6.教会の窮状
村の教会へとやってくると、辺りはすっかり荒れはじめていた。恐らく、手入れができる者がいないのだろう。
案内してくれた村長も、険しい表情のまま言った。
「ここは今、病に倒れた者を隔離するのに使っています。私が案内できるのはここまでです」
「わかりました。ありがとうございます」
村長が立ち去るとメイプルと目が合った。
誰も見ていないのだから、変身を解いたところで驚かれることもない。
「頼む」
「はい」
そう返事をすると彼女は目をつぶった。
まもなく身体が光に包まれて、彼女の影が人のシルエットから、ユニコーンのシルエットへと変わっていき、光が消えた時にはユニコーンが立っていた。
「行きましょう」
ドアをゆっくりと開くと、中からはうめき声や何かを吐き出す声、泣き声や咳き込む音が聞こえてた。
どうやら、小生が思っている以上のことが起こっているようだ。
「……病人の数、おおよそ30名。彼らとは別に、既に亡くなっている方が10名ほどいらっしゃいます」
「神父さんは無事か?」
メイプルセイバーが角を光らせると、神父は柱を背に座ったまま、全身から汗を流していた。
「神父さん!」
「入ってきてはダメだ……感染ってしまう!」
「大丈夫です! 小生にはユニコーンがついていますから!」
ユニコーンという言葉を聞いて、教会の空気は一気に変わった。絶望的で重々しい雰囲気から、助かる見込みが出てきたという、とても大きな変化だ。
「ほ、本当だ……ユニコーンだ!」
「そばにいるだけで、肺が軽くなる……」
「た、頼む……早く治療してくれ」
メイプルセイバーは、すぐに小生を見た。
「オーラを分けてください」
「わかった」
彼女の肩に触れると、メイプルの角がまばゆい光を放った。その治癒能力の効果は高く、部屋の隅にいた病人でさえも、天国の空気を吸っているかのような表情をしている。
1分ほどすると、伏せていた村人たちは床から起き上がるまでに回復し、中には立ち上がれる人もいたほどだ。
「凄いな……こんなに楽になるなんて……」
「何だか、腹が減ったよ」
「俺は喉が乾いた」
メイプルセイバーも、安心した様子で言った。
「後は、経過を見守りましょう」
小生も、ひと安心して教会で一泊することにしたが、日が暮れると、病人の何人かが寒気を訴えるようになった。
そして、本格的な夜がやってくると、メイプルセイバーは険しい表情をして周囲を見回している。
「どうした?」
「嫌な影が、辺りを飛び交っています」
小生の目には見えなかったが、確かに不穏な気配をあちこちから感じた。まるで、沼地のダンジョンでキャンプをしているかのようだ。
「村で病が流行っている原因は、これかもしれんな」
悪さをしているのがゴーストの類なら、専門家を頼るしかないと思った。神父の体調が回復したら、教会から専門家を呼んでもらって対処するのが確実だろう。
しかし、メイプルには違った考えがあるようだ。
「霊魂は放っておけば次々と仲間を呼びます。ここまで増えてしまっては一刻を争います」
なかなか的を射たことを言う。何か考えがあるのだろうか?
「なるほど。君の意見を聞かせてくれ」
「すぐにでも、除霊の儀式をする必要があります」
「除霊の儀式?」
そう聞き返すとメイプルは頷いた。
「はい。私は角を……悪霊たちは自らの魂を賞金として、レースを行うのです」
その答えを聞いて、小生はメイプルの身が心配になった。確かに小生にとってアーダン村は大事なところだが、メイプルにとっては滅びようが関係ない、ありふれた寒村にすぎない。
命をかける必要はないのではないだろうか……?
しかし、彼女は笑いながら言った。
「これほど、多くの霊魂が浄化してほしいと言っているのです。彼らを天へといざないユニコーンとして強くなりたい!」
我々人間にやらなければならないことがあるように、ユニコーンにもユニコーンで戦う理由があるということかもしれない。
「なるほど……ならば小生も協力しよう」




