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新理論発表会  作者: つっちーfrom千葉
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第一話


 『その冷たく寂しい砂浜へは、おそらく自転車をこいで行ったように思う。そう、たしかに自転車であった。砂浜では見た目の異なる三人の女性が私のことを待ってくれていた。その経緯から判断して、三人ともに、私が見知っている人物でろう。ずいぶん約束の時間に遅れてしまった。私はあわてて自転車から飛び降りた。そして、寒そうに立ち竦む三人に丁寧に会釈した。例の遺体はもうすでに埋められていて、その上に軽く砂がかけられていた。遺体もこの寒さを感じているのだろうか。埋められている部分だけ、他の部分と比べて、地面が少し盛り上がって見えるので、後でここを訪れる際の目印となるわけだ。私は遺体の前で中腰になり、胸の前で両手を合わせて、目をつぶった。すると、一人の女性が近寄って来て、私の手を掴んで、合わせていた手のひらを乱暴に引き離したのだ。私が驚いて、その人に理由を尋ねてみた。彼女は視線鋭く、「その合わせ方ではだめだ。右手で左手の親指を握って、その上から左手をかぶせるように組まないと、死者に足を引かれるよ」と、教えてくれた。人の死の連鎖はそういうところから起こるらしい。私は今度は彼女の言う通りに手を合わせ、再び眼を閉じて祈りを捧げた。すると、それにあわせて、三人の女性たちが、両手を高々と上げて、上空で波のように揺らしながら、どこか不思議な聞き慣れぬ呪文を唱え始めた。暗い雲と視界を塞ぐ霧によって、その場所がどういった地名を持つのか、誰にも知られることはないだろう。何時間続いたかは知れぬ。その呪文の内容も、今となっては詳しく思い出すことは出来ない。しかし、その砂浜の空気が異様な寒さを持っていたことを覚えている。私は手を合わせ祈り続けたが、その特有の寒さとは別に、背後の暗闇に潜む、常軌にあらざるモノの気配を感じて、心中恐ろしくなり、無意識のうちに細かく身を震わせていた』



 そこまで書いたところで一度ペンを置いた。


 私はコーヒーを一口すすると、静かに眼を閉じて、空想とも瞑想ともわからぬ心境に落ち着いていた。仕事が調子よく進むときに、一休みして考えることはいつも同じである。世に言う、学者や評論家などという者が嫌いである。全くもって、何の仕事をしてどのような機関からいつ金をもらっているのか、そして、どうやって飯を食っているのかわからず、得体が知れないからだ。教授などというのも、これとよく似ているが、あれは学徒にものを教えるという、表向きの仕事があるので、ある程度は納得がいく。自分もそれほど立派な職についているわけではないので、あまり偉そうな事は言えないが、遠からず、その者たちがどんな不正を働いてあぶく銭を得て飯を食っているのか、その正体を暴いてやるつもりでいた。


 数日後、そのきっかけは、案外近いところからやってきた。自分が文章を提供している、ある出版社の編集者をしている友人が、近く行われる出版会の中規模なイベント、『新理論発表会』へ、私を誘いに来たのだ。これは世界中の学者どもが、年に一度、一同に集い、自分たちがその一年の内に考え出した、様々な新理論を発表する催しだ。しかも、この会での発表した論文はすべて審査にかけられ、その反響いかんで、ノーベル賞をはじめとする、世界中の学術賞の選考に影響が出るらしい。


 私もその存在だけは知っており、数年前までは、何とかその会の全容を解明してやろうと思っていたこともあったが、世界中のいかなる思想の新聞や機関誌にも、この会の情報は出ておらず、しかも誰も知らぬような孤島で、厳重な警備の中行われるとあっては、これまで手も足も出なかった。


 友人の編集者はこの会の運営者が親族にいるらしく、そのコネを使って、毎年のように出席しているのだと自慢げに話した。その友人の話だと、昨年発表した私の論文『怠け者の行動に関しての謙虚なる進言』が、この発表会の出場者を選ぶ審査会にかけられ、入選には届かなかったが、割といいところまでいったらしい。そのことがあって、今年の理論発表会の選考委員の一人に私を招きたいのだという。日頃から、人に会う度に、頭の固い学識者たちの悪口をぶちまけている私自身にとって、これは願ってもない誘いであるといえる。敵の懐に潜り込める機会ができたわけだ。断る理由も全くない。友人の招待をありがたく受けることにした。友人は私の承諾を受けて、一つだけ注文を付けてきた。それは、「当日はできるだけ、頭が達者に見えるような服装をしてきてくれたまえ」というものだった。私は常日頃から、身格好にはそれほど気を使う方ではなく、レベルの高い学術会での礼儀作法なども知らないので、この助言は適当なものであると思われた。


 なんでもこの友人の話では、その島に着いても、知性の高い学識者と見なされない者は上陸すら許されないらしい。上陸を許されないから、その後どうなってしまうのか、については、彼はあえて触れなかった。


「当日はビシッとしたスーツでも着こなした上、ぶ厚い学術書の一つや二つ小脇に抱えてきてくれたまえ」

 私のほうが年齢は上のはずだが、礼儀を知らない友人は電話での会話の中で最後にそれだけ付け加えていった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。今夜中に完結します。

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