39.現れたシャドーユニコーン
多少のゆるみがあったドドドの体も、数日に及ぶ走り込みですっかり引き締まっていた。
サイレンスアローとブラウンスポットは、満足そうにドドドを見ながら言う。
「さすがはお父さんだね。すっかり見違えるように若返った」
「現役時代は、もっと毛艶もよかったのだがな……」
そう笑いあっていた時、渡り鳥が木の枝にとまって鳴き声を上げた。
「……そうか。いよいよ奴が動き出したか」
「ピー!」
報告を受けて、小生も頷いた。
「今日は軽いランニングくらいにして、ゆっくりと休むか」
「それがいいだろう。万全の状態で挑みたい」
ドドドがそう言った直後に、木の葉が舞い降りてきた。
「今夜は冷えそうだね」
サイレンスアローが言うと、メイプルセイバーも頷いた。
その日の夜は、さすがに雪こそは降らなかったが、今まで以上の冷え込みとなった。
ドドド一家は家族やブラウン、アッスルネイサンと固まって眠っており、見ているだけでも暖かそうに思えた。というかサイレンスアロー、小生に絡みながら寝るのはやめなさい。
夜が明けると、一段と冷え込んでおり、地面を見ると霜が立っていたり水たまりの水が凍っていた。よく雪が降らなかったものだと思う。
ドドドも小生と同じ感想を持ったようだ。
「厳しい冷え込みだったな。雪でも降られればコースの状態も大幅に変わっていただろう」
メイプルセイバーも険しい顔をしながら頷いた。
「私なら、雪が降るとレースでは不利になりますね。お父上は?」
「私も得意なのは芝だからな。正直に言って雪が降らなくて安心していたところだ」
その直後に渡り鳥が飛んできて、ドドドの前で「ピー」という鳴き声を響かせた。ドドドもメイプルセイバーも表情を引き締めた。
「いよいよですか……」
小生もドドドを見ると、彼は険しい顔をしながら言った。
「今のうちに食事を済ませておく。アルフレッド殿も体をほぐしておいて欲しい」
「わかった」
我々が万全の体制を整えていくなか、ゆっくりと朝日が顔を出し宙へと向かっていった。
まずは霜が解け、次に日向の氷が解け、日陰の氷も少しずつ目立たなくなったときに、そのウマの気配を小生も感じた。
真っ黒な馬体を持ち、周囲に禍々しい瘴気を放つそれは、冷たい視線のまま騎馬民族や難民たちを眺めている。
「…………」
「遂に現れたな……憤怒の魔王が最も愛した者よ」
ドドドが離れた位置から話しかけると、そのウマはこめかみに血管を浮き上がらせ、更には目じりに赤々とした血管を剥きだした。
「それは嫌味か!」
ドドドは構う様子もなく言った。
「貴様にどんな事情があるのかは知らん。だが、レースは速いものがすべてだ。走るのなら準備をせよ。そうでないのなら立ち去るがいい」
その言葉を聞いたウマは不敵に笑った。
「貴様は本当にわかりやすくて良い。魔界では、生まれだの血統だの持ち主だの、外野がやたらとうるさかった。吾ともう一度走ると言うのか?」
ドドドは黙ってうなずくと、ウマも嬉しそうに笑った。
「ふふふ……血統だけが取り柄の私と、再び戦おうとはな」
小生がドドドに乗って門の前に立つと、騎馬民族たちは唾を飲んでからドアを開いた。
その先には、とても嬉しそうに笑っている例のウマがいた。
「嬉しそうだな」
そうドドドが話しかけると、ウマは饒舌になった。
「吾は、魔王たちの主催するレースではダバだった。一回も勝つことはできなかった。持ち主の憤怒の魔王さえ怒るのを止めてため息をつく……そのくせ怒りっぽいから誰も乗りたがらない」
「そういうウマもいるかもしれんな」
「何度も関係者たちは、私の陰口を言っていたよ……あいつは生まれつき実力がない。3流はどんなに努力をしても3流。だからダバオブダバ……魔界ではそう嘲られている」
そこまで言うとダバオブダバは、ドドドを見た。
「だがお前は違った……その体から流れ出る汗のにおい。それは準備体操をしてくれたのだろう?」
「挑戦者がいるのなら万全の体調管理をする。アスリートなら当然のことだ」
「うれしいことだ。吾は向こうでは……アスリートとして認めてもらえなかった。どんなに努力をしてもだ」
ダバオブダバの言葉を聞いて、とても他人事とは思えなかった。
小生も、メイプルセイバーに出会えなければ、彼のようになっていたかもしれない。いや、努力すらすることもなかっただろうから、彼ほどに恐れられる存在にもなれなかっただろう。
しかし、彼にどんな事情があっても小生は勝たなければと強く感じていた。
その背に跨っているリリィ嬢は、自分の意志に関係なく騎乗することを強制されているようだ。どんな過去があろうとも、そのような暴挙を許すことはできない。
「…………」
人間も同じようなことをしているとウマは言ってくるかもしれないが、他の動物をいたずらに支配するのは人間の最もダメなところだと思う。
そんな悪いところを見習ってほしくない。それが小生の気持ちだ。
小生の胸中を知ってか知らずか、ダバオブダバはドドドを見た。
「始めるか……ドドドと言ったな距離は?」
「今からコースを案内するが、距離は2400メートル。カーブの多い場所だ」
「2400メートルか……」
そうつぶやくと、ダバオブダバは不敵に笑った。




