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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミリオネア・ジョーカー

作者: 亞丸 賀歯

初投稿です。つたない作品ですがよろしくお願いします。

七月の下旬、その日は珍しく曇りだった。市街地から少し離れた場所にある刑務所の外で、俺はあるが来るのを待っていた。

「牧村、出て良いぞ。」

高く厚いコンクリートの壁にある扉が開き、覇気の無い表情をした女が一人現れた。

髪はこざっぱりしたショートカットで、安物のTシャツとジーンズを身につけていた。

「どうした・・・出所がうれしくないのか?」

「いえ・・・そんなことはないですよ」

ウソをつくなよ、と心の中でつぶやく。ムショの中に居たときと表情がまるで変わっていないじゃないか。

「ほら、お前タバコ吸ってただろ。出所祝いだ。・・・特別だぞ?」

胸ポケットから出したタバコとライターを渡してやったものの、表情は変わらない。

「なんであたしなんかに・・・」

「お前、模範囚だったろ。ご褒美だと思え。」

「・・・ありがとうございます。」

ぺこりと頭を下げると、女は市街地の方へ歩いて行った。

「先輩いいんですか?あんなことしちゃ駄目でしょうに」

後輩の刑務官が心配そうに聞いてくる。

「・・・あいつ、全くと言っていいほどトラブルも起こさずに黙々と過ごしてたろ。それが逆に気になってな、色々と調べたんだ。」

「いきなりなんです?」

「6歳の時に新築の実家が火事になり両親は死亡。それを皮切りに幸せなことが起こるとすぐにそれがブチ壊される。その繰り返しの人生だった。」

「そんな人生のせいで色々と歪んで会社の金を横領、逮捕された訳ですね。なんだか可哀想だなぁ」

「・・・ムショじゃあおとなしくしてたし、ここからマトモな人生歩んでほしいけどなぁ」

先が永くない老犬のように歩く牧村を見て、俺はそう呟いた。


あたしはタバコを吸いながら、刑務所に入る直前の出来事を回想していた。

社長の息子さんが横領をやらかした、申し訳ないが罪を被ってくれ。

係長からこう言われたあたしは、二つ返事で「いいですよ」と答えていた。

あっさりと快諾したせいか、彼は不安そうな顔で「本当にいいのかい?」と聞いてくる。

「自分の人生は、幸福な事が起こると不幸がそれを塗りつぶしていくことの繰り返しでした。恐らく生まれつき幸せになる資格が自分にはないんじゃないか、と思うようになって、そこから夢も目標も何一つなくなってしまいました。何もない自分が不幸を被れば、会社の皆を守れる。素晴らしいことじゃないですか。」

そう言ったあたしを、課長は異物を見るような目で見ていた。


市街地に向かって歩いていると、突然黒塗りの高級車が私のそばに止まった。

「牧村様ですね。」

パンツスーツでサングラスをかけた女の人が、車から降りてきてこう言った

「・・・どなたですか。」

「私はマスターからの使いです。貴方様に『ゲーム』の参加状を渡すよう仰せつかっております。」

知らない単語が出てきて余計に困惑する。ゲーム?何故あたしが参加者に?

