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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第一章 異世界人専門不動産店
5/31

5

間取り図3を入れました。ご覧くださいませー。


 で、また時間は戻る……いや、進んで、


「なんでここ……」


「日暮里」


「にっぽり? なんですか。だって、ふつう……!」


「ファッションの街って言ったら、あれか、おしゃれな自由が丘だとか渋谷、青山・表参道、とかか」


「そう、そういう」


「でなきゃ原宿、高円寺なんかも古着屋が多いみたいだしな。下北沢とか」


「はい、そういうところかとばっかり」


 戸惑いを隠せない、といった表情のミナ。

 改めて、道路沿いに視線を巡らせて、その代わり映えのしない、というよりどこか古ぼけた、街並みにため息をつく。

 歩道を歩いているのも、年配の、地味な配色の服を着た人たちばかりだ。


「ここって、その、お婆ちゃんの原宿、っていうところ、ですか」


「それは巣鴨。地蔵通り商店街」


 キアムが答える。


「巣鴨は山手線で四つ向こうだ。まぁ、たしかにそう言われても納得する感じもあるか。でもな……」


 源大朗が指さす。

 そこに、カラフルな一団がいた。

 全員が若い女子だ。四、五人はいる。

 やはりカラフルな店先の商品手に取り、さまざま比較するなど吟味し、しゃべり合っている。

 地味な街に、そこだけポッ、とビビッドな絵具がこぼれて広がったような華やかさ。周りの空気も違って見える。


「あれ……は」


「行ってみるか」


 そう言うともう源大朗は歩き出していた。


「は、はい」


 あわててミナが続く。遅れてキアム。

 近づいてわかった。彼女たちが見ているのは、


「布?」


「そうだ。店の中もな。入るぞ」


 源大朗に続いて、ミナも店の中へ。


「わぁっ!」


 思わず声を上げる。

 それほど、店内はところせましとさまざまな布でいっぱいだった。

 天井近くまでもある棚がどれも、色とりどりの布で埋まっている。もちろん手の届きやすい平台にも。ショーケースの中にもあった。


「けっこう、若い人がいるんですね。外の子たちみたいな」


 ミナの言うとおり、店内にも若い女性が多い。店の外にいた女子たちよりはちょっと年齢高めか。

 もちろん女性ばかりではないが、女性たちはといえば、誰もがなかなかのルックスだったりプロポーションだったり。

 そんなところも、気づくとちょっと不思議に思わせられる。


「こういう布地の店が、通りに面してざっとニ十件はある」


「ニ十件も!」


 ミナが驚く。


「ああ。このあたりは日暮里繊維街って言ってな。布地を扱う店が固まってるんだ。プロの服飾屋が仕入れに来る問屋でもあり、こうして小売りもしてる。けっこう安く、な。だから買いに来る客が多い」


「じゃあ、みんな」


「あの女の子たちか。ありゃあ、コスプレイヤーだ」


「コス、プレイヤー?」


「おもにアニメやゲーム、マンガなんかのキャラに扮したファッションをする人のこと」


 説明は例によってキアムが。


「そう、なんだ。あ、それで」


「モデルみたいにきれいなコも多い、ってな。でも彼女たち、ここでわざわざ布を買っていくってことは」


「自分で服も、作ってる……」


「そうだ。服だけを作るコスプレ専門服飾屋、なんて人もいるらしいな」


「でも、わたしは」


 言いかけて、ミナが口をつぐんだ。

 けんめいに言葉を、というより頭の中を整理してようだ。その横で、源大朗、


「上の階に行ってみるか。この店は繊維街でも最王手で、ざっと一万点の布が売られてるんだ」


「一万点、すごい……!」


 一階と較べ天井の低い二階は、背丈以上に積み上げられた布地が両側、通路まではみ出していた。

 しかしそれより驚くのは、


「あれ、って」


 あきらかに日本人ではない集団。

 あっちにもこっちにも。聞きなれない言葉が飛び交う。背の高い欧米人女性たち、と思うと、黒い髪と濃い肌の、こちらは、


「ミャンマーかな、インドネシアかな。とにかく外国人が多いんだ。この店なんて、小売りの九割近くが外国人相手の売り上げだっていう」


「そんなに! なんですか」


「世界的に有名なんだな。ほら、あっちの女性たちがスカートみたいに腰に巻いてる」


「ぁ、はい。巻きスカートみたい」


「ありゃあミャンマーのロンジーって、ファッションなんだ。色とりどりの布地がいいんだが、日本の布はいろんなパターンや図案があって、とくに人気なんだよ。この店じゃ、最初からロンジーの大きさにカットした布を売って、大成功ってわけさ」


