2 二度目の失敗
2021年5月14日
謝りたい事がありますので直接会って話しましょう。
恵奈から連絡が来た。
もしかしてあの時一方的に話を切った事を言っているんじゃないかと、私はまだ甘い考えを持っていた。
待ち合わせ場所は一回目と同じ小さなカフェ。先に着いていた私が待っていると、樹君と恵奈、二人並んで歩いてきているのが確認できた。
恵奈の元気がない様子に、私は既に嫌な予感がしている。
とにかく話を聞かなければ分からない、と挨拶もそこそこに奥の席へと座る。
「改めて、久しぶりだね。恵奈。」
「…うん。」
「その…。謝りたい事っていうのは?」
黙りこくる恵奈に樹君はそっと視線を向ける。
「実は……。」
恵奈がなかなか言い出せないでいるので、樹君が痺れを切らす。
「恵奈がね。君の彼氏とまた浮気してたんだ。これはしっかり恵奈を見ていなかった。俺にも責任がある。すまない。」
樹君は本当に悪かった。と私に頭を下げる。
「あ、もう彼氏じゃなかったんだったかな?」
(ダメだった。完全に私の行動はから回ってた…。)
「…いえ。彼とは一応付き合ってます。」
咄嗟に嘘をついた。幼馴染の彼の事なんて頭から完全に抜けていた。そうしてみれば、この時点での私は彼とまだ付き合っているはずだったのだ。
(今の私は彼の事なんてどうでもよくて、この時間に戻ってきた時点で別れていたけど…。)
反応の薄い私に樹君は疑問に思っているようだったが、それでも彼は言葉を続けた。
「ただ誤解しないで欲しいのは、慧さんの彼氏が恵奈に迫ったみたいなんだ。今までの関係を俺にバラされたくなかったら、言う通りにしろ……ってね。」
「そう…ですか……。」
「だからね。彼女もやむにやまれず、関係を持った事を理解してもらいたいんだ。」
そして……と彼は更に続ける。
「一度こういう事があった以上。慧さんには彼氏が変な事を仕出かさないかを注意して見ていて欲しい。そして何かあれば俺に連絡してくれ。恵奈を守る為に必要なんだ。」
「わかりました。」
そうして私は樹君と連絡先を交換した。
恵奈が俯いてしまっている。
彼女の手を見れば、拳に力を込め過ぎて爪が白く変色していた。
(今の恵奈には私が敵にしか見えてないんだろうな……。)
こうして私は樹君と再び初めて会った。
それからは結局、前回と殆ど同じ流れになってしまった。
私は樹君が好きだ。体の関係を迫られれば当然拒めるはずもなく、喜んで抱かれてしまっていた。
私は恵奈が好きだ。前回よりも早い段階で樹君の異常を察知した私は、恵奈にいち早く報せ彼女との関係を改善し、一緒に樹君を支えた。
大好きな二人と暮らせて私は幸せを感じると同時に、罪悪感に苛まれていた。
例の時計は私の手元にはない。
(時間を戻したんだから、あの時計を私が持っている訳ないもんね。)
せっかくのチャンスもふいにしてしまった私は今後どうするべきか考えていた。
既にあれから一年、三人での生活には限界が迫っていた。樹君の記憶が正常に戻ったかと思えば、またおかしくなるという事を前回同様に繰り返しだしている。
2022年7月18日
今日は三人で買い物に出かけていた。
私はあの時計をくれた魔法少女が、また居てくれる事に望みを賭けている。
「あなたたち、大分変った人生を歩んでるみたいね?占ってあげるよ。」
(あの時の、魔法少女だ……。)
「是非お願いします!」
「あれ?あなたと会うのは三回目だね?」
魔法少女にはわかってしまうようだ。
(もしかして三回目だとダメ…?)
私が絶望しかけていると…
「三回目のあなたはきっと正しく使えるよ。この時計を持っていって。」
そう言って、魔法少女は私に置時計を渡してきた。
「その時計は時間を戻す魔法の時計。本当かどうかはあなたが一番良く知ってるでしょ?」
魔法少女に感謝し、三人で帰宅した。
時計には現在の年月日が表示されている。
(問題はいつまで戻すかね…。)
前と同じ時間に戻したところで恵奈は話を聞いてくれない。だったら、恵奈と出会う時まで戻すべき?
(恵奈と出会ったのは高校三年生の時ね。クラス替えで席が隣になったのが切っ掛け。)
そこまで戻して事情を説明出来れば信用してもらえるような気がした。
時計の日付を設定し、今日という日を精一杯楽しむ。
これが上手くいけば、私は恵奈の親友としてでしか樹君と接する事が出来なくなる。
(でも樹君に会えなくなる訳じゃない。きっとまた三人で笑い合える日が来る。)
2020年4月9日
翌日、私は三人で過ごしたアパートとは別の、良く見慣れた部屋で目を覚ました。
(私の実家の部屋だ。)
しばらく樹君と会えない。恵奈とも今日初めて出会う。この世界にひとりぼっちで取り残されたような気持ちになり、心細くなった私は涙が出てきてしまう。
(泣いてる場合じゃない。今度こそは上手くやらないと。)