「これは参加状と前金の50万円です。優勝すれば100億円がもらえます。」

そう言って黒い封筒を渡してくる。

「ちょっと待ってくださいよ!ゲームってなんですか!?ルールは!?」

「マスターからはこれ以上説明するなと言われております。では」

「待って!」

引き留めようとする私を無視して、女の人はどこかへ行ってしまった。

「・・・なんなんだったんだよ」

そうつぶやくと、周りに人が居ないことを確認して封筒の中身を見る。

中には確かに結構な額のお金が入っていた。そして・・・

「なんだこれ?」

トランプカードが一枚入っていたのだ。

カードにはシャボン玉が二つ印刷されていた。両端には2の数字とダイヤのマークが印刷されていた。

「シャボン玉がマークなのは珍しいよなぁ・・・」

さっきの説明だとこれが「参加状」なんだろうけど・・・一体どういうゲームなのだろうか

トランプは後々考えるとして、私はお金のほうに目を移す。

とにかくまとまったお金が入ったのは大きい。前科者は職にも家にも苦労するだろうし。今後の生活に安心感が出る。

「今後の生活、ねぇ・・・」

これからどうしたいか分からない自分がそんなことを考える資格があるのだろうか。

空を覆う雲に、同じ色をしたタバコの煙が吸い込まれていった。


駅の近くに来ると、平日の昼間なのに結構な人で溢れていた。主に学生が多い。

「そういえば今は夏休みか」

自分と世間のズレを確認していると、ベンチに腰掛けている女の子を見つけた。

中学生くらいだろうか。黒髪のロングで、無地のTシャツにジャージの短パンをはいていた。

それ以上に目を引いたのは-ーー

「私と同じ・・・封筒・・・?」

偶然かも知れないが、似たような黒い封筒を手に持って眺めていたのだ。

女の子はその中からおもむろに1万円札を持ち出した。そして・・・

あろうことか、それをナナメに折ろうとしたのである!

「待ちなさーい!」

慌てて止めに行く。声に反応した女の子がこっちを向き、「わたし何も悪いことしてないよ?」っていう目で見てくる。

「お札を折っちゃダメでしょうが!」

「おさつ?」

「ちゃんとお財布に入れておきなって!」

「お財布?」

「持ってないの?ほら、ポケットの中に・・・」

「ポケット?」

・・・しばらく話してズレに気が付いた。この子、もしかしてお金もお財布もポケットも知らないのか・・・?


