院日が来た。


「六花、そわそわしすぎてうざいぞ!」

六花よりも3つ下の弟・睦に怒られた。

「ごめん、でも悠馬が一時帰宅するのうれしくて」

「それは俺もうれしいけどさ~」

小学校五年生の睦はよく私と悠馬と遊んでいたため悠馬のことをお兄ちゃんと慕っている。

度々、「六花じゃなくて悠馬にぃがうちの子だったらいいのに」と言ってくるので、少しムカついている。

いいじゃん姉でも。


リビングから隣の家に車が付くのを今か今かと待ち、到着すると同時に、

六花と睦は外にでた。


「「一時退院おめでとう」」

そういって音のみのクラッカーを鳴らす。

車からでてきた悠馬も志津も目を開いて驚いている。

遊里は六花と睦が行うことを事前に知っていたため、肩を震わせて笑っている。


「あ、ありがとう?」


その悠馬の困惑した顔を見て、志津も「盛大に迎えられてよかったわね」と笑った。

「寒いから早く中入って、六花と睦も!」

そういった遊里の後に続き、「は~い」と六花と睦はお邪魔する。


それから、一緒にテレビゲームをしたり、お昼ご飯を食べたりと有意義な時間を過ごした。

大晦日なので、長くは一緒にはいられなかったが、久しぶりに悠馬と家で過ごせて楽しかった。


次の日、六花は悠馬の部屋にいた。

ほかのみんなは買い出しに行くと出かけたが、悠馬は治療のせいで人込みには行けず、六花も悠馬といたいと残った。

「悠馬しんどくない?」

「大丈夫、ちょっと待ってて」


そういって悠馬は部屋から出て行った。

暫くするとトレーに湯気が立ったコップを二つ持っている悠馬が戻ってきた。


「これ、前ココア淹れるって約束したから」

「覚えててくれたの」

「六花とのことだったら忘れないよ」

「へへ、うれしいや」

「何その笑い方」


病人に何をさせているんだという話なのだが、悠馬からカップを受け取り、一口飲む。

求めていた味だった。

六花は悠馬のベッドを背もたれにしており、悠馬も六花の隣に座った。


「ねぇ、悠馬。今年もよろしくお願いします。」

「今更?こちらこそよろしく」

「そういえば、斎藤からの手紙なんて書いてあった?」

「好きな子ができたんだと、ごめんて、応援してくれって内容だった」

「ごめん?好きな子?」

「元気で、よくから回ってて、明るい子なんだって」

「...誰だ...?」

「...ほんと、誰なんだろうな。」


六花がその言葉に悩んでいると、眉間をとんっと押された。

「ちょ!こぼしたらどうするの!?」

「六花は気にしなくていいよ。そのままでいて」


六花は何か言おうと思ったが複雑な顔をしている悠馬をみて何も言えなくなった。

暫くちびちびとココアを飲む。


肩にお互いが触れるか触れないかの距離感。

いつもの距離感だが、最近はベッドと椅子の距離感だったから久しぶりだ。

ココアを飲み終え、机にカップを置いたときには時計は15時を指していた。

(悠馬と一緒にいると時間が経つのはやいな)

もっと一緒にいたい。

だけど時間はそれを許してくれない。


(悠馬が帰っちゃう)

そう思い、もっと話そうと口を開こうとした矢先、肩に重みがかかった。

「悠馬?」

隣からは反応がなく息のおとだけ。

悠馬は眠ってしまったのか。


(薬が強くてウトウトしちゃうって言ってたな。)


六花はそう思い。悠馬の肩をそっとつかむと、自分のほうに引き寄せ、悠馬の頭を自身の足の上に乗せ膝枕をした。

(昔、なんで膝の上じゃないのに膝枕なの?って悠馬に聞いて困らせたことあったな)

そういえば、そういえばと思い出すのはすべて悠馬のことだった。

それからどれくらい時間が経っただろう。

ふと、違和感を感じ、六花は目を覚ました。

「...」

「、悠馬?」

「もう17時だよ、そろそろみんな帰ってくる。」

悠馬に膝枕をして六花も眠ってしまったのだろう。

悠馬は寝ぼけているであろう六花をふっと見つめ、頭をなでた。


「ん、ゆうま」

「どうした?」


いうべきではない。そうわかっている。

でも


「好きだよ。ずっと一緒にいたい、そういう好き。」


優しく惚けた顔をした悠馬をみて言わずにはいられなかった。

六花は悠馬が好きだ。

きっと告白を聞いたあの時から、この気持ちに名前をつけるならきっとそれは恋だった。

ずっと一緒にいたいという気持ちが恋なのだとしたら、すとん。と納得できる。


暫くの沈黙が続く。

(最近黙ってばっかりだ、私たち。)

その事実がおかしくて口角が少し上がる。

そして、泣きそうな顔の悠馬を六花は見つめた。


「...ごめん」

「うん」

「ごめん、六花。...その気持ちには、...答えられない」

「うん」


それから小さい声で、デートにも行けないし、一緒に登校だってできないしとぽろぽろ言う悠馬に、六花はうん、うんと相槌をうつ。


「わかってる、わかってるよ。悠馬のことなんてお見通しなんだから」

六花は泣きそうになりながらもそう笑う。

六花のことを想ってくれていることを六花は知っている。

自身の身体のことが原因で素直になれないこともわかっている。

お互い涙を流しながら手を握り合い、ごめんと相槌を繰り返す。

先に違う言葉をはいたのは六花だった。


「ね、悠馬。幼馴染として、また病院に会いに行っていい?」

「...無理しなくていい」

その言葉に六花は首を横に振る。

「無理じゃないよ。無理なんかじゃない...今日はもう帰るね。また気持ち落ち着いたら行く日、連絡するね」


そういうと、六花は悠馬の部屋を出て行った。


****


悠馬は次の日の朝、いつもより早く起きた。帰るからその支度の為だ。

いつも早起きの六花からある「おはよう」の連絡もない。

(俺もすきだよって言えたらどれだけよかっただろう)


荷物を積めながらそう思わずにはいられなかった。

振っておいて今更、こんなこと思うのはよくないのだが、悠馬はすでに六花に会いたかった。

会って、抱きしめて、好きだって言いたかった。

でも、髪も抜け、痩せ、いつ治るかわからない自身の為に六花の青春を犠牲にしたくなかった。

違う。

六花はどんどん綺麗に可愛くなっていくのに、悪いほうに変わっていく自身がいつか六花に愛想をつかされそうで、怖くて逃げたのだ。


自分自身から、六花から。


一時退院だったため、これからはベッドの生活に逆戻りだ。

六花は見送りには来なかった。

そのことが酷く寂しい。一緒にいた家族も六花が来なかった事実に戸惑っている様子だった。

悠馬はその様子をみて下を向き、「なんでもない」と車に乗った。


いつもの4人部屋に行く前に、先生から話があった。

先生からはよくなっていると言われたが本当にそうだろうか。

肺手前、心臓付近にできた腫瘍。よくなった気配がしない。


味の少ないご飯を食し、ベットに横たわる。

病院に戻ってからはなんの気力もなくそれの繰り返しだった。

母の志津からは「六花ちゃんがいないと本当に元気でないのね、早く仲直りしなさいね」と喧嘩をしたと思われている。

それもそうだ。あの日志津たちが帰ってきたら、泣きはらしたであろう息子のそばに六花がいないのだ。

誰だってそう思う。


六花と連絡しなくなって2週間経ったとき、六花から「今日、行くね」と連絡があった。

その連絡に安堵した。

悠馬は後悔していた。あの時の告白を受け入れていたら、今悠馬が一人で過ごしているこの時間も六花と一緒にいれたのだろうか。

「悠馬」と可愛らしい声で呼んでくれたのだろうか。

関係が壊れることを恐れてしまった、自身を悠馬は少し恨んだ。


そういえば以前、悠馬が連絡できなかったとき、ずっと不安だった。連絡が来たときはめちゃくちゃ安心したんだからね!と六花が吐露していた。

こんな気持ちだったんだろうな。

状況が違うけど。


「わかった、待ってる」と連絡を返したのだが、その日それ以上、六花からの連絡はなかった。


*****

時間は17時を指している。

いつもだったら、16時45分あたりに六花が来るのだが15分経った今も来ていない。


悠馬は、免疫力が治療の為に下がってしまい、4人部屋から1人部屋に移動している。

(間違えて4人部屋に行ってるのか?)

そう思ったが、悠馬は部屋から出ないようにと言われているので4人部屋に六花が行っていても迎えに行くことができない。

その事実が悠馬には歯がゆかった。


何度連絡しても、既読が付くことはない。

来るのが嫌に、なったのだろうか。

もう悠馬には会いたくないのだろうか。

もう時刻は18時半、夕食の時間を指していた。


すると突然、ドアが開く。

「六花っ?」


思いのほか大きな声が出たのだが、そこに立っていたのは母・志津だった。


母は六花のことを伝えにきた。


「ゆうまっ、六花ちゃんね、帰り道、通り魔に刺されたみたいで、今、ここの病院で手術してるって。」


息が止まるかと思った。

いっそのこと止まってくれって。


「え?」

「これからここに来る途中だったみたいで、大通りで複数人刺されてて、その中に六花ちゃんが」


志津は涙を流しながら、話す。

だけど途中から悠馬には聞こえていない。

(六花が刺されて...手術...?)