「ここで布を買って、別の、自分で裁縫できるスペースもある」


「そんなサービスまで!」


 驚くミナ。

 高性能のミシンや裁縫道具が無料で使えうえ、アドバイスしてくれるスタッフもいる。外国人だけでなく、コスプレイヤーら日本人客にも重宝されている。


「それだけじゃないぞ。作った服を着て、その場で撮影できるスタジオもあるってさ。こう、金閣寺ふう、っていうか、オリエンタルな感じの背景で写真撮って、あれだ、ネットに上げるんだろ」


「ぁ、いいですね、それ! ……すごい、詳しいんですね、ここの」


 驚くミナに、


「これに全部、書いてある」


 キアムが見せたのは、


「これ、パンフレット? ですか」


「はは、バレたか。英語版もあるぞ。こっちは、ドイツ語に、アラビア語もな!」


「ほんとだ。すごい」


 さまざまな言葉で書かれたパンフレットに、ミナが感心して見入る。

 ここ数年はそれほど、世界中から観光客が押し寄せているのだ。れっきとした客として。

 見るもの、それに想像を超えた世界に、圧倒されるミナだが、


「……でも、わたしは」


「そうだな、あんた……おっと、またラウネアに怒られちまう、ミナさんはコスプレイヤーじゃない。デザイナーでも、服屋でもないよな」


「はい」


「モデル、つまり服を着るほうだから、乱暴に言えば出された服を着さえすればいい。あとは着こなし、とか、そのための体形維持とか、もっと、ウォーキングが巧みだ、とか、重用なのはそっちのほうだ」


「そう、思ってました。でも……」


 ミナが目を止める。

 キャッキャと楽しみながら、けれども真剣に布地を選び、これから作るだろうコスチュームを想像して笑顔を見せるコスプレイヤーの少女たち。

 デザイナーやテーラーたちはもっとプロフェッショナルに、ビジネスライクに布地、服地を吟味している。

 それでもときおり、楽し気な、満足げな表情がそこには見える。


「楽しそう……。ううん、なんだかわたしも」


 ミナの口元にも笑みが宿る。

 同じ空気を、楽しんでいる。そんな気持ちが満ちて来ていた。


「服は布地でできてる」


 キアムがつぶやく。ミナもうなずいた。


「ああ。どんな布でできてようが、どんな形だろうが、服は服だ。けどな、こんなふうに素材から見たり、服ができていくさまを知るのも、いいんじゃないか。モデルとして服を着こなすヒントになるかもなぁ、って、な ……まぁオレなんざ、ファッションどころか、服は近所の「とりやま」でしか買ったこたぁねえし。そいつも最後に去年か、一昨年か、行ったのは……。ま、そんなオレらに言われたくはないだろうが、な。はははっ!」


 とは、腕を組みながら、源大朗だ。

 それからどこか照れくさそうに、あごの無精ひげをなでる。チラッ、とミナを見た。


「どうだ。ここの物件も見てみるか」


 ミナ、うなずく。しかし口元は笑っている。サングラスを外して、元気な声で、言った。

「はい!」

「いっしょにするな」

 キアムがあいかわらず小さくつぶやいた。



「……ここだ。物件だ」


 源大朗がカギを回す。

 鉄製のドアが開いた。


「わぁ!」


 思わずミナが声を上げる。

 築二十年は下らない、木造アパート。

 しかし中はきれいにリフォームされていた。もとは2DKだったのが、


「ひろぉい!」


 壁を取り払い、大きなワンルームになっている。外とのドア一枚を開けるだけで、中の広い部屋がすっかり一望できた。


「ドアを開けると中が丸見えだけどな。イヤなら、のれんでも下げるといい」


「いえ、わたしどうせ、透明人間なので」


「そうか。まぁ、防犯には気をつけろよ。で、この物件の特徴、だ」


 そう言って源大朗はミナをうながし、部屋の中へ。キアムが全員分のスリッパを床に並べる。

 源大朗の言う「特徴」は、部屋へ上がるとすぐにわかった。


挿絵(By みてみん)


「えっ、鏡?」


 部屋の一方の壁が全部鏡になっていたのだ。四角い部屋はだから、突き当りが窓。ドアの側に流し。

 鏡と逆の側の壁、流し寄りにはトイレ付きのユニットバスが、そこだけ出っ張って設けられていた。


「そうだ。ちょっとしたもんだろう。もとはヨガのインストラクターの先生が借りててな。ヨガ教室を開いてたんだ」


「ヨガ、教室」


「ああ。ふつう、こんなふうに賃貸を改造しちまったら、退室のときに現状復帰しなきゃならないんだがな。大家さんがわりと物好きで、このまま残してある。居ぬきで別のヨガ教室にでも貸せればいちばんいいんだろうが、なかなか、な」