「お金っていうのはね、いろいろなものと交換できるとても貴重なもので・・・」

「でも紙だよ?」

一緒に歩きながら女の子に説明する。しかし、あまり納得してもらえていないようだ。

身の回りにあるものでも、全く知らない人に一から説明するって難しいなぁ。

「と、とにかく!貴重なものだからあまりキズつけちゃダメだよ!」

「・・・」

黙ってしまった。しかしお金も財布もポケットも知らない中学生とは・・・

「そういえばあなたの名前は?」

「・・・マリ」

「私は秋子。牧村秋子だよ。」

その後もマリに家とか親御さんについて色々聞いてみたが、どうも要領を得ない。

とりあえずそこらへんの問題は置いておくことにして、あたしは封筒について聞いてみることにした。

「その袋にさ、お札の他にもっと小さい紙が入ってなかった?」

「これ?」

「そうそう!それそれ」

カードを見ると、両端にはスペードとAの文字、そして真ん中には---

「ダビデ・・・像?」

美術の教科書で見た、屈強な肉体を持つ青年の像が印刷されていた。

「これってなんなの?」

「いやぁ私にもよく・・・」

答えようがなく困惑していると、

「待てやゴラァ!」

ドスのきいた声がこちらに聞こえてきた。

後方を見ると、メガネをかけたおとなしそうな女子高生が、髪を染めたガラの悪い不良達に追われていた。


「あれはなんなの?」

「悪い人達だよ・・・多分。」

マリにそう言いつつ考える。警察に通報するべきか・・・そう思ったが携帯を持っていない。

どうしようか思案していると、ゴミ捨て場にあった物干し竿が目に入る。

「これだ!」

建物の陰に身を潜め、標的が来るのを待つ。マリも一緒に後ろに隠れた。

「何をするの?」

「ちょっと静かにしててね」

メガネっ娘が通り過ぎた。今だ!物干し竿を路上に差し出す。

「コラ待たねぇか・・・ってオイ!」

先頭の不良が驚いて転び、ドミノ倒しのように後ろの不良も続く。

その様子にビックリしたメガネっ娘がしりもちをつき、持っていたカバンを落としてしまう。

カバンを取った私はメガネっ娘の肩を貸し、マリに

「行くよ!」

と叫んだ

「オラ!何してんだお前!」

罵声を背にあたしたちは、方向も分からずひたすら駆けていった。


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・大丈夫?」

不良達の姿が見えなくなったところで、あたしはメガネの彼女にそう尋ねた。

「はぁ・・・はぁ・・・あ、ありがとうございました・・・そ、その・・・」

「?」

「カバンを・・・」

「あっ!ごめんね!」

彼女にカバンを返し、あたしは一緒に走ってきたマリの方を見る。

「すごいねマリ・・・息一つ上がってない」

「これくらい平気だよ?」

こっちは長年ニコチンが呼吸器を蝕み続けてきたせいでだいぶ限界なんだけどな・・・

ふと横を見ると、大型ディスカウントストアがあった。パーティーグッズとか沢山売ってる場所だ。

「そうだ、ここに寄ってこう」

「ここに?」

「お金の使い方だよ!実際に見れば手っ取り早いでしょ!」

「お金・・・?使い方・・・?」

メガネっ娘が不思議そうに聞いてくる

「あなたも付き合う?」


「そんなことがあったんですね・・・」

先ほど助けた女の子ー名前は根津さんというらしいーにあらかた事情を説明すると、そんな反応をされた。

一応「ゲーム」のことは伏せておいたけど。

「家出してきたのかなぁ・・・何も知らなすぎるのはヘンだけど。」

「あの・・・もしよろしければ私が警察署まで連れて行きましょうか?」

「えっ!?いいの!?」

「はい!こんなことでしか恩返しできませんが・・・」

「いや助かるよ!ありがとう!あたしこの辺の地理に詳しくなくってさ・・・」

根津さんに感謝する。いやぁ助かった。安堵したあたしは周りを見渡す。

「好きなものを選んできて良いよ」マリにそう言うと、売り場にすぐ消えてしまった。

どこに行ったんだろう・・・目をこらして探していると、腰のあたりをつんつんとつつかれた。

振り返ると、鼻とちょび髭のついたパーティー用のメガネに、金髪ロングのカツラをつけたマリが佇んでいた。

「ぷっ・・・あはは」

マリはなにがおかしいか分からないようで、笑うあたしと根津さんを不思議そうな顔をして眺めていた。

彼女は他にも何か手に持っているようだ。ヘアピンと・・・トランプと・・・シャボン玉セット?

「これ、私たちのと同じ?」

マリがトランプカードを手に持って聞いてくる。

「そうだね。私たちのは一枚づつしかないけど、こっちには53枚入ってるんだよ。」

「私たち・・・の?どういうことですか?」

「い、いやぁ!なんでもない!こっちの話だから!」

根津さんに聞かれ、慌ててそうごまかした。

「これ、どう使うの?」

今度はシャボン玉セットを掲げて尋ねてくる。

「じゃあ・・・これも実際に見てみようか。レジに行こう。」

持ってきたものを全てカゴに詰めてレジに向かい、会計をして貰う。

「◯千円になりますー」

おつりをもらってマリの方に振り返る。

「お金はこういうことが出来るんだよ。」

「・・・分かった。」

レジ袋を抱えて、マリはそう言った。


あたし達3人はベンチに腰掛けた。マリに対してシャボン玉の実演をするためである。

ストロー状の器具をシャボン液につけ、息を吐き出す。シャボン玉が数個、宙に浮かぶ。

「おぉ~・・・」

「懐かしいですねぇ」

感嘆の声を上げるマリと根津さん。

「もっと沢山出せる?」

マリが無茶を言う。仕方ない。今度は勢いよく吹いてみるか。

「ふーっ!」

シャボン玉が沢山現れる。数十個ほどはありそうだ。

「すごい・・・」

「きれいですね・・・!」

確かにすごい。・・・でもこれ何かヘンじゃないか?

