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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第二章 ぼくらはみんな生きている
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2

グールのお客さんは部屋を借りられない? なぜ?


「生きてない……つまり死んでる、ってか」


「死人に部屋は貸せない」


「ぁ、ですよね」


 夷やの面々の反応は無理もない。

 生きていなければ……医学的に生きていなければ、人間は死んでいる。

 つまり「死体」だ。


「でも「入国」手続きはどうしたんだ? 死んでたら、登録証も発行されないだろ」


「ええ。なので、ぼくはいっしょに入国して来た、まだ死んでいない村の者の、「持ち物」ということになっています」


「持ち物」


「まぁ」


「はい。ただし、自分で動き回る「持ち物」なので、特例の登録証をもらっています。これです」


 緑川が見せた登録証には、彼の写真や登録番号などのほか、大きく「特例」のスタンプが。

 また、「所持人」として別の者の名前が書かれていた。


「まぁ保証人、みたいなもんだな」


「はい。ぼくはいま、「持ち主の」の友人の部屋に居候しているんですけど、ぼくがグールだって管理会社に知られて。今月中に退去しろってことに。住む場所がなくなっちゃうんです。このままじゃ、友人にも迷惑がかかるし、ほんと、困って」


「えっ、どうしてなんです? 新たに借りるのはともかく」


「特例で登録証ももらってる、って」


 ラウネア、キアムの問いには、


「いいか、生物学的には、とか器物が、とかはすっ飛ばして、シンプルにだ、物件に死体がいたら、どうなる?」


「死体のある部屋は……ぁ、事故物件に!」


「そうか」


 事故物件。


「つまりだ。緑川さん、あんたが住むと、部屋がいきなり事故物件になっちまうって、そういうことだ」


 通常、事故物件といえば、その部屋、家で自殺、変死、殺人など、通常でない死があった、というものだ。

 自然死や病死など、事件性のない死でも、孤独死などで発見が遅れた場合、かなり痛んでしまった死体によって部屋が汚損されたものも事故物件に該当する。

 こうした事故物件は、分譲、賃貸を問わず、買い手や借主にその情報を伝えなくてはならない、と法律で定められている。

 物件の情報に「心理的瑕疵あり」あるいは「告知事項あり」と表記されるのがふつうだ。

 心理的瑕疵。リフォームなどによって物理的には傷みがなくても、居住者の心理に影響する瑕疵=傷がある、という意味である。


「そうなんです。ぼくは医学的に生きていないので、そんなぼくが住むと部屋が事故物件になって大変だから、って、断られるんです。いま住んでいるところも、それで」


「そうだったんですね」


「理屈は、合ってる」


 医学的に生きていない=死んでいる。

 死人が部屋にいる(ある)=事故物件。次の貸し手に困る。

 たしかに道理だ。


「道理ではあるな。けど」


「どうしましょう」


 大家や管理会社にことごとく断られ、他の不動産屋で部屋が決まらなかっただけはある。

 夷やの面々も次の言葉が出ない中、


「あの……、やっぱりぼく、無理なら……」


 緑川が席を立とうと腰を浮かしかけた、そのとき、


「はろー! まいどー!」


 ガラッ、ビシャッ! 勢いよく表戸が引き開けられ、そこに立っていたのは、


「マレーヤ!」


「こ、こんにちは」


「アスタリさん」


 メイド姿のスピンクス姉妹。マレーヤとアスタリだ。


「なんだおまえたち、なにしに」


「えー! いいじゃん! かわいいJKのメイドが今日も、せーっかく来てあげたんだよぉ。少しはよろこびなよ、おっさんも!」


「コーヒーを……」


 源大朗を一蹴するようにマレーヤ。手にはトレーとコーヒーカップ。アスタリのほうはコーヒーポットを持っている。

 ふたりは向かいの喫茶店の店員なのだが、


「だーれがおっさんだ。ラウネア、コーヒーたのんだのか」


「あ、そろそろたのもうかな、って」


「でしょー! お客さん来てるみたいだな、って思ったから、先手を取ってコーヒー、みんなの分持って来てあげたんだ。あたしたちって、すごーい!」


「どうぞ、はい」


 そう言うと強引にコーヒーカップをテーブルに並べていくマレーヤ。アスタリがポットからコーヒーを注ぐ。

 たちまち狭い事務所の中に、コーヒーの香ばしい香りが広がった。


「どぉーお?」


 尋ねるマレーヤに、コーヒーをひと口すすって、源大朗、


「なにが、すごーい! だ。押し売りじゃねえか。……ん、コーヒーはまぁまぁだな。どうせ、キアムに会いに来たんだろうが」


「えー、そんなことないよ、って、きゃー! キアムくん、そこにいたの。もぉー、早く言ってよ!」


 いちおう否定しながらも、部屋の隅にうずくまっているキアムを見て声を上げる。せっせとコーヒーを注ぎながら、


「あ、こっちの人、お客さん?」


「は、はい」


「えー、顔色悪くない? だいじょうぶ? コーヒー飲んでよね。えっ、なんの病気? 変でしょ、こんな顔の人、マレーヤ、見たことないよ」


 ようやく見つけた緑川に向かってまくし立てる。が、そこまで言って、マレーヤ、急に思いついたように、


「ぁ、わかった! ゾンビ! ゾンビでしょー! うっそ、マジいるんだ、ゾンビ! すごーい、超ウケるんですけど!」


