2話 未来への介入
今覗いたわずか10秒ほどの映像は、このままだとやがてこの世に生まれ落ちる未来の断片。
確かに最近この辺りで少女を狙った誘拐が多発しているって新聞で見た気がする。
少女を売買する奴隷商が幅を利かせているとかなんとか。
そして僕は己が定めたルールに則り、河川敷の周辺を見渡す。
「じゅーろーく、じゅーなーな――」
男の子の証言が正しければ……。
その時、女の子が隠れた草むらに近づく黒いコートを羽織った男性の姿があった。
「仕方ないか……」
自慢では無いが、僕は武術の心得や捕縛魔法はおろか体術・魔術の才が一切無いポンコツ男子。
犯罪未遂の男性に殴られでもしたら一発でアウト。そのまま病院に直行しなければならない。
しかしあんな未来を見てしまっては否が応でも体が動く。
「あ、あのぉー。そこの黒いコートを着たお兄さん」
突然のカウンター攻撃を警戒しながら恐る恐る声をかける。
まぁ攻撃されたら反応出来るはずもないけど……。
「なんだぁお前?」
不機嫌そうに答える誘拐未遂の男。
伸びきった無精髭と何日も洗濯していないであろうコートからツンと刺激臭が漂う。
そして首元には『ヴァクリシュ』を象った花の烙印がチラリと覗いていた。
「あの……よろしければこれを……」
僕はなけなしのファンブル銅貨3枚を差し出す。
「な……」
案の定ポカン口を開けた未遂犯は目を丸くしたままこちらを不思議そうに見つめる。
「な、なんだお前! いきなり金渡すとか頭おかしいのか……?」
正直なところ僕だってクビになった当日にこんな事したくないさ。
でもこの解決策しか思い浮かばないのだから仕方がない。
「へ、変なこと言ってますよね……。でももしお金に困っているのであれば使っていただきたいなと思いまして……おそらく葡萄酒5杯程度は飲めるはずです」
オドオドと目を合わせず「いきなり銅貨を手渡す」という突拍子もない提案をした僕をまだ警戒している様子の男性。
「はっ! 俺が『ヴァクリシュ』だからって馬鹿にしてんのか? お前だってそんなに金が潤ってるようには見えねーんだが?」
図星ではあるがアナタには言われたくない。
「お恥ずかしいですがその通りです……。しかしこのお金は今の僕が持っているよりもアナタが持っている方が幾分かマシだと思います。人を傷つける前にこれを受け取ってはくれませんか?」
「そして……アナタの犯行は既にバレています。今回は黙っておきますのでこれからは真っ当に生きてください」
「――! お前本当になんなんだ……」
男性は疑いと不可解さを抱きながらも銅貨を受け取りそそくさとこの場から去っていった。
そして僕は走り去る男性の後ろ姿に呟く。
「今日の晩御飯代が……」
「――ぜーろ!!」
呆然と立ち尽くしていると男の子はカウントダウンを終え辺りを走り回る。
「あれー……? あ、セリアみーつけた!」
「えー! ここならバレないと思ったのにー!」
おさげ髪の女の子は悔しそうに草むらから出てくる。
「良かった……未来の欠片は消えてる」
ほっと胸をなで下ろしたその時、後ろから聞き覚えのある幼な声が聞こえてきた。
「そこの藍色のセーターを着た男性のお方? 少しお話しさせてもらえないでしょうか?」
振り返るとそこには未来の欠片で見たブロンドの女の子の姿があった。
未来の欠片の映像は不確定な未来だけあって画質はそれほど良いとは言えない。
だからこの子の顔もハッキリ見えたのは今が初めてだった。
小さいながらも凛と気品溢れる風格と整った顔立ちは貴族の雰囲気そのものであった。
そして何と言っても僕に向けられた赤眼の瞳達が威圧感を増長させている。
「はい。どうなさいましたか?」
「――アナタ……犯罪者のお仲間ですか?」
いきなりのトンデモ発言に思わず目を見開く。
「は、はい? 僕はただのバイ……。いやただの職探し中の人間です……」
この時自分が無職であることに改めて気付かされる。
しかし、僅かばかりのプライドからか無職という言葉を口にするのだけは避けたかった。
「先程の黒いコートを着た男性は我々『エクリア』が連続誘拐犯としてマークしていた対象です。その対象に自ら話しかけ金銭を渡す。これを仲間と言わずして何と呼称致しましょうか?」
鋭い赤瞳で疑うように見上げてくる女の子。
「いやあれはお金に困っていた男性に恵んだまでというか――」
「ご冗談を。失礼を承知で言わせて頂きますが、貴方様はご自分の生活を保つだけでも必死であるように見受けられます。現にお金を差し出すときに財布の中身は空でした」
そんな細かくどこから見ていたんだろうと怖くなる気持ちと探偵の仕事ぶりに感動する気持ちが入り混じる。
さてどうしたものか……。
「現行犯の証拠を掴めないままでは所長様に最良の報告が出来ません。そのため今から私と共に憲兵警団まで同行願います」
憲兵警団!?
だめだ! 虚偽であってももし僕が連行された事実が知れ渡れば叔母様に迷惑がかかる……。
「それは……出来ません」
「なぜですか? 自らの行いに疾しい事がなければ良い事です」
女の子の語気が静かに強まっていくのを感じる。
が、しかし僕は逆転の一手を放つ。
「――あなた方探偵は捕縛権及び逮捕権を一切持ち合わせていないんじゃないですか?」
「貴方……なぜそれを? やはり裏の組織と繋がりがあるのですか?」
苛立つ様子の女の子の視線が更に鋭利さを増していく。
「やはり怪しいですね。白状しなさい。なぜあの男性に金銭を渡したのかを……!」
「こ〜らファイン〜? こんな可愛いボーイを虐めちゃダメだぞ〜? 虐めるくらいならイジりなさい! あそこを! って何言わすのよ〜も〜やだ〜。ね? 可愛いボーイ?」
僕の視界に飛び込んできたのは真っ赤なワンピースに身を包んだ熊のような男性。