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1話 未来の欠片

 誰もいない静まり返った昼下がりの図書室にはカーテンを貫通した光が燦々と降り注いでいた。


 そんな光をうまく避けながらテーブルに座る一人の少年。


 ボサボサに伸びた鬱陶しい前髪と5年前セールで購入したサイズ感がチグハグなセーターが一層この人物の貧相さを増長させている。


 バイトの休憩時間だけで読むとは思えないほどの量積み上げられた大量の哲学書。


 これこそが密かなる僕の幸せだった。


「はぁ……やっぱり『セルベート』の不確定論はいつ読んでも素晴らしいなぁ……」


 そろそろ休憩が終わる時間だろうか? 

 無心で文字を眺めていたからそろそろ腰と背中が痛くなってきた。


 視線をカーテンの先に移した瞬間、またあの頭痛が僕を襲い映像が流れ込む。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 夕暮れの中庭に二人の男性の姿。

 庭師のレイズさんとカッツさんだろうか? 脚立に足を乗せながら何やら作業をしている。


「おーい。枝切り取ってくれー」


「ほらよー。あれっ届かねーな……」


「もうすこし……あ、あぁあぁー!!」


 次の瞬間、脚立の上で作業していたカッツさんはバランスを崩し2メートルほど自由落下し、それを見たレイズさんはゲラゲラと笑っている。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『未来の欠片』はここで途切れた。

 僕は脳内に流れ込んだ映像をかき消すように首を振る。


「ふぅ……。とりあえず今日はあっちを向かないでおこう」


僕は物心ついた時から今のように頭痛と共に未来の映像が流れ込んでくる事がある特異体質だった。


未来が見えると言えば聞こえは良いかもしれないが、それが良いものでも無い。

むしろこんな能力今にでも丸めてゴミ箱にブン投げてやりたいくらいだ。


なぜかと言うと見える未来は『他人の不幸のみ』というなんとも嬉しく無い特性を持っているから。


一概に不幸と言っても今みたいに笑えるような軽い不幸から人が死んでしまうような重たすぎる不幸までけど、僕が見通せる未来はこの全て。それが全く意図しないタイミングでランダムに襲いかかってくる。


他にもデメリットをあげればキリがないが逆に良い点を数える場合は片手で事足りる。


 すると、ふと横から視線を感じた。


「ウェリア君ちょっといいかしら?」


「はい……司書官様がどうしてここに?」


 教皇立図書館の司書官様が僕みたいなバイトに何かようがあるとも思えないけど……。


「今日までご苦労様でした。明日からは別のお仕事を頑張ってください」


「え?」


「分かりづらかったかしら? 今日でアナタはクビってことよ」


 赤縁のメガネをクイっと上げながら淡々と解雇通告を告げる司書様。


「な、なぜでしょう……?」


「そうね。同僚達からの要望とだけ言っておくわ」


「皆さんがどうしてです……?」


 不思議そうに尋ねる僕に司書官様はため息を吐く。


「ふぅ……アナタの行動が気持ち悪いらしいのよ。18歳にもなって挨拶も小さい、利用者から本棚を尋ねられてもろくに目も合わせれずにあたふたする。そして――」


 的確な指摘に反論の余地がない。


「すみません」


 司書官様は更に言葉を続ける。


「アナタ……時折さっきみたいな謎の行動を取るでしょ?」


「――首を振る仕草でしょうか……?」


 司書官様は小さく頷いた。


「そう、突拍子も無くいきなり首を振り出したり一人になると自分の顔をビンタしてたりするアナタを皆怖がっているの。それじゃロッカーは今日までに片付けておいて」


 そう言い残し司書官様はツカツカと出ていってしまった。


 そうしてこの日、僕ウェリア・アルバレスは職を失ったのだった。



 綺麗に整備されまっすぐ伸びるレンガ道。

 ゆっくり優雅に通り過ぎる馬車から覗く貴族の笑い顔。


「いいなぁ。貴族の人たちは失業しないもんなぁ」


 そのまま歩き続けた僕は、夕焼けを眩しく反射した河川敷に腰掛ける。


「――はぁ……これからどうしよう」


 雑草を一枚一枚引き剥ながら悩んでいると、目の前から元気な二人の子供の声が聞こえてきた。


「じゃあ今度はお兄ちゃんが鬼だよ!」


「セリアかくれるの下手だからなー。すぐ見つけてやるぜー!」


 ああ。いいなぁ子供は働かなくていいから。


 河川敷で缶蹴りをするだけで3食宿付き洗濯掃除をする義務がない彼らが羨ましいよ……。


「にじゅー、じゅーきゅー」


 男の子の無邪気なカウントが始まると、おさげ髪の女の子は草むらに隠れる。


 そんな微笑ましい光景を眺めていると、またあの痛みと共に『未来の欠片』が流れ込む。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「それで!? その人はどこに行ったの!?」


 陽が落ちた河川敷で泣きじゃくる小さい男の子と、声を荒立てる母親と思しき中年女性。


 そしてその二人から少し離れた場所に小さな人物が一人。

 ブロンドの長い髪、高級シルクで紡がれた白いワンピースに身を包んだ女の子の後ろ姿からはどこか気品を感じる。


「うぅっ……分かんない……目を開けたらセリアを抱えて走っていってたんだもん」


 泣きじゃくる男の子は必死に母親らしき人物に説明している。

 そこにブロンドの女の子が割って入る。


「それでは黒いコートの犯人についての情報は提供しましたので私はそろそろ失礼します。報酬は追って請求させていただきますのでご理解を」


 子供が誘拐されたというのに我関せずという態度の女の子は、そのままこの場を去ろうと歩き出す。


「あんた……目の前で子供が誘拐されたんだろ!? なんですぐ追わなかったんだい!? 今頃あの子は死んでるかもしれないんだよ!? あんたそれでも探偵かい!?」


 すると女の子は後ろを振り返り、怒りの剣幕で叫ぶ女性をあしらうように呟く。


「今アナタが仰った通り私は探偵。捕縛権及び逮捕権は一切持ち合わせておりません。ただ『ターゲットが誘拐を行った』という事実を記録して依頼主に報告するのみです」


 この子が発する無機質で正気のない幼な声はどこか恐ろしさも感じる。

 次の瞬間、母親の強烈な平手打ちが女の子の白く透明な頬を打ちつけた。


「――この……金に眩んだ人殺し共……!」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そして『未来の欠片』は途切れた。


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