シャボン玉を注意深く観察していると、奇妙なことに気付いた。

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細胞分裂のように増えていく球体に恐怖を覚えた時、シャボン玉は次々と消えていった。

「なんだったんだろう・・・」

そういえばあのカードにもシャボン玉が印刷されていた。なにか関連性があるのだろうか。


「それじゃあマリをお願いしますね。」

「はい!わかりました!」

自分もついて行きましょうか、と提案してみたものの、「秋子さんにこれ以上迷惑をかける訳にはいきませんから!」と強く断られてしまったため、根津さん一人に任せることにしたのである。

「じゃあ・・・くれぐれも気をつけてね。」

マリにそう言うと、

「アキコ・・・これ」

店で買ったものを渡される。

「いや・・・マリが欲しいものを選んで買ったんだし・・・」

「でもアキコのお金で買ったものでしょ?お金は大事なんじゃないの?」

言葉に詰まる。持ってても邪魔になるから、という本音は言えない。

「じゃ、じゃあさ、せめてこれだけでも・・・」

レジ袋からヘアピンを出し、マリの長い髪につける。

「ね、これでいいかな?」

「うん・・・ありがとう」

マリはすこしはにかんだ。もともと整った顔をしているのもあってか、なかなかキレイだった。

「じゃあ・・・アキコも。」

マリはそう言って、あたしの短い髪にもう一個のヘアピンをつけてくれる。

「ありがと。」

マリはうれしそうに頷くと、根津さんと一緒に去って行った。

連れ添う二人の後ろ姿を見ながら、あたしは今日あったことを思い返した。

ちゃんと親御さんのもとに帰れるといいなーーーそう願って今日の宿探しに向かった。


「てめぇ今度はぜってぇ許さねぇ。二度と歩けねぇ体にしてやる・・・!」

人気の無い路地で、先ほどの不良達がマリと根津を取り囲んでいた。

「・・・わざわざ人気の無いところに誘い出してくれてありがとう」

なぜかそんなことを言う根津。

「あぁ!?何言ってんだオラ!」

殴りかかろうとする一人の不良。しかし

「ふうっ」

根津が彼に息を吹きかける。するとその体は・・・

「なっ・・・どういうことだ!?」

「む・・・村上が・・・シャボン玉になっちまったぁ・・・!」

さっきまで村上だったものがふわふわと飛んでいく。その向こうでは、邪悪な笑みを浮かべた根津が佇んでいる。

彼女の指にはトランプカードが挟まれていた。ハートの2が両端に、真ん中にシャボン玉が印刷されていた。


「参ったな・・・」

思わず独り言が漏れる。今日はどこの宿泊施設も満室で予約が取れないらしい。

「最悪ネットカフェか・・・」

もう少し探してみようか、と思った矢先、

「!」

ふと路地の奥を覗くと、先ほどの不良達が倒れているのを目撃した。

「大丈夫!?しっかりして!」

「お・・・お前は・・・さっきの」

「誰にやられたの!?」

「ね・・・根津だ・・・」

「ウソ・・・!?ありえない!彼女一人でどうやって!?」

不良達からいきさつを聞く。信じられないことでいっぱいだ。なにより私と同じトランプを持っていたことだ。彼女が「ゲーム」の参加者だったなんて・・・!

「そういえば・・・君たちはどうして彼女に追われていたの?」

「あいつ・・・俺らのダチ・・・ケンジに変なクスリ売りつけてたんだよ・・・!」

「!?」

「ケンジのやつ・・・受験で悩んでて・・・クスリを飲んでから人が変わったようになっちまって・・・!」

「そんな・・・」

「ケンジはサツの世話になって退学しちまった・・・でもあいつは市のお偉いさんの娘だから罰を受けてねぇ・・・!だからせめて俺らでシメてやろうとしたんだけどよ・・・ちくしょう・・・!クソがっ・・・!」

