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大団円? もうちょっと続きます。
「おし! これでだいたい元どおり、だな」
べしべし! 源大朗が四つん這いのまま床を叩く。手には金づち。口に何本もの釘をくわえている。
言うまでもなく、壊れた店の床を直していたのだ。
といっても、元の床はほとんどバリバリに破れて、木材も折れたり割れたりしてしまったので、ほとんどが新たに張り替えたようなもの。
「まぁ、すてきですね! すっかりきれいになって」
顔をほころばせるのはラウネア。
「そう、かな」
こっちも金づちを持ったキアだ。店内が大破していては仕事ができない。源大朗の床張り替えを手伝っていたのである。
キアが表情を曇らせるのは、お世辞にも仕上げがきれいとは言い難いこと。
床は波打っているし、板はまっすぐから微妙に曲がっていて、角が飛び出しているところもある。
「シロウト工事だしな。こんなもんだろう。板が出っ張ってるそのへんのとこは、あとでノミで削っとくよ。ははは!」
笑う源大朗。
「だから、頼めばよかったのに」
キアの言い分はしごくもっともだ。木材を買い込み、床下を掘ったりして、この一週間、ほぼこの仕事に費やして来たのだ。
もちろん本業の不動産業は休業。
「そう言うな。そうでなくとも金がないんだ。ふつうに業者にやらせたら、何十万かかるかわからん。まぁ、お時ばあさんに頼めばなんとかなったかもだが、いつも頼るわけにも、な」
「でも、これでいいの」
「客側のところにはカーペットでも敷いておけばいい。そりゃあ耐震とか、そのへんどうなのかって言われたらわからんがな。けど、イヤっていうほど補強を入れておいたから、まえより頑丈になってるくらいだ」
「……」
「それに! 悪いことばっかじゃねえ。ほら。ところどころにスリットをもうけて、ラウネアが移動しやすいようにした」
源大朗の言うとおり、ラウネアが座るPCデスクのあたりから、板と板の間隔が大き目に開いた部分が、店の奥へ、さらには客用カウンターに向かっても伸びていた。
むろん、そこからラウネアの「根」が自由に動けるように、だ。
「だいたい、ここの床下の、ラウネアの根を工事の連中に見せるわけにもいかないしな。んんっ!」
「ありがとうございます。源大朗さん、うれしいっ!」
わざとらしく胸を張る源大朗と、その胸に飛び込むラウネア。
それをしばらく眺めていたキアだが、
「………………! あの!」
「ぅん? どうした」
「あの、人は、どうなったの」
ようやく用件を絞り出す。
あの人、とは、
「ああ、あいつか。あいつなら、ちゃんとふさわしい仕事を見つけてやったぞ。地下鉄工事の現場だ」
むろん、ラウネアを襲ったホビット男のこと。
『警察へは、行かなくてもいいのではないでしょうか』
そう言ったのは、ラウネアだった。
『わたしも、なにもありませんでしたし』
『しかしなぁ、ラウネア。こういうことは、結果、なにもなかった、で済まされるものじゃない。ラウネアが大けがをしたり、それ以上の、もしものこともあったかもしれないんだ』
『お、おいらは、そんな……』
『うるせえ! ラウネアを怖がらせたおまえに、言い訳なんざ許したわけじゃねえぞ!』
場違いなほどの大声だった。
源大朗の声が、メチャクチャになった事務所内にこだまする。バキッ! それが原因かはわからないが、折れかけた床板のひとつが割れて落ちた。
『……』
キアも初めて見た。
ふだんひょうひょうと、どんなことでもさほどかまえず、逆に言えば、大変なことが起きてものんびりし過ぎなほどの源大朗が、これほど感情をあらわにするとは。
『ぅ……へ、ぇ』
ホビット男もそれきり黙る。
しかし、
『……ありがとう。うれしいです』
ラウネアが、そう言うと源大朗の背中に、ぴったりと寄り添った。
『ああ。だからこういうことは、きっちりと、だな』
『はい。源大朗さんの言うとおりにするのが、いちばん正しいって、思います。でもわたし、見たんです。この人、震えていました。わたしと目が合うと、目を逸らして、持っていたナイフも、下ろしてしまって。でもわたし、やっぱり驚いて、怖くて、こんなことに』
『だからって、そこから』
いったんナイフを下ろしたとしても、なにが起こったかは、わからない。
それでも、
『こんどだけ。今回だけは、見逃してあげて、いただけませんか。この人は、真面目に働きたいんです。それができなくて、困っていて』
『そ、そうです。おいら、働きたいんだ。ほんとに、ほんとで!』
男の真剣な表情。
源大朗は冷めた目で、じっと見つめていた。
やがて、
『やれやれ、しゃあねえな』
ボリボリと、頭を掻く。首を振る。
『それじゃあ……!』
