表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第五章 ラウネア
31/31

5

最後の更新です。エピローグ。


「……ん? こりゃ、根か」


 袖の折り返しに入れたまま、しばらく忘れていたターゲンハイン。およそ一週間ぶりに見ると、種から細かい根が出ているのに気が付いた。


「土にでも植えてやればいいのか。けど、向こうの世界の植物を勝手にそこらに植えて、いいもんかね」


 生態系を破壊することに繋がりはしないか。

 そういうことに関する法律がとうぜんもうありそうだ。

 しかし、


「なこと、言ってる余裕もないか。まずは自分のことをなんとかしねえとなあ」


 もう三日以上、なにも口にしていなかった。

 だいたい、金もなければ家もないのだ。

 はじめのうち、ボロボロの姿で座り込んでいたら、何を思ったのか金を投げてくれる老人などがいて、糊口をしのいでいたが、そんなものは瞬時に消える。


(なら、どうする。もう向こうの世界には行けないのか。この世界で生きるしか……)


 そう。この一週間、ターゲンハインがずっと探していたのは、異世界へ戻る方法だった。

 靄の向こうの、あるいは重しの下に潰されたような記憶の中、残ったのは帰還への渇望のみ。

 しかし皆目、見当がつかない。

 わずかな手がかりさえも。


「ちっ! 知るか!」


 いつのまにか握りしめていた種を、ターゲンハインは放り投げようと振りかぶった。そこへ、


「異世界のものを、そこらに捨てちゃいけないよ」


 声がした。

 思わず身構える。そもそも、まったく気づかず、これほど近づかれるとは。

 だが武器がない。剣はもう、異世界で壊れてしまっていた。


「なにもしやしないよ。怖がりだね、まったく」


 老女だった。

 ターゲンハインの態度にかまわず、ずいっ、と身を寄せるとその手をつかむ。


「な、にを」


「はぁ。これはアルラウネの種だね。ちゃんと鉢に植えておやり。今の時季、すくすく育つよ」


「詳しいのか、あんた」


 ようやく老女の顔を見た。

 年のころは六十は下らないだろう。


「あたしの歳なんか気にしなくていいよ。あんたよりは確実に上って、それだけで十分さ。それより、その種」


「ぁあ」


「すぐに植木鉢程度じゃ間に合わなくなるからね。ちゃんと植えられる地面を探したほうがいいね。自分の地面をね」


「自分の、地面?」


「ああ。自分の家、だよ」


 そんなものはない。言いかけたとき、


「人には家が必要なもんさ。まともに生きるにはね。あんた、異世界から来たらしいが、こっちで長く暮らすなら、家を持ちなさいよ」


「そんなことは、わかってる。わかってる、が」


「ふん、しかたない。……ついてきな」


 それだけ言うと、老女は後ろも見ずに歩き出す。ターゲンハイン、迷ったものの、


「待て、わかった。ちょ、っと、おい!」


 あわてて後ろを追いかける。

 追いつくと、


「大きく育てば」


「は?」


「その種さ。生涯の伴侶にもなるよ」


 老女の言葉に、


「なに言ってるんだ。草の種じゃなかったのか。それとオレの名は」


「かまわないよ。こっちで長く暮らしてれば、そのうちイヤでもわかるだろうさ。あたしの名前もねえ」


「まぁ、そうかもしれないが。で、その伴侶ってのは? 別にオレは結婚する気なんか」


「なんでもかんでも人に聞くんじゃないよ」


「はあ。いや……そうだな。まぁ、いい」


 なぜだか急に安心すると、それ以上の問いはなくなった。

 いずれわかる。わからなければ、そういうことだ。それが生きて行くということ。

 生きて行く。この世界で。

 この、街で。


(了)


『TOKYO異世界不動産』、完結です。

最後までお読みいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