涙を浮かべて語る不良達を見て、あたしはとてつもない間違いを犯したことに気付いてしまった。

「・・・一つ聞いて良い?彼女と一緒にいた中学生くらいの娘がいたでしょ?どこに行ったか知らない?」

「分からねぇ・・・」

「どこかそいつが悪いことに使ってそうな場所とか!」

「そういや・・・街外れの廃工場をヤクの取引に使ってるってウワサがあるな・・・」

「場所はどこ?工場の間取りは?入り口の数は!?」

まくし立てるあたしに、不良達が言葉を返す。

「おい!まさかあの娘を取り返そうとしてるのか!?あいつはバケモノだぞ!勝てるわけがねぇ!」

「・・・あたしはどうなってもいいんだ。でもーーー」

ヘアピンを付けてもらった時のマリの顔を思い出した。

マリを助けられるのもあたししかいない、そんな思いが自然と心に満ちる。

雲の切れ間から太陽が顔を覗かせ、地上に一筋のオレンジ色の光が注いでいた。


「ネヅお姉ちゃん、ここって『けいさつしょ』なの?」

廃工場に連れてこられたマリがそう呟く。窓は少なく、照明器具もないせいか薄暗い。入り口の引き戸からは、暗い夕日が差し込んでいた。

「・・・マリちゃん、さっきトランプカード見て『私たちと同じ?』って言ってたよね?」

根津がそう聞いてくる。

「マリちゃんが持ってるカード・・・見せてくれないかな?」

マリが封筒からカードを出す。

「これ?」

「スペードのAね・・・ありがとう」

そう言った根津は、不良達にしたときと同じ笑顔を浮かべ、マリに息を吹きかけた。がーーー

「!?」

それと同時に根津がマリに突き放され、壁際まで飛んでいく。本能的に危険を察知したらしい。

しかし攻撃は回避できなかったようで、シャボン玉となったマリが宙に浮かぶ。

「痛たた・・・すごいパワーね・・・」

シャボン玉は空中でパチンと割れる。すると、突如虚空にマリが現れる。

「!??!?」

何が起きたか分からないまま落下するマリ。そのまま地面に叩きつけられる。

「あ゛ぁ゛っ・・・」

痛みに悶えながらもなお、這って外へ逃げようとする。しかし

「ダメじゃない」

そういって耳元に息が吹きかけられる。先ほどと同じように宙に浮かび、割れ、落下する。

先ほどと違うのは・・・背中を上にして落下したマリの腹部に、根津のヒザが待ち構えていたことだった。

「がはっ・・・!」

うめき声を上げるマリ。そこに、マリのカードを持った根津がやって来る。

「あなたのカード・・・恐らく身体能力を強化するタイプのカードね。でも何故か私が使っても効果は無いみたい。」

何か他に条件があるのかしら・・・そうつぶやきながら先ほどの拷問を繰り返す。

「うぅっ・・・」

「他人のカードを使えたら、今後色々とラクになりそうじゃない?奪うには持ち主を殺す必要があるのかしら?でもそれで使えなくなったら困るし・・・」

物騒な独り言をつぶやく根津。

「ア・・・キ・・・コ」

「あの人が来るはずないでしょう。あなたとだって今日あったばかりの仲でしょうに。」

そう言ってマリをもう一度シャボン玉にする。しかしその時、根津はある異変に気付いた。


「シャボン玉が・・・2つ?」

1つしかないはずのシャボン玉が2つに増えていた。そして次の瞬間ーーー

「!?」

シャボン玉が2つ4つ8つ・・・分裂を始めたのだ!

「これは・・・!」

みるみるうちに増殖する大量のシャボン玉。マズい、これだとマリのシャボン玉がどれだか分からなくなってーーー

「なんて言うとでも思ったんですか?」

懐から取り出したナイフを、工場内に入ってきた牧村に向けてそう言い放つ。

彼女は根津まであと3mというところまで来ていた。入り口と反対の場所にあるドアが開け放たれていた。

「シャボン玉を増やす能力ですか・・・『初見なら』、こけおどしに使えるでしょうねぇ。裏口の存在は不良共から聞いたんでしょうか?」

根津が視線を向けた先には、入り口とは反対の壁にあるドアが開け放たれていた。喋る根津と動けずに佇む秋子をよそに、シャボン玉はなおも増殖を続ける。

「悪あがきはやめて下さいよ。マリちゃんがどうなってもいいんですか?」

既にシャボン玉が割れ、床に落ちたマリの方へ向かう根津。ナイフは秋子に向いたままだ。

その足取りは勝利を確信したかのように、ゆっくりとしたものだった。

「・・・マリのやつは割れたのに、あたしのはいつまで経っても割れないよな。」

秋子の声に足を止める根津。確かに膨大な数のシャボン玉が宙に浮いている。

「・・・何が言いたいんですか?」

「あたしの能力は増やすだけじゃない。」

「まさか!」

「弾けろ!」

秋子がそう叫ぶと、一斉にシャボン玉が割れる。

そして、灰色の煙が倉庫中に満ちた。


「ゴホッ!ゲホッ!」

根津は煙を吸い込んでむせていた。この匂いはーーータバコか?秋子の能力はシャボン玉の中に閉じ込めた気体も増やせるのか?やられた!