『ラウネアに言われちゃあ、しようがねえ。そこのおまえ』
『あああ、ありがとう、ございますぅう!』
ホビット男、ちょうどラウネアの根の拘束もゆるんで床へと投げ出され、文字通り平身低頭する。
『そんな言葉はいらん。それよりな、きっちり弁償してもらうぞ。店のこのありさまをな。わかったな!』
『ぁ、はいぃ!』
『ふん。返事だけはいいが、守らず逃げたりしたら、このへんの筋のもんがきっちり取り立てにいくからな。こっちも、だてに払うもの払って、商売のお守りを頼んでるわけじゃねえんだ。警察なんかよりもずっとエグイからなぁ。よーく……』
『わ、わ、わかりましたぁぁ!』
「……ははは、念には念を入れておいてやったが、いまんところちゃんと真面目にはたらいてるみたいだしな。業者に見積もりだけ取らせたここの床の請求も、半分以上返すころには、ちっとは考えてもいいってもんだ」
笑う源大朗。
「けっこう、あくどい」
「そうかぁ? 超良心的だと思うがな」
「支払いが滞ったら、取り立てに行くって……そういうつきあいもあるの、源大朗」
キアの顔が曇る。しかし、
「はぁ? ぁっはは! なんだ、本気にしてたのか。そんなもんあるわけないだろ。みかじめ料なんざ、無駄なもん、払うかって。払ってんのは、風呂屋のお時ばばあに、この店の家賃だけだっての」
なんのことはない。脅かして返済を履行させようというウソなのだ。
キア、ようやくほっとしたように、
「なんだ。でもやっぱり、あくどい」
「いいのさ、そんくらいで。あいつも本気でがんばれるだろ。部屋も紹介してやったんだ。ウチは不動産屋だからな。ホビットってのは、なんだかんだで地下が落ち着くんだな。だから地下室のある物件だ。仕事も地下、寝る場所も地下。なら、こっちの世界でもやっていけるだろうよ。……さぁてと。店も直ったことだ。真面目に仕事でも、たまにはしないとな!」
源大朗、大きく伸びをすると、パンパン、と膝を叩いて立ち上がる。
「じゃあ、ぼくも」
キアも続けて席を立つ。というところ、
「お茶が入りましたよ。お菓子も、ちょうど鶴屋さんの和菓子が」
給湯室からラウネアが。
盆にお茶と菓子の皿を乗せて歩いて来る。いや、歩いて来る、というよりも、
「ほら、あんまり見るな」
「ぁ、ごめん、なさい」
ついロングスカートの中を、想像してしまうキア。顔を赤くしながらうつむく。
「いいのですよ。ふふふ、はい」
盆をテーブルに置いたラウネアが、スカートの裾をわずかに持ち上げて見せる。そこには、
「ぁっ」
脚が、ほとんど足首まであった。そこから細い根が伸びている。まえに見たときは膝から下はもう根のようだったのだから、ずっと人間ぽい。
「源大朗さんがこの仕掛けを作ってくださったおかげで、根を細くすることができました。感謝しています」
微笑む。
「ははは、……そりゃあ、よかった。まぁ、せっかくだ。ラウネアが淹れてくれたお茶を飲んでからにするか」
「うん」
そう言ってふたりがお茶に手を伸ばした、そのとき、
「じゃーん! おっさん、元気!? かわいいJKがふたりも来てやったぞ! なんだよなんだよ、ずっと店、休みだったから心配しちゃったじゃんよー! あっ! おいしそう~! ラウネアさん、マレーヤにも!」
「あ、あの、こんにちは」
とつぜんガラガラガラ! 勢いよく開かれる引き戸。そこに立っていた、というよりもうずかずかと店の中へ入り込んでいるマレーヤ。と、まだ店の外で、申し訳なさそうなアスタリ。
「なんだおまえら、呼んだおぼえはないぞ。って、呼んでから来るもんでもないか。ははは! まぁいい。今日は店のリニューアルオープンだからな!」
しかたない、と源大朗が招き入れると、
「えー、リニューアルなんて、すごいじゃーん! ……ほんとに? なんか床とか、まえよりボコボコなんですけど、ま、いっけど。マジにリニューアルしたならさぁ、もっと、パァーッ、とやろうよ! ぁ、ラウネアさん、このお菓子、おいしーい! マジおいしいよぉー!」
「ありがとう、ございます。……ぅん、おいしい、です。ぁ、お茶も」
「なんだおまえら、パァーッと、って。未成年は菓子でも食ってろ。こら! それはオレの分だ!」
「ぇーえ! いいじゃーん、口移しで食べさせてあげよっか! かわいいJKが座るから、そこどいてよ」
「なんでオレの膝に座るんだよ! おい、尻が生暖かいって、おおお!」
「あらあらぁ。いいですね、若い娘さんと、源大朗、さん……」
「おお!?」
「……」
「キアもこっち来てよ! おっさんも、JKとJCに挟まれて鼻血出すなよー!」
「すいません、すいません」
やたら賑やかな店内。
おそらくはこれからも、こういう感じの夷やなのだろう。
辟易しながらも、源大朗の口の端は笑っていた。
22時過ぎに最後の更新です。