「大丈夫なの...?」

「六花ちゃん次第よ」


それから、悠馬は食べる気力もなく、寝る気力もなく過ごしている。

六花は無事手術は終えたが、いつ急変してもおかしくない状況でずっと集中治療室で眠り続けている。らしい。

悠馬は、眠れず、食べれずのせいか免疫力が回復せず、部屋から出られない生活が続いていた。

(六花のところに行きたいのに、せめて遠くからでも確認したいのに。それができない)


自身でもどうしようもないのだ。

食べているつもりでも、食べられておらず、寝ている間に六花がと思うと眠れない。

憔悴していた。

家族からは六花も頑張っているのに悠馬も死にかけてどうすると言われている。


窓から外でも見て気分転換をしようとベッドから足を下すと、窓も戸も開いていないのにふっと風が吹いた。

気がした。


「え?」


風が吹いたほうを悠馬が確認をすると、そこには、集中治療室で生死をさまよっているはずの

----六花がいた。


悠馬は目を開き、固まっている。

その様子が面白いのか、ふっと六花が笑った。


「...あのね、あの日、来れなくてごめんね」


そう、六花は静かな声で呟く。

その声を聴いて、悠馬はベッドから立ち上がり、六花の前まで歩く。

六花の目の前まで来て、六花へ手を伸ばしたのだが、触ることができなかった。


その事実に悠馬は思わず顔をゆがませた。


「えへへ、触れないの。...何度もね、身体に戻ろうとしたんだよ。でもね、きょ、拒否られてる。ど、どんなに頑張っても戻れないの」


きっと言葉にしたら、実感してしまったのだ。

六花の眼からは止めどなくあふれ出していた。


「りっか」

「だ、だからね、会いに来た。会いに来ちゃった。」


そして六花は、悠馬の手に触れる。

触れれてはいないのだが、六花の動作に合わせて悠馬も手を動かしたため、悠馬の手に六花の手が乗っている。

「本当はね、戻ろうって頑張ったの。1日、2日どれだけ頑張っても無理でさ、諦めちゃえ~って色々なところ行った。それでね、時間ですって最後にね、あ!本当に連れてってくれる人いるんだよ!、最期にね会いたい人いませんか?って言われて、真っ先に答えちゃった。」


その言葉は六花がもう、ここここ(現世)には戻ってはこないとそう言っていた。


「六花」と小さい声で悠馬は名前を呼ぶ。それでも六花は止まらず、

「だから、最期に会い」

「六花!」


ついに悠馬は強い声で呼んでしまった。

名前を呼ばれたことに驚いた様子もなく、六花はなぁに。とほほ笑んだ。

悠馬は六花から手を放し、今度は肩に触れた。


「最期なんて言わないで。俺、六花と会わなくなってずっと後悔してた。六花の告白を断ったこと。幼馴染のままなら、ずっと一緒に入れるってそう思ったんだ。俺はいつ死ぬかわかんないから、そう思ったんだ。でも違った。ずっとなんてなかった。」

「うん」

「なぁ。六花、俺も。.......俺も連れて行って」


六花はその言葉を聞き、その大きな目を目いっぱい広げた後、左右に目をうろうろさせ、ふるふると首を横に振った。


「だ、だめ」

「なんで?」


六花は目の前で手を組み、体にぐっと力を入れた後、息を吐いた。

「...この、幽体?みたいになってわかったことがある。ゆっ.......は長生きするよ。病気治るよ。だから、だめ、きっと高校生になって、可愛いことであって、恋して、な、長生きするよ。」


「六花のいない世界で、?六花はそれを望んでる?」


六花は引き下がれないと悠馬を涙をたくさん溜めた目で見つめる。

「....うん、私はもう。私じゃ、っ...幸せにできない」

掠れたような声で、


「、幸せになって」


何だそれはと悠馬は思った。

何だそれは、まるで、まるで死にゆく人が言うみたいな。


この14年間ずっと一緒にいる。

六花はの表情は表情が豊かでいつも笑顔だ。あいつが、斎藤が六花を好きになるのだってわかるだってかわいいのだ。

それでも初めてみる顔だった。

眉を下げ、涙を流している。悠馬はこんな六花は知らない。

「悠馬と一緒にいる」と笑顔でほほ笑む、そんな六花しか知らなかった。


「やだ、六花がいないなら一生幸せになってやんない」

「ゆ、「だから、幸せにしてよ」

「幸せにしてよ、六花。」


拙い、それはあまりにも拙いプロポーズだった。

暗い病室で2人分の涙の音だけが響いていた。

先に口を開いたのは悠馬だった。


「ずっと一緒にいられるんでしょ?、いてくれるんでしょ?」


「名前、呼んだら、本当に連れて言っちゃう。なんとなくだけど、わかる。」

「うん、だから名前呼んで、ずっと一緒にいよう?」


「好きだよ、六花。大好き」


それは六花が求めていた返事だった。

(心の整理がつかないんだろう)

そうわかるくらい六花は戸惑った表情をしている、

六花は幽体、悠馬は病人、なんて格好のつかない告白だろう。


悠馬は六花に触れるだけのキスをした。

感覚はお互いない、触れるようなキスをした。


「ずるい」とまた涙を流し、

「私がいない世界で、幸せになったら呪うと思う。だから」


「うん、呼んで、六花」


「------」



「私ね、ほかの人なら、最後に会っても名前呼ばない気がする!」

ランドセルの肩ベルトを触りながら、六花はつぶやく。


「でもね、でも悠馬はダメ、ずっと一緒にいたい。だから、私が幽霊になったら。悠馬の名前呼ぶね」

その言葉を聞いて悠馬は少し顔を赤めた。

「…道連れにしないでくれ、でも俺も六花の名前は呼ぶ気がする。」


そういうと悠馬はそっぽを向いた。

その様子に六花は「同じ気持ちだ~~~」と笑った。










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