3話 魔神の苦悩
無間奈落の奥底……その燃え滾るマグマの中空に、漆黒の巨大な魔神が浮かんでいた。
歪んだ角に禍々しい羽、その邪悪な黒い姿は正に魔神そのものだった。
「ガオラス様! 大変です!」
小さな羽をバタつかせ飛び込んできたのは、赤鱗の竜人だった。
「ゼルバ……我が眠りを妨げるとは……一体何用だ」
「四神将が全太とかいう英雄にやられました!」
「……え? マジで!?」
「マジです」
「えっと……流石に英雄に傷くらいは……」
「かすり傷も負わせられませんでした! 全員一瞬でバラバラにされて喰われました!」
「嘘だろ……」
四神将と同時に戦ったら、魔神ガオラスでも勝つのは厳しい。
そんな四神将に余裕勝ちしてしまう全太にガオラスが敵わないのは、火を見るより明らかだった。
「ちょっと……我もヤバいかも知れぬ……」
「まあ多分、全太はガオラスさんの10億倍くらい強いと思いますし、終わりですね。退職していいですか? 私食べられたくないんで」
「それには及ばぬ……来季の賞与には色を付けてやる事にしよう」
「基本給は?」
「それは……勘弁してくれ……」
「じゃあ辞めます」
「分かった! 2倍にする! いや3倍!」
「ふざけてるんですか?」
「10倍! 10倍でいいから!」
「約束ですからね」
「うむ……約定は必ず果たそう……」
「そのキャラ付け止めてください。うざいんで」
「……はい」
「そんな落ち込まれても困りますよ」
「……何か人件費増えそうだし、我は鉱石を探してくるとしよう」
「いってらっしゃーい」
ガオラスは顔を落としたまま、鉱石を探しに地の底の迷宮をうろつくのだった。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
山のように積まれた骸骨。その上で手当たり次第に魔物肉を貪っているのは、全裸の少年……全太であった。
「うめえええええ!」
「全太! 話を聞いてください!」
「島の外にこんなうめえ奴が一杯いるとはなあ! 島を出て良かったぜ」
「聞いているのですか全太!」
「はいはい聞いてる聞いてる」
そう言いながらも全太は骨のベッドの上に寝転がり、膨れた腹をさすった。
「いくら四神将を倒したからといって調子に乗ってはいけませんよ! 魔神ガオラスに今のあなたの力で敵う筈がありません! まずは心眼を持つ水の聖女を仲間にし……」
「……グーグー」
全太は目を閉じていびきをかいて眠ってしまっていた。
「いい加減にしなさい!」
「……んん? 折角眠ってたのに起きちまったじゃねえか……」
「あなたには英雄としての自覚が無いのですか! 今こうしている間にも魔神ガオラスの脅威は迫っているのですよ!」
「どうでもいいなあ……そんな事よりずっと気になってたんだが」
「何です?」
「ポーラは何で胸んとこに変な膨らみ付けてんだ?」
そう言いつつも全太はポーラの胸の膨らみをまじまじと見つめていた。
ポーラは腕で胸を隠しながら、思わず後退る。
「あまり見ないでください! ……これは……付けてるのではなくて最初から付いているのです! ……その……おっぱいといってですね」
「おっぱい?」
「女性の胸に付いている膨らみの事です!」
「良く分かんねえが、おっぱいってのが付いてるのが女性って奴なのか。そういや父ちゃんがそんな事言ってた気がするな」
「……あなたの父上は今どうしているのですか?」
「父ちゃんはすげえんだぞ。土でも岩でも何でも喰えるんだ! でもすげえ穴を掘って土を喰ってたら、そのまま穴の底から出て来なくなっちまったんだ……」
「それは辛かったでしょうね……」
「まあクヨクヨしててもしょうがねえ! 多分穴の底に相当美味くてデカい土が一杯あったから、父ちゃんは喰うのに忙しんだきっと!」
「…………」
「じゃあ俺は寝るぜ!」
そう言うなり、全太はすぐに目を閉じて安らかに寝息を立て始めた。
その寝顔は、年相応の少年の姿だった。
ポーラは異空間から掛け布を取り出し、全太に掛けてやった。
「こうして見ると可愛いらしいのですがね……」
「むにゃ……父ちゃん……」
ポーラは全太の寝顔に柔らかい微笑みを向けた。