1話 トラックを喰らう少年
浜辺の岩場に、ボサボサ髪の小柄な少年が座り込んでいる。
少年の名は全太。
その姿は、一糸まとわぬ全裸だった。
「腹減ったなあ……そろそろ飯にすっか」
そう呟くと、全太は砂浜の石ころを拾って上空へと投げつける。
石は見事ウミネコの頭に直撃した。
「よっしゃ! 俺の勝ちだ! 飯だああああああああ!」
戦って、勝った方が負けた方を喰らう。
それだけがこの無人島のルールだった。
そのルールに則り全太はウミネコの羽をむしり、肉に喰らいつく。
「うめえええええええええええ!」
ウミネコの肉はすぐに全太の胃袋に収まった。
「しかし量がちと少ねえなあ……熊が喰いたいぜ俺は」
全太の好物は熊肉だった。
しかし、全太が好戦的な熊を片っ端から食べていったので、今では全太に喧嘩を売る熊はこの無人島にはいない。
仕方なしに魚に戦いを挑もうと波打ち際へ進んだ全太は、突然立ち止まる。
その気配は、途轍もなく大きな殺気だった。
慌てて振り向くと、砂浜の向こうに角張った大きな箱。
箱は物凄いスピードで全太へと真っ直ぐ向かってくる。
「何だありゃあ!?」
全太はその妙な箱が何かは分からなかったが、自分を殺そうとしている事は即座に理解したようであった。
「上等だぜ! ぶっ倒して喰ってやる!」
衝突する全太とトラック。
その刹那、全太が指で崩壊点を突く。激しい衝撃音と共に箱はバラバラになっていく。
「よっしゃー! 俺の勝ちだ!」
早速崩れ落ちた箱の残骸を口に入れる全太だったが、
「何だこりゃあああああ! まじいいいいいいいいいい!」
絶海の無人島に、全太の叫びが響き渡った。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
数多の世界を管理する神々が住まう神域……その一角にある大きな神殿に、長い黒髪の妙齢の女性が頭を抱えて座り込んでいる。
「トラックが粉々に……そんな……」
苛立たし気に呟く女性に、羽を付けた天使が心配そうに声を掛ける。
「ポーラ様……どうなさったのですか?」
「859世界の英雄を召喚しようとしたのですが……英雄がトラックを破壊してしまったのです……英雄召喚は失敗です」
「英雄がトラックを破壊!? そんな話は聞いた事がありません!」
「……私も聞いた事がありません。前代未聞です」
素質ある人間に強い衝撃を与える事で神域へと転移させ、危機が迫る世界へと送り込む英雄召喚。今まで数多の英雄を召喚してきたポーラだったが、こんな事は初めてだった。
ポーラは思わず黒髪を掻きむしる。
その時、神殿に人影が入り込んで来た。
「――お前か! お前だろ俺に喧嘩売ってきやがった奴は!」
「キャアアアアアアアアアアアアア! 変態いいいいいいい!」
全裸の少年、全太だった。
全太の一糸まとわぬ姿を見るなり、天使は顔を真っ赤にして窓から飛び去って行ってしまった。
「この俺と闘ろうってんならいつでも相手になってやるぜ!」
「一体どうやってここに!? それにその格好は……」
「デカい箱が光から出て来るのに気付いたんだ。その光の方からお前の殺気を感じたから、飛び込んでみたらここに来たんだ」
「信じられない……トラックを介さずに転移など……」
「そんな事よりよお……俺に喧嘩売っただろ! お前!」
「喧嘩を売った訳ではありません……ただ英雄召喚には大きなエネルギーが必要なので……」
「訳分かんねえ事言ってんじゃねえ! 大体お前は何なんだ! 人間か?」
「私はポーラといいます。人間ではなく女神ですが、人間と体の造りは大体同じです」
「そっかあ人間なら喰えねえなあ。父ちゃんが人間は喰ったらダメって言ってたし」
「それより……どうしてあなたは裸なのですか?」
ポーラは眉根を寄せたまま、全太から目を逸らす。
いくら相手が十歳前後の少年とは言え、乙女なポーラにとって男性の全裸は少し刺激が強かった。
「裸が普通だろ。お前の方こそ何でそんな妙な布被ってやがんだ?」
全太はポーラが身に纏った白い絹の服を指さしながら小首を傾げている。
「これは服です! 人間は普通、服を着るのです! あなたも着てください!」
「嫌だよそんな暑苦しいモン誰が着るか!」
「――ファントムハイド」
ポーラが呟くと、白い靄が全太の腰を包み込んだ。
「うわっ! 何をしやがった!」
「この魔術を使うと、見えたらまずい物を見えにくくする事が出来ます。あなたの世界では、確かモザイクと呼ばれていましたね。そんな感じになるのです」
「はあ? 別に普通に見えるが?」
「心眼まで使えるとは……! 性格には難がありますがやはりあなたは最強の英雄になる素質があるようです!」
「英雄だとお?」
「そう……英雄です! あなたは英雄になって、全ての世界を混沌の渦に巻き込もうとする魔神ガオラスを倒すのです!」
「嫌だよめんどくせえ」
「『めんどくせえ』とは何事ですか! 314世界では魔神ガオラスが人々を苦しめているのです。力を持つ英雄の一人として、思う事は無いのですか?」
「何も思わねえな。ガオラスって奴が強いんなら、弱い奴が喰われるのは当たり前だろ?」
「…………」
ポーラの貼りついたような微笑みは消え去り、今やその唇はきつく結ばれてしまっていた。
「しかし、ガオラスか……うまそうな名前してやがんな。味の方はどうなんだ?」
「……味?」
「喰いモンで一番肝心なのは味だろ。次が量!」
「えっと……実は魔神ガオラスの肉は大変美味しく、その美味さは最も美味しい肉として名高いそうです! 量も大変多いです!」
ただのデタラメであった。
しかし、全太はものの見事に喰いついた。
「――何だと!? 本当か!?」
「全太さん。今一度頼みましょう。魔神ガオラスを倒してください!」
「いいぜ! そんだけ美味いならブッ倒して俺が喰ってやる! ガオラスがいる場所をとっとと教えやがれ!」
ポーラは小さくガッツポーズを決めたのだった。