37.メイプルの母の実力
まもなく、目の前に現れたシャドーユニコーンは、小生の跨るフォレストドリームやメイプルセイバーの前に立ちはだかった。
「おもしろそうなレースをしていたな。ぜひ、我々も仲間に入れて欲しい」
「ちなみに、拒否権はないぜ?」
シャドーユニコーンたちが笑うと騎馬民族の人々は身構えた。シャドーユニコーンの周りには禍々しい瘴気が渦巻いており、病気やけがで弱った人間や、子供や高齢者なら気を狂わせてしまう恐れがある。
こんなに近くにいて正気を保っていられるのだから、やはり騎馬民族の戦士たちは日ごろから厳しく鍛えていることがわかる。
フォレストドリームは凛とした表情のまま答えた。
「おもしろいお話ですね。では、私がお相手しましょう」
彼女が言うとシャドーユニコーンたちは、なめ回すようないやらしい視線を彼女に送った。どうみてもライバルというより異性を品定めしている表情である。
「いいじゃんいいじゃん。やろうぜ」
「これはまた、いい体つきした牝馬だな」
「今からレース後が楽しみだぜ」
その言葉と共に、亡霊と思しき影が次々とシャドーユニコーンたちの背に乗ってきた。
フォレストドリームは小さな声で言った。
「アルフレッド様、ステークスワイドは必要ありませんよ」
「わかった」
距離は先ほどと同じ2400メートル。
こちらは邪気に対抗できるのはフォレストドリーム1頭なので、シャドーユニコーン3、シャドーホース7、フォレストドリームの11頭立てのレースとなる。
再び審判役を長にお願いすると、彼は険しい顔をしながら頷いた。
そしてそれぞれのウマの準備運動も終わり、11頭が位置につくと長は手をゆっくりと上げた。
「では……」
フォレストドリームは目の前を睨んだ。
「はじめ!」
ダークユニコーンやダークホースたちは、我先へとスタートを切ったがフォレストドリームはゆったりとした足運びで最後尾についた。
その瞬間に小生も彼女が何を考えているのか理解した。どうやらフォレストはラストランで一気に全員を追い抜くスタイルのようだ。
気になるダークユニコーンの位置取りは、先頭に1頭。中腹に1頭。フォレストのすぐ前に1頭という感じだ。戦いのカギを握るのは、後半戦になったときにどれだけの体力を残しているかだろう。
「…………」
様子を見ていると、さすがにダークユニコーンの方が、シャドーホースより体力的にも優れていることがわかる。第2コーナーを走り終えた段階でも、7割前後の体力を温存している。これはメイプルに匹敵する体力だ。
「あの馬体から考えるに3歳馬から4歳馬と言ったところか……」
レジェンドレアの2歳牝馬と、3歳半の牡ダークユニコーンの体力が同じ……だとすると、更に強くなられたり、より高グレードのダークユニコーンが現れれば、今のメイプルでは太刀打ちできないということになる。
やはり、こういう厄介な相手は母馬フォレストドリームに蹴散らしてもらうに限る。
向こう正面を走り終え、第3コーナーへと入ったとき、先頭とフォレストの差は10馬身。おおよそ24メートルの差がついていた。しかし、フォレストはまだ7割ほどの体力を残している。相手のユニコーンの中で、一番体力を温存している隣のダークユニコーンでも残り体力は6割ほどだ。
少しずつペースも早くなっているので、このまま体力を削りあってもらいたい。
第4コーナーへと入ると、先頭のダークユニコーンの体力は5割ほどまで下がっていた。どうやら後続のウマたちに対抗して意地になっているようだ。
フォレストドリームの体力は6割と少し残している。十分な余力だ。少しずつ大外からペースを上げて、ごぼう抜きの体勢を取る。
するすると3頭ほど抜くと、対抗するようにそのうちの1頭のダークユニコーンもペースを上げてきた。その体力は5割5分といったところだ。
先頭のダークユニコーンが第4コーナーの中腹に差し掛かると、フォレストドリームの順位は5番手まで上がっていた。その足運びはより鋭さを増し、もはや一般のシャドーホースでは歯が立たないようだ。
先頭のダークユニコーンが最後の直線に踏み込んだとき、フォレストドリームは3番手の位置まで追い上げていた。
そして、坂道に差し掛かるまでに2番手を追い抜き、坂道に入って少し走ると、ダークユニコーンと並んだ。ダークユニコーンはこちらを睨んできたが、疲労が溜まっているらしくレース前のような禍々しい瘴気がない。体力も3割を下回っているので、こうなるのも当然かもしれない。
フォレストドリームは簡単にトップを奪うと彼女は独走態勢をとった。後ろから追ってくるシャドーホースたちも、その脚力に対抗できないようだ。
坂道で順調に差を広げると、フォレストドリームは最後の50メートルを危なげなく走り切った。
2番手との着差は4馬身半。10メートル以上もの差を開けて快勝してみせた。
「とても走りやすかったです」
フォレストドリームは多少は息を上げていたが体力は4割近く残していた。力半分とまではいかないが問題なく走りぬいたように思える。
「いや、頑張ったのは君だ。シャドーユニコーンたちも残らず浄化できた」
そう言いながら頭をなでると、フォレストドリームは心地よさそうにしていた。やはり母と娘だけあり、走る際の癖なども似ているので乗りやすかった。
「この域のユニコーンを手足のように扱ってしまうなんて……」
「本物だ。本物のエースだ!」
騎馬民族の戦士たちに委縮した顔をされると、こちらとしても困惑してしまう。普通通りに接してほしいものだ。
ちょうどその時、おびただしい瘴気をまとったウマは、耳をピクリと動かすと、その角にピシッとヒビが走った。
「……あ、あの牝馬めっ!」