 源大朗の説明に、


「あ、でも、バレエとかダンスとか……」


「そこまでの広さじゃない。三十平米ちょいってとこか、それに一階だが木造アパートだし、激しいやつは騒音振動でクレームものだしな」


「そっか、ですよね」


 なので、動き的にはスローでジャンプしたりもない、ヨガ教室が最適なのだ。


「この鏡がパネルになっててな。開けると、ほら」


「あっ」


「収納だ。壁一面だぜ」


 いわゆる一間、つまりタタミ一畳分の押し入れが横並びにふたつ半。それとほぼ同じ収納スペースだ。

 この規模のアパートには十分以上と言えよう。


「モデルなら、ただの姿見程度じゃなく、歩きとかポーズとか、動きで見られる壁一面の鏡は役に立つんじゃないか」


「はい!」


「たしかに、原宿とか吉祥寺とか自由が丘とかじゃあない。けどそっちのほうは、そういう街へ出かけていけばいい。まぁ、住むことで得られることもあるだろうがな。そういうおしゃれな街は、家賃も高いし、な」


 源大朗が笑う。

 理想はさまざまあれど、やはり現実、金額は大きな問題だ。


「あの、ここ、お家賃はどれくらい、なんですか」


「ん。月六万五千の、管理費三千だ。それと敷一・五」


「それって月……六万八千円、安い!」


 ミナが目を輝かせる。

 実際には、サングラスを取っていても「目」は見えなかったが。表情でわかる。


「だろ。物件自体は築三十年。駅からも十三分で、古いし駅からも近いとは言えない。一階だしな。けど吉祥寺や自由が丘なら、同じ条件で倍近くはするだろうな」


「倍……。でも、ここ、すごくきれいだし!」


「ああ。リフォームしてるからな。リフォームして、こんな変わった部屋になっちまった。それと、管理費三千円分は交渉してやるよ。敷金も一でいい」


「えっ、ほんとうですか! こんなにいい、部屋なのに」


「ミナにとっては理想的かもしれないが、ふつうの人には、こんな壁一面鏡の、全部ぶち抜きワンルームてのはかなり特殊な部屋だ。そのへん、交渉の余地は十分なのさ」


「じゃあ、わたし、ここ……!」


 借ります! いまにもそう言おうとしたミナの唇が止まった。

 鏡に映った自分の姿。

 いつのまにか掲げていた手。袖が垂れ落ちて二の腕までが露わになっていた。いや、露わになったはずなのに、ファンデーションは肘の先までしか塗っていなくて、そこから先は透明の、つまり何も鏡に映っていない。

 ミナは気づいたのだ。

 こんなに大きな鏡があっても、ファンデーションを塗らなければ自分の姿は映らない。そもそもファンデーションを塗って肌を「可視化した」自分は、「見えている」と言えるのか。

 本当の自分は、しょせん鏡には映らない。


「あの、わたし、やっぱり」


「透明だから、映らないから、鏡はいらないってのか」


「いえ、メイクするために鏡はいるんです」


「服の着こなし、動きのチェック、って点じゃあ、これだけ大きな鏡はいいって、さっき言ってたんじゃなかったか」


「そうなんです。そうなんです、けど……」


 身体の動きをチェックするにも、裸なら全身にファンデーションを塗らなくてはならない。

 ミナはうつむき、口を閉ざす。

 そんなミナを、源大朗は何か言いかけて、けれど待った。キアムも、部屋の隅にしゃがみ込むようにして、じっと見つめていた。


「……鏡が大きいのはいいし、うれしいんです。でもこんなに大きいと、それだけ、けっきょくわたしの姿は、ほんとうの姿って映らないんだって。服を着たときの動きもチェックできて、すごくいいのに、なのに、なんだかよけいつらくなるみたいで……」


 唇を噛む。


「なんだ、そんなことか」


 源大朗が言った。笑う。


「そんな。わたしには重要なんです。ふだん、なにもしなくても姿が見えてる人には、わからないでしょうけれど」


「なるほどな。なにもしなくても、たしかにオレたちは姿がふつうに見えてる、か。考えたことなかったな」


 源大朗の顔に、もう笑いはない。


「そう。そうですよ。やっぱり……わたしがファッションモデルなのって、変なのかも。ただ、メイクでいろんな顔になれるからって、それだけで……」


「いや、そうでもないぞ」


「やめてください。気持ちの入ってない慰めとか」


「そうじゃないって。いいか。あんたのほんとうの姿だって、見られるんだ」



次は第一章の完結部分。23日に更新します。

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