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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第五章 ラウネア
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4

大団円? もうちょっと続きます。


「おし! これでだいたい元どおり、だな」


 べしべし! 源大朗が四つん這いのまま床を叩く。手には金づち。口に何本もの釘をくわえている。

 言うまでもなく、壊れた店の床を直していたのだ。

 といっても、元の床はほとんどバリバリに破れて、木材も折れたり割れたりしてしまったので、ほとんどが新たに張り替えたようなもの。


「まぁ、すてきですね! すっかりきれいになって」


 顔をほころばせるのはラウネア。


「そう、かな」


 こっちも金づちを持ったキアだ。店内が大破していては仕事ができない。源大朗の床張り替えを手伝っていたのである。

 キアが表情を曇らせるのは、お世辞にも仕上げがきれいとは言い難いこと。

 床は波打っているし、板はまっすