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空のリシェル  作者: ブリキ
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永遠の繋がりと銀の配達人 ~①~

 彼女と手を繋いだ時に伝わる温もりは今でも鮮明に覚えている。

 時に厳しく。時に優しく。いつも俺を気遣ってくれた。

 誰よりも優しく、誰よりも美しい心を持った姉。

 外で遊ぶとき、いつも彼女に手を引かれ、純真無垢な満天の笑顔を独り占めできたのが何よりも嬉しかった。喜ばしかった。

 ――できるなら、彼女のような女性と結婚したい。

 今思えば鼻で笑う馬鹿らしい願望だが、俺にとって姉とはそれほど大切で、大好きで、掛け替えのない存在だった。




 でも。あの日を境に、その温もりは俺の身体から消えてしまった





 フォールカストは『花の都』と呼ばれるほど、美しい景観が島の隅々まで覆いつくしている名所として知られている。


 島の全長はニ十キロと浮遊島の中では平均的なサイズ。島に唯一ある街のメインストリート、グレナス・カルテロ大通りは、まだ早朝だというのに多くの人でごった返していた。


 精緻に舗装された石畳の上に立つ数多くの露店。周囲には景色の外見を崩さないよう、古風漂う煉瓦造りのカフェやバー、レストランも見受けられる。日がまだ昇りきらない早朝から、多くの出店が大通りに連なり、行き交う通行人や露天商の活気に満ち溢れた光景が広がっている。


 花の都といわれる所以は、街の風景にある。

 古風溢れる昔ながらの建築様式式を今世にまで引き継がれ、町を彩る極彩色の花々と建築物が絶妙に噛み合った幻想的な景色は、有名な絵画、彫刻、詩の芸術家達がこぞって足を運び、芸術の文化を発展させてきた。





 一週間の空の旅を終え、カイエン・イスナジークは目的地に辿り着いた。

 輸送船の窓から覗いた時に見えた、天高く聳え立つ浮遊島へ足を降ろす。


 カイエンの目的は観光ではない。彼がここに訪れた目的は別にある。


 土地勘も無い見知らぬ島で迷子にならないよう、こまめに現在位置と目的地を確認し、時折客引きや花売りに道を尋ねながら、見知らぬ道を歩き続ける。幸いにも彼らは初対面のカイエンに対して好意的で、無事に目的地へ到着することができた。


「これが空送運営体の本部……」


 見上げた先には、古風漂う広い敷地の建物。


 空送運営体、本部エア・ポート。


 周囲の建物より一つ頭が抜き出た空送運営体の本社。敷居を囲う赤煉瓦に、花壇には極彩色の花々が植えられている。街の景観に添って、建物も風景の一部となるよう作り手の拘りが伺える。アーチ状の門扉からはひっきりなしに人が出入りし、外から見ても経営が成り立っているとよくわかる。


 ――ここに、俺の願いを叶えてくれる人が。


 心臓の鼓動が早鐘を鳴らす。ドクンドクンと脈打ち、知らず知らずのうちに過呼吸に陥る。

 焦る気持ちを必死に抑え、深呼吸を数回、呼吸を整える。

 春の穏やかな風に乗って、香ばしい香りや心地良い柔らかい匂いが吹き込む。異国の新鮮な空気に心が徐々に落ち着きを取り戻す。


 首元に下げた、時計の針が止まった懐中時計をぎゅっと握りしめる。


「……行くか」


 止まった足を動かし、店内へと足を踏み入れる。


 広い空間の室内には来客の対応をスムーズに行えるよう、正面にカウンターが設けられ、客の対応をする受付嬢が仕事に励んでいた。

 総じて若い女性が受付窓口を占めている。客への対応はお手本と言わんばかりに丁寧で繊細。顔馴染みの客と談笑する光景や、ハイタッチを交わす様子を見るに、いかに市民から慕われているかが一目で分かる。


「噂通り、業界に名を轟かせているだけのことはあるな」


 客商売戦争とも呼ばれるこの時代。

 中小多くの商業が空を舞台にしのぎを削り、より多くの客を引き込もうと躍起になっている。必然、経営が下手な者ほど早くに店を畳み、より多くの顧客を手元に置いた者だけが生き残る。


