下級官吏の独白
このインタビューでは、まずあなたが私に質問をする。そしてそれに対して私が個人としてどう思っているかをお答えする。それでよろしいですか?
ーーそうです。自由にお答えください。
録音はもう開始しているのでしたね。身を守るため、私も録音させてもらいます。
ーー構いません。ただし、録音したデータを商業目的で公表するのは我々の権利です。
それはもちろんです。録音が開始したところで、念のため一応確認させてもらえますか。このインタビューの内容は、私の所属と名前を伏せた上で雑誌に掲載されるということでよろしいでしょうか。
ーーその予定ですが、掲載を見送る場合もあります。掲載するかどうかは一ヶ月以内にご連絡いたします。
わかりました。結構です。では最初の質問をお願いいたします。
ーー昨今の疫病の中、あなたの組織では、働き方は変わっていますか?
大きく変わりました。在宅勤務の割合が増加し、庁舎にいる人は減りました。私のように、過酷な現場への出勤を命ぜられる人間もいますがね。
ーーそうですか。なぜそのような現場に?
個人情報保護の観点から、いかなければならない現場もあるのです。とても不満を抱いています。なぜ給料が変わらないのに、私は出勤なのだろうか、とね。
ーーそれは大変ですね。
ええ。ぜひ私の不満は記事に載せてほしいと思っていますよ。
ーーそういう話が、こちらとしても聞きたいのです。どうぞ続けてください。
では、遠慮なく。
我が社の中にも、上位部署と下位部署があります。私のいるところは下位部署。こういった状況で、我々はまるで盾です。現場で、感染のリスクが高い仕事を押し付けられているのです。具体的にいえば、感染者を収容するホテルの案内の応援に駆り出されたり、応援でないときは2平米程度の小部屋に押し込まれ、5人で作業したりしています。まさしく、三密なのです。もちろん毎朝満員電車にも乗っています。
しかし、きっとこの頑張りも、評価されることはありません。下位部署だから、です。
ーーそれは大変、怒りを抱かれるのも無理はないことですね。
私もそう思っています。
いま、私が望むことは感染拡大です。
ーー拡大ですか?
ええ、拡大です。不謹慎ですし、大声ではとても言えませんがね。
ーーどうして拡大を望まれるのですか?
私は元々が、大変感染リスクの高い仕事をしています。私にとっては、感染のリスクは現時点で最大。これ以上感染率が増えても一番危険なところにいるのは変わりないのです。
ーーそうでしょうとも。
ということは、感染が拡大した場合のデメリットはありません。元々が危険なのですから。となれば、感染は増えてくれた方がいい。
ーーデメリットがないことはわかりました。しかし、感染が増えた方がいうのはなぜですか?
感染が増えて、私の身近で感染者が出たとしましょう。私も上位部署の方々のように在宅勤務させてもらえるかもしれない。または、在宅勤務でないにしても、危険な現場に果敢に立ち向かったという実績を得ることができるかもしれません。
ーーなるほど。確かにそう言えるかもしれませんね。
さらにいえば、上位部署や上層部に死者が出たとします。そうすれば、ポストが空きます。これは大きなメリットです。
ーー死者が出ることすらメリットになってしまうのですね。
ええ、その通りです。無論、倫理的とは言えません。下衆な考え方でしょう。しかし、倫理を抜きにすれば、もはやデメリットはなく、メリットは大きいと言わざるを得ないのが現状なのです。
ーーそうですか。
とても人道からは外れたことを言うことになります。私は感染が拡大し、さらには死者が発生することを切に願ってしまいます。しかし、こう考えてしまうのは私が悪いのではないとも思う。仕組みがよくないのです。
すでに現場で戦っている人間を評価する仕組みがないことがおかしいと、私は声を大にして言いたいです。現場で戦うことが、評価されるならば……感染拡大による評価アップや在宅勤務の実現といったメリットは、縮減されます。現場で戦えば、危険でもその分評価される、というメリットが生ずるわけですから。感染が拡大せずとも現場が評価されるなら、感染拡大などしなくてもいいです。私なら、在宅勤務より現場に出る方が評価されるというのであれば、在宅勤務などしたくないです。評価がほしいものですから。そうであるなら、もはや感染拡大のメリットは大きくないと言えるでしょう。
ポストが空く、というメリットは残りますがね。
ーーなるほど。あなたが感染拡大にメリットを感じてしまうのは組織の評価体制が悪いということですね。
その通りです。今の私は、感染拡大を願っています。死者の発生を願っています。こんなこと私だって考えたいわけではない。しかし、感染拡大こそ、私にとって最もお得な事件なのです。
ーーそうですか。ありがとうございます。続いて、2番目の質問に移ってもよろしいでしょうか。
雑誌に掲載されることとなったのはここまでだった。