4話 エクリア探偵事務所
横顔だけではなく正面を向いた顔もとんでもなく美しい。
通った鼻筋とパッチリと開かれた大きな瞳、薄赤く色づいた唇達の黄金配置は何処ぞの舞台女優や王族遊女のそれよりも遥かに超えていると思う。
「フィリーちーん? まずは挨拶でしょ〜?」
「あ、これは失礼しちゃったねー。ごめんごめんお姉さん早とちりしたよー」
すると注文の品をファインさんがテーブルへと運んできた。
「フィリー様。どうぞ冷めないうちに……」
湯気を上げる黒い液体は貧乏人の僕でも理解できるような芳醇な香りと妙な甘ったるい香りを部屋中に放つ。
その時、あの痛みが頭を襲う。
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床にバラバラと散らばった陶器の残骸、そして赤色の絨毯を薄黒く染めるコーヒーのシミ。
「アッッッツーーーい! ああ私の愛読本がぁぁ! ノルディア産の高級ティーカップがぁぁ!」
「――も、申し訳ございません!! 今拭くものを!」
「あらやだ! ファインケガはない〜?」
「いやいや! まずはオーナーである私の心配でしょ!」
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恐ろしく近い未来の欠片、僕はルールに則り未来へ干渉する。
「ファ、ファインさん! このティーカップはノルディア産の物ですか? 僕陶器に目がなくて少し見せていただいてもよろしいですか?」
「? 構いませんが……」
微塵たりとも興味が無い陶器を眺める。
そして受け皿にしっかり乗り切っていないカップの位置を修正した。
「はい。ありがとうございます」
今度は何事もなく着地に成功した高級ティーカップ。
「ありがとファイン嬢―。あ、これ砂糖入れてくれたー?」
「はい。いつも通り砂糖半分・コーヒー半分の黄金配合でございます。それと眼鏡をどうぞ」
砂糖半分とコーヒー半分……!?
そんな怪液を美女は美味しそうに啜ると丸眼鏡をかけながら自己紹介する。
「私はフィリー。『エクリア探偵事務所』のオーナー兼代表! 君は陶器が好きなのかい?」
「――はい」
「いいね。それで? 君は依頼者なの?」
「いえ、ただ子に二人に連れてこられただけです」
フィリーと名乗る女性はボサボサの白髪をポリポリと2回掻きながら二人の探偵を見つめる。
「あれ? そうだよ! ファイン嬢とデビスは今日大事な大事な捕獲日じゃなかったー? なんで居るの?」
フィリーさんは不思議そうにコクンと横に首を倒す。
「それがあの作戦は失敗しちゃったのよぉ〜。あ! あと金鶴って話は姫をテーブルに連れてくるためのオカマリアンジョークよ〜? 完成度高かったぁ〜?」
筋肉男の言葉を聞いた瞬間。
僕たちと空の1秒を共有した後、探偵を名乗る女性はそのまま頭を落下させテーブルに打ち付ける。
「――え……ちょっと待ってデビス……それじゃあ誘拐事件の解決報酬は……?」
フィリーさんは先ほど同様細い声で尋ねる。
「無しよ♡ これでまた貧乏探偵事務所に逆戻りってところかしら〜? どうする? もういっそ3人でガールズ酒場でもやる〜?」
「嘘でしょ……それにガールは二人しか居ないでしょ……」
「――あらアタフィの聞き間違いかしら? もういっぺん言ってみなさ〜い?」
テーブルに頭を擦り付けたままフィリーさんは無気力に答える。
「だからー。ファイン嬢と私しかガール居ないってばー」
バンッッ!!!
と大きな音が部屋中に響く。
「てめぇこのポンコツ探偵が! アタフィの美貌にクラクラしてるボーイがどんだけいるか知らねーのか!? あとアタフィの事はデビスじゃなくてデニファーと呼べ!!」
真っ白く化粧したオジサンは赤いワンピースの下に潜む筋肉を限界まで浮き出しながら発狂する。
「はいはーい。デビファーちゃんはかわいいよー」
「うん♡ 分かればいいの〜。ボーイもそんな目で見られたらお姉さん照れちゃうぞい♡?」
僕は凍りついた表情筋をなんとかコントロールし、苦笑いに徹する。
「お、お姉さんがお綺麗だったので……」
「でー……このキュートな男の子はなんだーい……? 任務は失敗したのにナンパは成功させたってのー……?」
「んー? そうだったら最高だけどこのボーイにはちょっと聞かないといけないことがあるのよぉ〜。ファイン! このお姫様に説明してあげてちょうだーい」
「うん!」
すると白銀の美女はやっと体を起こす。
ブロンズの女の子は満面の笑みで答えるとすぐさま顰めっ面になった。
「今回、我々『エクリア』は連続誘拐犯調査を進めてまいりました。なかなか容疑者の実行証拠が集められず苦労致しましたが、フィリー様の推理で犯行現場並びに犯行時刻が推測できました」
「うんうん」
「そして本日、容疑者の犯行を確認後、憲兵警団と共に容疑者を捕獲する予定でした」
「え……?」
待ってくれ。
捕獲する予定?