5-2 「天衝く金の、嘶きは語りて」
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【Side:Elulu】
『何やら嬉しそうじゃの』
ライザが出掛けた後、少しでもエーテルの回復を試みようと瞑想をしていたところ、ふいにレーヴァの声が届きました。
膝の上に乗せていた石に視線を向け、わたしは、ほっと胸を撫で下ろします。
「よかった……。もう二度とあなたの声を聞けないのかと。もう少しで、わたしの数少ない友人が0になるところでした」
『数少ないどころか、友達ワシしかおらんのか……? 我が主様ながら、泣けてくるわい』
我が相棒ながら、傷口に塩を捻じ込んできますね。
「いいんですよ、友人なんて。特に今は放浪の身ですし、必要ありません。必要と思ったことも無いですし」
『拗らせとるのぅ。その割には、あの男といる時の主様は楽しそうじゃが』
「あの男?」
『ほれ、ワシや主様のような小さい女子好きな、ロリコンの』
「ああ、ライザですか……」
『はしゃいでいるように見えたがの』
「そんなことは……無いと思いますが」
あまり、自覚がありません。
よく分からないというのが本音です。
まだ、出会ったばかりですし。
仲が良いかどうかと言われると……どうなんですかね。彼は命の恩人であり、今は、わたしの目的の為に協力していただいている関係。
わたしとしては、信頼は出来る方という印象です。
『まあ、得てして当人には分からんものじゃろうて。特にお子ちゃまにはの』
達観したような、全てを見透かすかのようなその物言いに、わたしは少しむっとなりました。
「さすが、年の功。よくご存知のようで」
『おい、やめろ。ワシを年寄り扱いするな。ワシはまだほんの——いくつじゃったかの……もう覚えとらんわい……』
「まごうことなきお年寄りじゃないですか」
遺物である『彼女達』が製造されたとされるのが、少なく見積もっても数千年前とされています。彼女曰く、我々新人類に発見されるまでは休眠状態のようなものであったそうですが、製造年齢からみれば、人の寿命とは文字通り桁違い。彼女からすれば、うら若き乙女であるところのわたしは、確かに赤子も同然でしょう。
『それよりも——厄介なことになったのう』
ちょっとした雑談を終え、レーヴァが本題に入りました。
「そうですね。わたしが、彼を逃したばかりに」
『そこは言ってもしょうがないじゃろう。己を責めても時は戻らんし、強くなれるわけでもない。命があっただけでも勝ち戦じゃと、ワシは思うがの』
「頭では理解出来ますが……」
『であるならば、十分じゃろ。考えとしても理解出来んようでは、先は無いぞ。今考えねばならぬ事は、あの男の遺物にどう対応するかじゃな。はっきり言って、相性が悪い』
「ええ、まさしくわたし達にとって天敵のような遺物ですね。ペアリングが断たれると、エーテルの伝導も上手くいきません」
機械や遺物を稼働させる為の動力源であるエーテルは、我々の体内から物体へと伝導される際、その伝導率は70%程であるとされています。100のエネルギーを渡したとして、実際に機械の動力になるのは70ばかり。残りは全て余剰エネルギーとして失われます。
しかし、わたし達の場合は違いました。
人格を有する遺物の特性なのか、はたまたレーヴァ特有の機能なのか。わたしから彼女へと供給されるエーテル伝導率は、本来であれば不可能な100%を実現します。
それは、使用者と遺物の間で結ばれる、精神の共有に起因するものでした。レーヴァ曰く、感覚接続を利用して、お互いのエーテル波長を、彼女側で調整することによって為せる技とのこと。
故に、意識共有が阻害されるとなると、その利点は失われることになります。
デメリットとしては、稼働時間の減少と、威力の減衰。ただでさえ、“わたしのエーテル容量は人よりも少なく″、本来の稼働率では、大幅な戦闘力の低下は避けられませんでした。
