5話 特訓とマンモス
魔術で何とか神殿を修復したポーラは、倒れたアリエルの看病をしていた。
「ん……ここは?」
「気が付きましたか……アリエル」
「あなたは……ポーラ様?」
思わず起き上がろうとしたがアリエルを、ポーラが手で制した。
「まだ横になっていてください」
「……私は……とんでもない事を……!」
泣き出してしまったアリエルに、ポーラは優しく微笑みかける。
「もう済んだ事です」
「でも……私は危うくこの世界を破壊してしまう所でした……」
「水の女神であるこの私、ポーラが許しましょう」
「ポーラ様……でも私ポーラ様に『乳デカ野郎』なんて酷い事まで言ってしまって……」
「もう良いのです。実際デカいですし」
「ポーラ様あああああああ」
泣きじゃくるアリエルの手に、ポーラは柔らかく手を重ねた。
「全太があまりにも自然に全裸でいるので……すっかり忘れていました。すべては私の責任です」
「いえそんな事は……。しかしポーラ様、あの男は本当に全太様なのですか?」
「間違いなく彼が魔神ガオラスを打ち破る力を秘めた英雄、全太です」
「そんな……あんな変態野郎が……」
「変態ですが英雄としての素質は確かです」
アリエルは信じられないと言いたげな顔をしたが、暫く考え込むと覚悟を決めたようだった。
「私、決めました! 男の人の……その……裸を見ても耐えられるように特訓します!」
「無理しなくていいのですよ。私の方も全太に服を着せる努力はしてみるつもりですし……」
「いえ、ポーラ様のお手をこれ以上煩わせる訳には……」
「覚悟は確かなようですね……あなたのその心意気に感謝します。では手配しておきましょう……ただ絶対に無理はしないこと。いいですね」
「はい! ありがとうございます!」
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
次の日から、アリエルの地獄のような特訓の日々が始まった。
まず三歳男児の上半身を凝視する事から始め、段階的に年齢を上げて行く。
そして中年のおっさんの張り出たお腹に耐えられるようになってから、三歳男児の全裸に移行する。
そして、そこから一歳刻みで徐々に年齢を上げて行く。
「チクショオオオオオオオ! 何で私がこんな穢れたクソ粒見せられなきゃなんねええええええんだよおおおおおおおおおおおお! ……おっと私としたことが……失礼致しました」
何度も暴走して世界を破壊しかけながらも、アリエルは断腸の思いで必死に特訓を重ねて行った。
「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」
呪詛を呟きながら、必死で6歳の少年を凝視するアリエル。
彼女は何かと引き換えに、着実に成長しつつあった。
「ひいっ! そんなに睨まないでくださいアリエル様!」
「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」
「どうか……お許しを……」
「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」
アリエルの特訓は夜通し続いた。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
吹雪が吹きすさぶ雪山を、全太とポーラは歩いていた。
全太の姿は、いつも通り全裸だった。
「全太! いい加減服を着なさいあなたは!」
「うるせー! 服着るくらいなら死んでやる!」
「本当にこのままじゃ死にますよ?」
「俺が死ぬ訳ねーだろ! ブェックション!」
そういいつつも全太は震えながらくしゃみを連発した。
常人なら一瞬で絶命する絶対零度の果ての雪山……スッポンポンの姿で居てくしゃみ程度で済んでいるのは全太の胆力の成せる技であろう。
「本当にここにジャイアントマンモスとかいうのが出るんだろうなあ!」
「でで……でででで出ますよそれは」
ポーラは慌てて全太から顔を逸らした。
「何か怪しいなあ……嘘ついてねえだろうなあ!」
「そそ……そそそそそそそんな筈ありません! 私は嘘ついた事なんか一回もありません!」
「ならいいが、俺は嘘つかれるのが一番嫌いだからな! 嘘ついたら例えポーラでも許さねえぞ!」
ポーラは慌てて全太から目を逸らす。
「そそそそそ……そんな事より全太……寒くないですか?」
「全然寒くねえぞ! むしろ暑いわ! あーあちい!」
全太は顔を手で扇ぐ仕草をして見せたが、その動きはぎこちない。
ポーラは思いの他しぶとい全太に顔を顰める。
ポーラは嘘で全太を騙し極寒の環境に追いやる事で、全太におのずから服を着させようと目論んでいるのだった。
「あーあっちーわーーー! 暑すぎて死ぬわああああああああ!」
「無理はしなくて結構ですよ」
「無理とかしてねーし! ポーラは寒く……じゃなくて暑くねえのか?」
「私の絹の服は、天空蚕の繭で作られているので寒さに強いのです」
「ああそう……」
「全太の服もちゃんと用意してありますよ。もちろん天空蚕の繭で作ってあります」
「くどいぞポーラ! そんな事よりジャイアントマンモスって美味いんだろおなあああ! 肉も一杯あるんだよなあああああああ!」
「そそそ……そりゃあもちろん!」
「こんだけ寒……暑い思いしてジャイアントマンモスの奴が見つからなかったらこの世界ごと滅ぼしてやるからな!」
「えっ……今何と?」
「ジャイアントマンモスが見つからなかったら腹いせにこの世界を破壊してやるっつってんだよ! もちろんポーラが嘘つく訳ねえし、どっかにいる筈だ! 絶対に見つけてやるぞ!」
「……全太、私はちょっと用事があるので神域に一度帰らせて貰います」
「ああそう。俺はジャイアントマンモスの野郎を探しとくぜ。チクショーどこに隠れてやがる……!」
――まずい……嘘がバレたら世界が破壊される……!
青ざめた顔で神域に転移したポーラは、必死で様々な世界を巡り、ジャイアントマンモスを探した。
しかし、どの世界でもジャイアントマンモスの姿は影も形も無かった。
こうなったらもう……正直に話すしか。
最高級の燻製肉を組み合わせてマンモスっぽい形の肉人形を作り、土下座の練習も重ね、ポーラは恐るおそる全太の元へと戻った。
「うめええええええええええええ!」
ポーラが見た光景は、豪快にジャイアントマンモスらしき氷漬けの魔物を貪る全太の姿だった。
「よおポーラ! さっき最初から死んでるこいつを見つけたんだ! やっぱりポーラはすげえなあ! うめえモン色々知ってんなあ!」
「……良かった……本当にいたとは」
「何か言ったか?」
「いえ! 何でもありません! あ、この燻製要りますか?」
「うおおおおおおお! ジャイアントマンモスみててな形の燻製だな! それも喰わせてくれえええええええええええ!」
大袈裟でもなく、世界は救われた。
ポーラは思わず胸を撫でおろすのだった。