35.ダンゲル、黒の貴公子と接触するも……
「リリィお姉ちゃん!」
そう言いながらやってきたのはSRマイナスのユニコーン君です。名前はまだ打ち明けてはくれませんが、以前よりもだいぶ打ち解けてくれていると思います。
「やあ、調子はどう?」
「まあまあかな。お姉さんは何をしているの?」
「偵察だよ」
そう答えながら渡り鳥を迎え入れると、その報告に驚きました。
なんと、東側から禍々しい瘴気をまとったウマが近づいているというのです。まだ2歳馬のユニコーン君がこんなウマと対峙しては大変です。姿を見ただけで気が狂ってしまうかも……
「ど、どうしたの?」
「ねえ君……ちょっと行先を変更しましょう。こっちにおもしろいものがあるって!」
「う、うん……お供するよ」
何とかユニコーン君を安全な場所へと誘導すると、その禍々しいオーラを持つウマは、私たちが10分ほど前まで休んでいた場所までやってきました。
そして、鼻先を地面に近づけてにおいを確かめて、こうつぶやきます。
「……この聖なる気配……ここにユニコーンがいたか」
その直後に、こめかみや目じりには血管が浮き出ました。鼻の穴も大きく開いて耳も絞っているので相当な怒りを感じているようです。
私たちに逃げられたことが、そんなに悔しかったのでしょう。近づかなくてよかったと思います。
「落ち着け……ユニコーンに罪はない。悪いのは……悪いのは人間だ。落ち着け……」
そのウマは深呼吸を繰り返しましたが、怒りは収まらないようです。
「こういうときは……そうだ。草を踏みしめよう。ゆっくりと踏めば……意外な発見があるものだ」
ウマは自分の前脚を上げると、そっと草を踏みしめて笑った。
「おお、クシャっとする感触が良い……足先に触れる微妙な感じが素敵だ!」
はたから見ていると微笑ましいところのあるお馬さんです。しかし、彼の周りには瘴気があふれ出ているので、近寄らないのが正解でしょう。
監視をしているトリにも、更に遠くに避難するように伝えるとトリは思わぬものを目にしたようです。
どういう巡りあわせか、ダンゲル元隊長がすぐ近くにいます。
ここまで接近して、あのウマの禍々しい瘴気を感じないのでしょうか。もし気付かずに近づくのなら一般人に劣る索敵能力ですし、気付いてなお近づいているのなら命知らずです。
すでにウマの方はダンゲル元隊長に気付いているようですが、離れるわけでもなく草を踏んでいます。この程度の使い手などどうとでもなるという雰囲気です。まさに強者の余裕ですね。
気づいていて草と戯れる者と、恐らく気付いてすらいない者では、この時点で大いに実力差があります。圧倒的に不利な立場であることも気が付かずに、ダンゲル元隊長は更にウマに近づきました。
ウマは耳をピクリと動かしましたが、相変わらず無視しています。
ダンゲルは音を消して歩く方法すら知らないらしく、枝葉や草をかき分けながら進み、遂にウマのすぐそばに姿を現してしまいました。
「な、なんだ……この瘴気にまみれたウマは!?」
なんだ。ではありません。5メートルまで踏み込んで、やっと気づくなんて貴方は本当に冒険者ですか。よくそんなんで今まで生き残ってこれたものです。
ウマもあきれ顔になっていました。
「やかましいぞ初心者。見逃してやるからさっさと立ち去れ」
ビギナーという言葉を聞いたダンゲルは、青筋を立てて目を剝きました。
「び、び、ビギナー!? お、おまえ……誰に言ってるんだ!」
「お前以外に誰がいる」
ダンゲルは本気で怒っているのでしょうが、傍からみれば悪い冗談でも見ている気分になります。
経験が豊富そうな冒険者がダバをあしらっているのなら、たまに見ますが、逆はめったにお目にかかれるものではありません。
「ウマの分際で……偉そうに!」
そう叫びながら剣を抜いたダンゲルは、ウマに斬りかかりました。しかし、ウマに慌てる様子はなく、目が合っただけでダンゲルの動きが止まりました。
「失せろ」
その一言と共に、ダンゲルは剣から手を放して地面に膝をつきました。
先程までギラギラとしていた目も、まるでこの世の終末を眺めているように絶望に満ち、もはや根本から心が折られてしまったように感じます。
私は、額に溜まった変な汗を拭いながら、意識を戻しました。
「恐ろしいウマでした。やはり近づかないに越したことはありませんね」
そう話しかけると、ユニコーン君は振り返って……
…………
「貴殿も覗き見とは、いい趣味をしている」
全身の毛穴から、どっと冷や汗が流れ出ました。先程まで確かに監視していたウマが、はるかに離れているはずの私の目の前にいるのです。
「どういう……こと?」
「僕は正確に言えば、闇の貴公子の子供……だから君のような一流の乗り手が食いつくのをじっと待っていたというわけなんだ」
そうユニコーン君は笑うと、私の【相馬眼】が目の前にはシャドーユニコーンがいることを告げました。
「お父さん。お父さんにふさわしい乗り手なら……確かに僕が確保したよ」