『あの男は気付いておったようじゃが、先程の戦闘で、ほとんどエーテルを消費しておろう?』
「むぅ……」
それは、幼女化の弊害によるものでした。遺物により体が縮んだ影響か、″現在のわたしの体は″エーテル容量の低下に加え、また回復もしづらい状態にあります。
懸念は、次のアタックの際に、囮としてすらも機能できるかどうか。はたして作戦が通用したかった場合、どうするべきなのか。
選択肢は——少ない。
「いざとなったら、『奥の手』を使うしか無いかもしれませんね」
『素直に賛成はできんのう。今回はあの男という協力者もおるんじゃし、早計ではないか?』
「覚悟の話ですよ。いざとなったら、迷う事のないよう」
わたしの言葉に、レーヴァが老獪に笑うのを感じました。
ああ——これは説教が始まるな、と。
長年の付き合いから、分かってしまうわけですよ。
『くっくっ、覚悟——のぅ。便利な言葉じゃ。多分最高に便利な言葉じゃ。便利な言葉は、決してなくならないとはよく言ったものよの。主様、良いことを教えよう。いつの世も、民衆を無責任に煽動する革命家は、覚悟と決意という言葉を好んで使う。何故じゃか分かるか?』
真面目に考えるのもなんだか悔しいので、わたしはおどけることにしました。
「……さあ? 一介の美少女たるわたしには、ご立派な偽政者の志は分かりかねますね」
『覚悟と決意には、必ずしも『犠牲』が付き纏うからじゃよ』
「…………なるほど」
これはまた、随分とまあ、周りくどいお説教もあったものです。
『何かを為そうとする意志やよし。しかして、自己犠牲を厭わない人間は、当然のように他人にも犠牲を強い求める。そして、主様の悪い所は、その他者犠牲をも自己犠牲として取り込もうとする所じゃな。過度な犠牲精神は、いずれ己が身を滅ぼすぞ。気をつけよ』
「……分かってますよ。ええ、分かってます。分かっているつもりです。それに……何か勘違いしているかもしれませんが、わたしはそこまで善良な人間ではありませんよ。わたしからすれば、ライザの方がよっぽど——」
そこでふいに、時計が目に入りました。
「そういえば——遅いですね、彼」
既にライザが出て行ってから、2時間が経過していました。行き先は聞いていないものの、もう夜の帳は深く、少々心配になってきます。そんじょそこらのトラブルに巻き込まれたとしても、彼なら大丈夫だとは思うのですが……。
探しに、行くべきでしょうか。
でもなあ……と、わたしは天井を仰ぎ見ます。
大人しく待っていろと言いつけられている身であるわけですし。勝手に出たら最悪の場合、お酒を分けて貰えなくなるかもしれません。
それだけは避けたい。
でも、ライザのことは心配です。
「う〜」
わたしの中で、天使と悪魔が囁き合っておりました。
善なるわたし(美人)。
捜しに行くべきよ。大体、彼の身に何かあったら、どちらにせよ、お酒は手に入らないじゃない。
悪なるわたし(美人)。
行かなくてもいいわよ。言いつけ通りに待っていた方が絶対得だわ。何かあったと決まったわけではないのよ。それに、あのぐらいの年代の男性にとって、母親みたいに過保護な女は疎まれるわよ。
現なるわたし(美人)は、頭を抱えました。
ただでさえ、一度思い込んでしまうと突っ走ってしまう癖があるので、どうしても慎重にならざるを得ません。
頑張って考えます。
すぐに疑問が沸いてきました。
そもそも、先程は会話の流れでなんとなく流していましたが、何故にライザは、わたしに部屋で大人しく待機しているように言い付けたのでしょうか。
あの台詞は少なからず、わたしがこうして彼を捜しに出るべきかどうか、逡巡することを想定していたかのように思えます。
ということは、ですよ。初めから彼は、遅くなる、なおかつわたしに捜しに出てこられると困る、そんな用事を抱えていたということになりかねやしませんかね。
はたして、その用事とは一体……。
……はっ、まさか——!
