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4話 聖女アリエル

 白い大理石の神殿の中で、一人の聖女が女神へと祈りを捧げていた。


「アリエル様……何か神託は頂けましたか?」


 付き人の少女の声に、聖女アリエルは大きく頷いた。


「そろそろ英雄……全太様がいらっしゃるようです。ですが私は不安なのです……果たして私の力で全太様のお役に立てるのか……」


「大丈夫ですよ。アリエル様の持つあらゆるまやかしを見通す心眼の力は、必ずや全太様のお役に立つ筈です」


「ありがとうソニア……」


 しかし、アリエルの表情は曇ったままだった。


「何か吐き出したい事がおありなら、仰ってみてください。私はアリエル様の力になりたいのです」


 暫くの沈黙の後、アリエルはゆっくりと口を開く。


「……私は幼いころから、ずっとこの神殿で暮らして来ました。付き人の巫女の方々としか会話を交わした事がありません。……殿方とお会いするのは初めてなのです」


「そういう事でしたか……大丈夫ですよ。女神様に選ばれた英雄なのですから、きっと静謐で優しいお方でしょう」


「ソニア……本当にありがとう……」


 やがて、ソニアは最後の務めを終えると麓の村へと帰って行った。


「全太様……一体どんなお方なのでしょう」


 アリエルの胸中には、不安と期待がない交ぜになっていた。



 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「全太! 今日こそ心眼を持つ水の聖女、アリエルに会って貰いますよ!」


「聖女って喰えるのか?」


「食べられません! 魔神ガオラスを倒す為には最高レベルの心眼を持つアリエルの力が必要なのです! 仕来り通り英雄であるあなたがアリエルを迎えに行くのです!」


「別にそんな奴いなくても俺は最強だぞ! とっととガオラスを喰わせやがれ!」


「調子に乗るんじゃあありません! 今のあなたの力ではガオラスの足元にも及びません! 何度も言わせないでください!」


「めんどくせーなあ……」


「燻製肉あげますから! 行きますよ!」


「燻製肉だと!? 行く行く!」


 ポーラは全太を連れて、聖山キリへと林沿いの草原の道を進んで行った。

 道沿いには木柵に囲まれた赤レンガの家々が並んでいる。


「なあポーラ! あの赤い奴何だ? 喰っていいのか?」


「あれは村です。食べてはいけませんよ」


「喰ったらダメなモンって結構あるんだなあ」


「本当は魔物も食べてはいけないのですが……」


「嘘つけ! 滅茶苦茶美味かったぞ! 特にあのオークとかいうの……また出ないかなー!」


「そんな事より、今日は聖女アリエルに会いに行くのですから、失礼が無いようにするのですよ」


「聖女って喰えるのか?」


「食べられません! 前も言ったでしょう!」


「そんなカリカリすんなって。とにかく、そのアリエルって奴に会えば燻製肉くれるんだろ?」


「……もちろんです」


 世界の為に自分を捨てて戦うべき英雄が我欲で動くとは……。

 ポーラには受け入れがたかったが、全太の他に魔神ガオラスを倒せる素質を持つ英雄が見つからない以上、仕方ない。


 ――何としても、あらゆるまやかしを見通す力を持つ聖女アリエルを仲間に加え、全太が魔神ガオラスを倒せるように準備を整えておかなくては。


 聖山の険しい山道を登っていくと、やがて二人は神殿へと辿り着いた。


「よっしゃー! 燻製肉は俺のモンだぜー!」


 駆け出した全太を見送りながら、ポーラは重大な懸念に囚われていた。


 ――あらゆるまやかしを見通す力は……全太の下半身を覆うファントムハイドに対しても有効なのかも知れない。……もしそうだとしたら!


