第三話
船が動き出すと同時に、先程の黒人の船員が、何やら大声でわめき始めた。あちこち視線を動かしながら、乗客全員の顔を確認するように何か訴えているようだが、日本語でも英語でもない言語で叫んでいるため、内容が理解できない。それでも、耳をそばだて、よく聞いてみると、「パロマカ、パルマ、パルマロ!」と必死の形相で訴えていて、まるで悪魔でも呼び出す呪文のようだ。周りの乗客たちも、まるでそれを不可解に思っていないようで、あろうことか、そのリズムに合わせて、「バ、バ、バ!」と右手を突き上げながら呼応していた。
私はその恐ろしげな状況の中で、自分はどうすればよいのかと、びくびくしながら、辺りを見回していたが、友人は、「これから点呼が始まるんですよ」と落ち着いた口調で教えてくれた。私が点呼とは何のことかと聞き返すと、「俗に言う『偏差値点呼』ですよ。パロマというのは学術用語で『自信があるので言わせてもらうが』という意味です。あなたもパロマの後に自分の頭脳偏差値を付けて答えてください。しかし、間違っても嘘はいけません。嘘をつくと、船からたたき落とされますよ」と忠告してくれた。
俗に言うも何も、今まで旅行の最中に偏差値点呼などされたことがない。しかし、時間も無いので、頭脳偏差値とは何かと友人に聞いてみた。それに対して、友人は眉間にしわを寄せながらも、長々と熱心に説明してくれた。それによると、頭脳偏差値とは小・中・高校の合計偏差値を二で割って、人格値や大学偏差値などを付け足したものだという。
やがて、船員たちの鐘の合図で点呼が始まると、乗客たちは、端から順番に「パロマ169」「パロマカ171!」などと、右手を突き上げながら、一定のリズムに乗って答えていった。ついに、私の番が来たのだが、いまさら自分の知能偏差値など知るはずもない。大体、卒業して数十年は経っている小学校時代の偏差値や人格値など、どうやって求めればいいというのか、算出の方法がさっぱりだ。仕方がないので、てきとうに「パロマ161」と少し苦笑いを浮かべつつ答えておいた。少し声が震えてしまったので、隣に座っていた友人には嘘だと気づかれてしまうかと思ったが、意外なことに、彼は私の方を見ることもなく、何も言ってこなかった。しかし、しばらく経った後、私の耳元に顔を寄せ、「どうせ、後でばれますよ」と、冷えた声でぼそっと告げてきた。
それにしても、あれだけ派手に点呼をやらせておいて、船員たちはメモを取った様子がない。いったい何の意味があるのか。それとも、乗客のそれを全て暗記してしまったのだろうか。その後は船内でこれといったイベントはなく、航海は六時間ほどで終わり、前方に真っ黒な島が見えてきた。その港に近づくと、船は着船する場所を探すようにゆっくりと旋回し、碇が降ろされた。
乗客たちが船から降り始めたので、私たちもそれに続き、海岸に降り立った。船から降りてみると、なるほど、そこは島だった。周りを見回しても、延々と続く岩壁と海しか見えず、内陸は風が吹きすさぶ荒れた原野だった。きれいな建物や緑などは一切なく、何とも心細い。
船はあんな幼稚な形をしているが、ごつい音を鳴らしながらも、常時かなりのスピードを出していたようなので、相当遠くまで来ているということはわかっていた。船内では理論発表会が行われるのは海岸で水着美女が戯れているような、華やかな南洋の島ではないだろうかと考えていたのだが、どうやら予想は外れたようで、着いた途端にえらく寒いし、海沿いには人影もほとんどない。そこで、「ここはどこだい」と友人にさりげなく尋ねてみると、「う~ん、口で説明するのは難しいようだが、まあ、簡単に言うと、『仕事や遊びで来るような場所ではない』ということだよ」といった答えが返ってきた。私のような俗物では、しばらく考えないと理解できないような不可解な説明だったが、ここまで来て『帰りたい』ような素振りや動揺を見せるわけにもいかないので、とりあえず、「ほう、そういうものかい」と堂々とした口調で相槌を打っておいた。
さて、乗客たちのほとんどは我々より先に降り立っているのだが、彼らは前方で一列に並び、何かを待っている様子だ。島に降り立つのに旅券の検査でもあるのだろうか。近くに寄っていって見てみると、その列の先頭で、この島の島民らしき数人の男たちが、乗客たちの頭に不気味な機械を近づけ、身体検査をやっているのだ。
「連中はどうしたんだ。今度は放射能値でも測定する気なのかい?」
私がほくそ笑みながら、多少の嫌みを含んで尋ねると、「ああ、あれがほら、さっき各々が申告した人間偏差値の真偽を測定する機械だよ」と、友人は尖った眼鏡の下で目を光らせながら答えた。
「自分はさっき、船内の点呼で、突然順番をふられたから、いい加減なことを言ってしまったが、大丈夫だろうか。ばれやしないかな」
「そうだなあ、確か前の開催の時、申告した偏差値と実際の数値に大幅なずれがあった男がいて、その男は頭に参考書を縛り付けられたまま、海に沈められてしまったということだったが、しかしまあ、祈るしかあるまいよ、こればっかりは」
やがて、我々の番がきて、島民の一人が、「ゲハマパロカ」などと言いながら近づいてきた。その島民は私の頭に円錐状の鋼鉄製の測定器を押しつけた。その機械はとてもひんやりとしていて、皮膚に触れるとブイーンという音を発した。この瞬間に脳波が測定されているのかと思うと気分が悪かった。しばらくすると、値が出たらしく機械からチ~ンという音が聞こえた。島民は数値を確認するなり、「ぎゃおー157!」という叫び声を発し、奇怪なダンスを踊り始めた。
私の偏差値に申告と4つのずれがあったのだ。その男の踊りを見て、他の島民たちが、わさわさと集まってきてしまった。どうやら私の処遇について、これから協議をするらしい。とんでもないことになってしまった。まったくこちらの話も常識も通じないし、今後の展開によっては処刑されてしまうかもしれない。こんな得体のしれない島で行方不明になるのはまっぴらだ。私は土下座して許しを請うた。しばらくすると、しゃがみこんで脅える私のほうへ、一人の島民が近づいてきた。そして、持っていた分厚い参考書で、私の頭をバカッと一叩きした。その後、島民は驚いている私の背中を進行方向へ向けて、ドンと突き押した。どうやら、島での滞在を許可してくれたようだ。しばし呆然としている私に向かって、友人は「よかったな、4つ程度のずれだったから、そのぐらいで済んだんだよ」と声をかけてくれた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。今夜中に完結します。