えっちなお店!
えっちなお店なのでは⁉︎
聞き及んだことがあります。
男ってのは、生きる為に、無性に人肌が恋しくなる時があるんだぜ、と(クリフさん談)。
「………………」
いや、別にいいんですけどね?
ただ、さっきはかっこいいことを言っていたのになあとか。なんだか、面白くないなあとは思いますが。
何故だかは分かりませんが、なんとなく、そう思うのです。
とにかく、そういう訳ならば、大人しく待っているのが吉だと判断しました。
ゆっくりと瞑想をしつつエーテルの回復に勤しみ、彼が帰って来たら、晩酌を交わしつつお店の感想をこと細かに突いてみようかとか存じます。
しかして、わたしのそんな企みは、次の瞬間脆くも打ち砕かれることになりました。
突如として、凄まじい轟音が外から鳴り響いたのです。
「なっ——」
まるで大気が吠えるのような音、わたしは慌てて窓を開け放ちました。
遥か遠方で迸る、金色の光。
あれは、ライザの——?
闇夜を切り裂き、天を衝きながらも昇り続けるその様に、ただならぬものを感じた——その時。
ポケットの中で、単一的な電子音が鳴りました。
『よお、嬢ちゃん。聞いたか——いや、見たか?』
出ると、相手はクリフさん。わたしは今しがた目撃した情報を、頭の中で推測を混え整理しながら、頷きます。
「はい。まさかあれは——」
『アーサーと、嬢ちゃんの連れのにいちゃんだ。巡回してた警官が一部始終を目撃しててな、少し前に連絡が入った。事情は分からんが、アーサーとあのにいちゃんが交戦してる。アーサーの暴走化が著しく、状況は目一杯悪い」
「そうですか……」
やはり、そうなのですね。
エーテルを辿り、アーサーの居場所が分かると言っていた彼。一人で……向かったのですね。
わたしにこの部屋を出るなと言った理由が、今はっきりと分かりました。
何故なのですか。そんな疑問が、どうしても沸々と浮かんでしまいます。
わたしが、足手纏いであると判断した? それならばまだ正当であると思います。
それとも、別の理由——?
『場所は、街のエーテル炉がある遺跡区画だ』
「それは……不味いですね」
エーテル炉付近で遺物の暴走が引き起こされれば、大惨事にかりかねません。
エーテル炉とは、街全体に供給するエーテルを蓄積、施設のことです。太古の遺跡機構の一部を発掘、再生して利用されるそれらは、大抵の街における生命線とでも言える代物。
水道や病院などのインフラから、各家庭における生活用機械まで、現在の我々の生活には、機械が必要不可欠なレベルで浸透しています。それら機械を稼働させるエーテルが失われるということは、ライフラインが断たれるに等しく、それはまさに災害と形容すべき事態。
また、エーテル炉はそれ自体が、膨大な量のエーテルを蓄積させている機構です。もし外部からの要因により破損でもしようものなら、最悪の場合、制御を失い大爆発を引き起こし、未曾有の被害をもたらしかねません。
『そこで、嬢ちゃんに頼みたいことがある』
「……なんでしょうか?」
『先行してアーサーの元に向かい、足止めを頼みたい。俺が部隊を整え駆け付けるまでの時間稼ぎだ』
「承知しました。どちらにせよ、わたしには行かなければならない理由があります」
一人で行った理由を問い質すまでは。
通信を切り、端末をしまいます。
大きく深呼吸をしました。
大丈夫、問題ない。
わたしは平気です。
『ゆくのか?』
精神の繋がりにより、目ざとくわたしの心情を察知したレーヴァが言います。
「ええ」
間髪入れずに応じます。言葉に出さない覚悟と決意。
今度は、わたしが助ける番です。
そう決意し、部屋を後にしました。