3分だけ過去に戻れるようになった
僕はある日突然過去に戻れるようになった。
但し、たったの3分だけだ。初めは頭がおかしくなっただけかと思った。なんせクラスメイトが全く同じ話を何度もしているのだから。
友達にその話はさっきも聞いたと言っても、初めて言ったと返される。ふとした時に何度もあれば流石に気づいた。僕だけが時間を戻っているのだと。ふとした時にも戻っているし、僕が戻したいと思った時も少しだけ戻せた。授業中に時計を眺めていて戻る時間が分かった。
たったの3分だ。
こんなに短ければ使い道なんてほとんどない。
強いていえばカップ麺の粉末スープを入れ忘れた時に便利かどうかくらいだ。
僕が戻さなくても偶に戻るから1日がとても長い。
そんな長く退屈な日々。放課後、僕は帰ろうと廊下を歩いていると、前からやって来たあの子が美術室へと入っていく。いつも何となく目で追っしまう綺麗な彼女。一度帰った筈だったから、忘れ物でもしたのかもしれない。
僕は入り口を通り過ぎようとして違和感に気づいた。
開けっぱなしの扉。
立ちすくむあの子。目線の先にはあの子の彼氏。そして彼と体を密着させる女の子が体を強張らせていた。
あの子の涙を見て思わず3分だけ戻してしまった。
3分だけ戻しても殆ど何も変えられない事は知っている。たかが少し先延ばしにするだけなのに。これが良い事なのかも分からない。
固まる頭に反して状況は進む。階段を上がり、あの子が美術室へと向かってきた。
僕は駆け足で彼女の目の前に立った。彼女は突然やって来た僕に驚き、戸惑う。それもそうだ。ろくに話した事なんて無いのだから。名前だって覚えていないに違いない。
「同じクラスの……?」
「忘れ物したの?」
「? うん、美術室に宿題を忘れちゃって」
「あ、いや、えーっと。さっきまで先生が美術室でタバコ吸ってたから、明日の朝に取りに行った方が良いよ」
「すぐ取るだけだからタバコくらい大丈——」
男女の響く声が美術室から聞こえた。扉を閉じていても廊下に漏れ出る声。彼女は何の声かと言葉を止めて美術室に目を向ける。
美術室の窓を開けようとする彼女の手を取って制止する。僕の慌てぶりに彼女は驚き、困ったようにくすりと笑った。
「やっぱりタバコは嫌だから諦めようかな」
「……その方が良いよ」
中に居る人物が誰なのか気づいたのだろうか。彼女は口をぎゅっと固く閉じた後、静かに息を吐く。
「代わりに宿題見せてよ」
「えっ?」
「まだ出来ていないの。この後は空いてる?」
カフェでもどう?
そう言って彼女は僕の名を呼んだ。