 笑う。さすがに源大朗が止める。


「おい、止めろ。お客さんに失礼だろ。それにな、緑川さんはゾンビじゃない、グールだ」


「へ? ゾンビじゃないの。グールって、どう違うの。だって、どう見ても死んでるじゃん。この顔だよ?」


「顔じゃなく、顔色、な。いいか、ゾンビとグールは」


「いえあの、よく間違えられるんです。ゾンビも死者からの蘇りですから。でもいろいろと違う、っていうか、ぜんぜん違ってて」


「どこが?」


「ええと、ですね」


 ほぼ空になったコーヒーカップを、緑川がテーブルに置いた。


「まず、ゾンビと違ってぼくたちグールは人を襲いません。噛みついたりしませんし、噛まれた人がまたグールになる、という感染もありません」


「えー、そうなんだ」


 緑川によれば、ゾンビもウイルスによって発症、感染するが、そもそもゾンビ族というものはなく、ふだん、感染まえのゾンビとして暮らしているわけでもない。

 グールと違い、あくまでウイルスが主であり、そのウイルスはとつぜん寄生し、種族を問わず死人を蘇らせ、生きている者ならば殺して、どっちにしても死人として動かす。

 そこに、死ぬまえの個体としての記憶や人格などはとうぜんない。

 ただ、グール族のウイルスとの類似性は認められているらしい。ウイルスの株が近い品種なのだろう。


「ゾンビとの違いはわかったとして」


「部屋探しが」


 進んだわけではまったくなかった。

 夷やの店内の空気がまたも重くなるか、というところ、


「じゃあさ、クイズ! 朝に四本足、昼に二本……」


「またそれか、やめろっ!」


「えー、お客さんは初めてじゃーん。ね、緑川? さん。朝に四本足でー」


「あ、それ、人間、ですよね」


「ぶぶー!! 正解はぁ、脚が二本取れていたキリギリスが」


「やめろ、気色悪い!」


「うぷぷっ! ……なにするのよー! さわんないでよ、おっさんはー!」


 口をふさいだ源大朗の手を振り払って、マレーヤ。


「あ、あの、すいません……」


 あやまるアスタリ。


「あやまらなくていいよぉ、お姉ちゃんは! あっ、キアムくんならさわっていいよ! どうぞ!」


「どうぞ、って……」


 むろんキアムは手を伸ばすわけはないのだが、


「なんだそりゃ。どうせおっさんで悪かったな。……んっ、おまえら、アスタリのほうが妹じゃなかったのか」


 気づいて、源大朗が言うと、


「んー、どっちかわかんないから、どっちでもいいってことにしてて、決めてない」


「は? いまお姉ちゃん、って言ったろ。それに、いちおうあるだろふたごでも。先に出て来た姉、とか、決め方は違うとしても、な」


「だってあたしたちふたり、同じ卵の中だったから」


「卵……卵子とかっていう意味か」


「あ、あの、違うんです。わたしたち、スピンクスは、卵から生まれる、ので、その……わたしとマレーヤは、同じ卵に入ってて」


「だからぁ、どっちが先、とかそういうのでもわかんないし、だから適当に、今日はマレーヤ、妹の気分かなぁ、って」


 ふたりに説明され、初めて判明するスピンクスの出産方法。じつは母親が卵を産み、温めて孵化させる。

 現在では安全で確実な孵卵器が用いられるらしいが。


「マジかよ。てか知るか! めんどくさいから、どっちが姉でどっちが妹って、決めとけって!」


「まぁ、そうなのですね!」


 ラウネアは感心するが、源大朗は納得いかないようす。

 つまりは、卵のふたごが殻の中に黄身がふたつ入っているように、マレーヤとアスタリがふたり、ひとつの卵に入っていたのだろう。

 孵化時、殻は外部から割られるので、どっちが先に外へ出た、ということもないのだそうだ。


「あ、あのー……」


 声を上げる緑川に、源大朗。


「そうだ。こんな与太飛ばしてる場合じゃなかったんだよ。悪ぃ悪ぃ。……けど、どうしたらいいもんかな。そういう事情でオーナーがうんと言うわけはないし。不動産仲介やってて最大の難件かもしれないぞ」


 こんどこそ源大朗が頭を抱える。腕組みし、天井を見つめる。


「どしたの? おっさんが悩んでるなんて、めずらしいじゃーん」


 マレーヤがその顔をのぞき込もうとする。


「やめろ! てか、おっさん言うな。これでもオレはまだ三十……って、そんなことは関係ねえ。この緑川さんの住める物件を、だな」


「え、なんで? 部屋なんていっぱいあるじゃん。あー、わかった! こう見えて、緑川? あんがい贅沢っていうか、選り好み激しいんじゃない? ダメだよぉ。わがまま言ってたら、決まんないよ!」


 決めつけるマレーヤ。そのうえ呼び捨てだ。


「いえ、あの、こう見えて、って……つまり、ですね」


 緑川がたったいままで説明して来た事情を話す。


「へーぇ、ふぅーん! はぁあー、なるほどぉ。そうなんだー」


 意外と真面目に聞いていたマレーヤだったが、


「わかった!」


「なにがわかったんだ。またクイズはやめろよ。三秒で追い出すぞ」


「はぁ!? なーに言ってんの、こんなかわいいJKメイドをぉー、追い出すとか、ひどくなーい? ……ぽりぽり」


 いつのまにかラウネアが出したお茶請けのクッキーを頬張っているマレーヤだが、


「わかったわかった! いいから、早く言え! おまえの考えてることだ、どうせ……いや、とにかく言ってみろ!」


「なんか感じ悪ぅー。まぁ、いいや。あのね、つまりぃー……」



次回は4/3(水曜)を予定しています。よろしくお願いいたします!

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