 そんな弱肉強食の時代に彗星の如く現れた空送運営体は、発足してからまだ十年程度の新参企業だ。と言っても空送運営体の挙げた功績は著しく、その内容を鑑みても実力は他企業と比べて頭一つ抜けている。


 発足して僅か十年。

 今では十を超える支部を構え、一流企業に肩を並べるまでに成長を遂げている。


 理由はその便利さにある。

 空送運営体を利用する客層は、個人に大きく偏っている。大型輸送機で大量の資材を運搬する大型輸送船を何百と所有する輸送連盟とは違い、空送運営体が所有する星舟はどれも小型機ばかりだ。


 大型の輸送機は大量の荷物を一気に運送するため、目的地に到着するには相応の時間を要する。

 一方、小型の星舟は見た目通り積載量はそれほど十分ではないが、顧客一人の配達物を目的地に届ける速度は輸送連盟よりも断然速い。


”時は金なり”という格言の通り、空送運営体はその『速さ』を活かした経営で業績を急速に拡大してきた。


 料金は決して安いわけではないが、空界を渡る航路と距離に応じて変動するシステムを初めて導入した運営の業績は先の通り。その便利さに利用した顧客からの評判は上々。好成績は年々増していき、正に飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進している。


 窓口で客に笑顔を振りまき、慣れた手つきで仕事を無駄なく捌いていく職員達を遠目に見やり、カイエンは感嘆の息を漏らす。


 ――内勤業務でこれだけの人材がいるなら……

 ――俺の配達人は一体どれだけ凄い奴なんだろう……


 ここに来る一週間前。カイエンは空送運営体の本社に電話を取り、とある配達人へ依頼の予約を済ませている。




『配達の依頼ですか? ご希望の配達人のご希望はありますか?』


「ああ、一人。噂で聞いたが本当なのか?」


 空送運営体支部の社員が口にしていた、その人物の噂を訊く。


「――それがなんであれ・・・・・・・・どこであれ・・・・・、目的地へ必ず配達物を届けてくれる配達人がいるっていうのは?」


『はい。一人だけ、お客様の要望に適う子がいますよ』


 即答だった。


『現地へ配達人を派遣する場合、通常の依頼料に特別価格を上乗せさせてもらいますが』


「いえ、俺からそちらへ向かいます」




 電話越しに伝えられた料金は結構な額だったが、幸いにも戦地から生還した兵士には相応の手当てが軍から支給されている。電話の相手に向こうへの到着日時を知らせ、指定された口座へ入金を済ませて依頼は受注された。


 ここに到着するまでの経緯を振り返って、カイエンは壁に掛けられた時計の時刻を確認する。


「少し早いが、いいか」


 予定していた時刻にはまだ早いが、このままじっとしているのも身が落ち着かない。

 客が少ない窓口に並ぶこと数分後、あっさりと順番が回ってきた。

 受付嬢がにっこりと微笑み、丁寧にお辞儀をした。


「ようこそ。本日はどのような用件で?」


「一週間前に依頼の予約をしたカイエン・イスナジーグだけど、話は通っているかな?」


「カイエン様……ええ、担当する配達人が二階席で待機しているので、依頼の詳細は彼女にお願いします」


「えっ……」カイエンは受付嬢の言葉に面食らった。


「まだ予定した時間には30分以上も早いのにですかっ」


「お客様を待たせるわけにはいきませんから」


 さも当然のような口ぶりで、受付嬢の女性は柔和な笑みを浮かべた。

 空送運営体の顧客が増え、高評価の評判が多いのは、こうした客に対するサービス精神が徹底しているのが理由の一つなのだろう。お礼を述べ、受付嬢の指示に従ってカイエンは二階に上がる。


 階段を上った先には、不思議な空間が広がっていた。

 下の階で客と職員の賑やかな世界が広がっているのに対し、二階は世界から切り離されたように、閑散とした――質素な空間が。

 アンティークやお洒落に飾った内装などなく、一箇所だけ窓際に椅子とテーブルが置かれている。


 その席に、一人。

 

 『銀』の少女が腰かけていた。


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