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7話 アリエルの勘違い

「よっしゃー! 今日も勝負だああああああ! 掛かって来いいいい!」


 いつものように荒野で魔物に戦いを挑む全太を見守るポーラ。

 その傍らに座るアリエルの様子は、どこかおかしかった。


「……ポーラ様……あの」


 アリエルの頬は微かに朱に染まり、切ない少女の面影を見せていた。魔物を調理する時の野卑な笑みが嘘のようだ。


「一体どうしたというのですか?」


「……私は今朝……全太様に愛の告白をされてしまったのです」


 良く見ると、嬉しそうに、恥ずかしそうにもじもじするアリエルの態度は完全に恋する乙女のそれだった。しかし……


「えっと……全太は何と言っていたのですか?」


「『アリエル! うめえ料理作れるお前の事が大好きだあああああああ!』って……これって完全に脈ありですよね!?」


「…………」


 全太の物言いは恋愛感情の発露というより、好意を素直過ぎる形で伝えただけにしかポーラには思えなかった。


「えっと……全太は素直過ぎる所がありますし……」


「素直!? 私の事が大好きというのは素直な気持ちなのですね!? やべええええええええええええええ! 完全に来てますねこれえええええええ!」


「そういう意味じゃなくて……」


「やっば! もう死んじゃう! 幸せ過ぎて死んじゃう! 全太様……何て美しい肉なんでしょう……! ああもうどうしよ! 最高過ぎて死んじゃいますうううううううう!」


「落ち着きなさいアリエル! 全太は常に全裸な変態野郎だとあなたも言っていたでしょう!」


「でも逆にそこがいいじゃあないですかああああ! 変態上等ですよ! そもそも全太様くらい美しい肉体してたら隠すのは罪ってもんじゃあないですかああああ! あーもう全太様すき! すきすきすきすき大好き! 全部好き! 一挙一動好き! 毛穴から爪の垢まで全部好き!」


 ポーラはどうにもならない事を悟った。

 恋する乙女の暴走は誰にも止められない。


 ポーラが俯いた時、何かが弾けるような轟音が響いた。

 全太がまた魔物を仕留めたようだ。


「おっしゃああああああ! 俺の勝ちだああああああああ!」


「全太さまあああああああ! かっこいいいいいいいい!」


「まあなー! もっと褒めやがれ!」


「カッコいい! イケメン! 腹直筋と大胸筋と大腿筋がステキ! もうほんと好き! 大好き! 世界で一番愛してる!」


「俺も大好きだぜアリエル! 早速この肉で料理を作ってくれ!」


「はーい! マイダーリン!」


「やめろ引っ付くな! 暑っ苦しいだろ!」


 ポーラは気が気でなかった。


 ――もしアリエルが誤解に気付いたら……ブチギレて腹いせに世界を破壊してしまうかも知れない。

 何とかアリエルがブチギレれない形で誤解を解かなければ……。


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 やがて、荒野の魔物を狩りつくした一行はキリ山脈へと向かった。

 それからもポーラは何とかアリエルの誤解を解こうと手を尽くしたが、アリエルの燃え盛る恋の炎は益々勢いを増して行くばかりだった。


「全太さまああああああああああ! もう好きすぎてやばいいいいい! ……私全太様の為なら何兆回でも死ねますうううううううううううう!」


「…………」


「あ! ポーラ様! 実は私困ってることがあってですね……」


「何ですか?」


「肉の聖女になってポーラ様の水の加護が消えてしまったせいか……体がちょっと臭くなってしまいまして……温泉とか見つかりませんかね?」


「それくらいならお安い御用です。ただし、絶対に全太と一緒に入ったりしない事!」


「何でですかー! ポーラ様のケチ!」


「あなた達にはまだ早いのです!」


「んー? 何の話してんだ?」


 魔物の骨をボリボリ齧りながら、全太が近付いて来た。


「全太様! 大好きでーす!」


「あーもうだから引っ付くなってアリエル!」


「全太様―! 一緒にお風呂入りましょ!」


「いいぜー! 一緒に入ろうぜアリエル!」


「ダメです! 男と女が一緒に風呂に入ったらダメなのです!」


「は? 何言ってんだポーラ。アリエルは男だろ?」


 その瞬間、場の空気が完全に凍り付いた。……流れる沈黙。

 やがてアリエルは貼り付けたような笑みを作ったが、その瞳は笑っていなかった。


「全太様……それはどういう意味でしょうか?」


「え? だってお前男だろ? 違うの?」


「全太! アリエルに謝りなさい! 今すぐに!」


「はあ? ポーラも言ってたじゃねえか! 女にはおっぱいがあるって。ってことはおっぱいがないアリエルは男って事になるだろ?」


 終わった……何もかもが。ポーラは蹲って頭を抱える事しか出来なかった。


「全太様……そんな……私の事好きって言ってくれたじゃないですか! 全部嘘だったんですか!?」


「好きは好きだけど、一番好きなのは父ちゃんだぞ。二番目はオーク肉だ! アリエルは10番目くらいかなあ」


「……全太ああああああああああああああ! ブッ殺してやるううううううううううううううううう!」


「お? 喧嘩なら買うぜ! 久々に燃えて来たぜえええええええ!」


「死ねえええええええええ! 変態全裸野郎があああああああ!」


 アリエルは亜光速で包丁を振り回しながら全太を追う。

 全太は木々を飛び回り、アリエルの攻撃を巧みにかわして行く。


「やるじゃあねえか! アリエル!」


「黙れえええええええ! 五千丁刃五月雨斬りいいいいいいいいいいいいいい!」


 最早ポーラの目には何が起きているのか分からなくなっていた。

 ただ、時折見える火花と、響く鋭い音だけが戦いの激しさを物語っていた。


「ユニバアアアアアアアアアス! デストロイヤアアアアアアアアアアアアア!! アルティメットモードオオオオオオオオ!」


「俺に同じ技が二度通用するかあああああ!」


 閃光と爆発の後、荒野と化した山の一角に立っていたのは全太だった。


「うううう……全太様……酷いですうううううう」


 アリエルは泥だらけで、うつ伏せに蹲って泣き叫んでいた。


「あれ? 何で泣いてんだアリエル」


「あなたのせいですよ全太!」


「はあ? 俺は何も悪い事してないぜ!」


「とにかく、アリエル謝りなさい!」


「お……おう……! アリエル! 良く分かんないけどごめんな!」


「全太様ああああああ! 私女の子なんですよおおおおおお!」


「そうだったのか! 男だと思ってた!」


「全太様の馬鹿あああああああああああああ!」


「そっか……俺も女だと思われたら嫌だし、アリエルも女なのに男だと思われたら嫌だよな! そういう事か! ごめんな!」


「全太様ああああああああああ」


 全太の胸に飛び込んでむせび泣くアリエルの肩に、全太はそっと手を置いた。


「何か照れるし……あんまり引っ付くのはよしてくれよ。……今日はいいけどよ」


「私……絶対全太様に好かれるような女になりますから……」


「なんだよお。好きって言ってるだろ。アリエルの作る料理滅茶苦茶うまいし喧嘩するのも楽しいし。俺はアリエルの事大好きだぞ」


「……全太様の馬鹿」


「ほら、いつまでもイチャイチャしてないで温泉にでも入りましょう!」


「……そんな! イチャイチャなんてしてません!」


「温泉? 温泉って喰えるのか?」


「喰えません!」


 アリエルと全太は、少しだけ大人になれたのかもしれない。

 ポーラは軽く息を吐くと、少年と少女を連れて山道を進んで行くのだった。


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