「待ちなさい全太!」


 叫んだ時には、全太は既に神殿の扉を開けていた。


「おーい! アリエルはいるかー!」


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ポーラは全てが遅かったことを理解した。

 アリエルの心眼はファントムハイドを打破してしまったらしい。

 そして……アリエルの網膜には全太のありのままの姿が完璧に投影されてしまったのだろう。


「許さない……全太……許さねええええええええええ!」


 まるで別人のように青い瞳に狂気の光を宿し、金の髪を激しく逆立てる聖女アリエル。彼女は閃光と共に衝撃波を放ち、神殿を跡形もなく破壊した。


「聖女であるこの私に醜いゴミ粒を見せつけやがって……絶対にブッ殺す……! ついでにこの世界も破壊してやるうううううううう!」


「落ち着きなさいアリエル! わざとじゃないのです! 本当に忘れてただけなのです!」


「おめえもブッ殺してやる乳デカ野郎! いっつも偉そうにしやがって! 大っ嫌いなんだよ何もかも! 殺してやる……何もかも全部! 殺してやるうううううううううううううううう!」


 アリエルは空に浮き上がり、目を大きく開け広げて、歯をむき出しにして顔を激しく歪めた。


 その鬼気迫る表情に、全太は不敵な笑みで返す。


「すげえ殺気だな! 久々に楽しませてくれそうじゃねえか! よっしゃ勝負だ!」


「私を舐めてんじゃねえ全裸野郎風情があああああああああああ! 死ねえええええええええ! 神羅万殺! インフィニティイイイイイイイイユニバースブレイカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 アリエルの大きく開け広げた口が光り輝く! 無限のエネルギーを持つ閃光が全太に降り注ぐ!


「よっしゃあああああああ! 来いアリエル!」


 全太は巧みな指捌きで崩壊点を突き、エネルギーを消散させていく。


「クソカス全太がああああああああ! 死ねえええやああああああ!!」


「うお! ちょっとヤベえな!」


 アリエルの吐き出す閃光がより一層強まると、全太はの表情は少しだけ焦りを見せた。


「こうなったら奥の手だ! 足の指も使ってやる!」


「私をこんな狭苦しい場所に閉じ込めやがって! 全員ブッ殺してやるわああああああああああああああ!」


「お前……やっぱ面白れえ奴だなあ!」


 全太は仰向けに寝そべりながらも両手と両足の指を目にもとまらぬ速さで動かし、エネルギーを消散させていく。


 そして閃光が途切れた一瞬の隙を突き、アリエルの背後へと回って飛び上がる。


「お前強かったぜ……! 俺が出会った中で一番な!」


 全太は組んだ両手を、渾身の力でアリエルの頭上へと叩き付けた。


「ガハッ……!」


 稲妻のような轟音の後、砂埃が激しく舞い上がった。


 やがて砂埃が消えると、聖女らしからぬ情けない格好で黒土にめり込むアリエルが姿を現した。


「……こ……ろ……ス……」


 アリエルはなおも物騒な事を呟いていたが、やがて静かになった。


「向こうから喧嘩売って来たし、この場合喰っていいよな?」


「ダメです!」


「えー! そりゃあないぜ!」


「とにかく人間を食べたらダメです!」


「冗談だって」


「…………」


「……あれ? どうしたポーラ? 元気ねえなあ?」


 ポーラは長いまつ毛を伏せ、顔を落としていた。


「私がアリエルの心眼の力を甘く見ていなければこんな事には……」


「良く分かんねえけど気にしなくていいと思うぜ」


「元はと言えばあなたが服を着ないせいですよ! アリエルは本来大人しい子なのです! ……そんな子があれほど暴れるとは……余程ショックだったのでしょう」


「そうか? あいつスゲー楽しそうだったけどな。俺も楽しかったぜ! 勝っても喰ったらダメなのは嫌だが、また戦ってみたいぜ!」


「適当な事を言うんじゃありません!」


「そんな事より燻製肉くれよお!」


「仕方ないですね……」


「うめええええええええええええええ!」


「とにかく……私はアリエルが心配なので看病しておきます。あなたは暫く山の麓で待っていなさい。目を覚ましたアリエルがあなたの姿を見て、また暴走したら困ります」


「おう。俺は動いて腹減ったし適当な奴でも喰ってくるぜ!」


 山道を颯爽と駆け降りて行く全太を見送りながら、ポーラは大きく息を吐いた。


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