倉庫の中が薄暗いせいで、シャボン玉の中身にまで気付かなかった。

秋子の能力を、増やすだけと決めつけてしまっていた。

勝利を確信したせいで、マリをすぐに確保しなかった。

「逃げろ!マリ!」

秋子の声で正気に戻る。しくじれば終わりだ!ここから逆転してやる!

マリはどこから逃げる?「逃げろ」としか言われていない状態なら・・・最初に入ってきた引き戸の表口だ!

その方向を見ると、夕日に照らされ、長い髪をたなびかせて走る影があった。

が、外に出たせいかすぐに見えなくなる。

すぐに表口の方へと駆け出す。身体能力が高いとは言え手負いだ。追いつけない保障はない!

必死に走った。逃がすな!追え!

扉にさしかかったその時ーーー

「いだっ!?」

足首に激痛が走る。次の瞬間、根津の体は地に伏していた。そして何者かにのしかかられる。

何が・・・何が起こった・・・?混乱しているうちに、両手がガムテープで縛られる。

息を吹きかけようと、全力を使って仰向けになる根津。しかし、とたんに口の上からガムテープで封をされる。

能力を・・・封じられた。ゆるやかな絶望の中、根津は自分にのしかかった相手の顔を見た。

激しい運動のせいかカツラがずれた、秋子の姿がそこにはあった。

・・・完敗だ。

力が抜けて横を向いた根津の横には、物干し竿が転がっていた。


数日後、あたしは駅のホームで電車を待っていた。

根津は違法薬物を所持していた現行犯で逮捕された。流石に親の威光も効かなかったらしい。

ちなみに持っていたカバンの中に薬物は入っていたらしい。だからあんなに焦ってたのか・・・

村上君達にはものすごく感謝された。本来はこっちが謝らなきゃいけないくらいなのに・・・なんだか申し訳ない気分だった。

マリのケガは特に問題無いらしい。本当に良かった。今度こそ家族の元へ帰れるといいけど・・・

電車が来たので乗車する。車両は空いていたため、簡単に座れた。

まもなく、発車しますーーーそんなアナウンスが聞こえてきたとき、列車に乗り込む一つの影があった。

マリだ。こっちに向かってきて、隣に座ってくる。

「どうして・・・」

思わずそう尋ねる。

「アキコについて行きたくなったから。」

しれっとそう答えるマリに、私は焦る。

「いやいや私は大した人間じゃないし、前科者だし・・・家族のもとに行った方がいいよ。」

「アキコじゃなきゃいやだ。アキコがいいの。」

テコでも動かなそうなマリを見て、あたしは説得をあきらめた。

「・・・好きにしていいよ」

「そういえばアキコはどうするの?」

マリが聞いてくる。

「・・・根津が能力を使って、マリや村上君達をあんな風にしてたでしょ」

「他にも沢山カードがあるなら、そうやって悪用してるやつも沢山いると思うんだ。」

「あの時、『マリを助けたい』って確かに思った。自分の能力で人を助ける。これがあたしのやりたいことなんだ。」

「これから色々な場所を回る。そして『ゲーム』が終わるまで、助けるために戦い続けたいんだ。」

思わず熱く語ってしまった。マリは終始無言で聞いてくれた。

「・・・あたしも一緒に戦うよ。」

マリがそう言う。

「ダ、ダメだよ!未成年が戦ったら!」

「やだ。アキコの役に立ちたい。」

「だからダメだって!ああもう!強情だなあ!」

口論するあたしたち。窓の外では、雲一つ無い日本晴れの空に、太陽がさんさんと輝いていた。

同じ内容での連載を計画しています。なにか気になった点等ありましたらご意見いただけるとうれしいです。

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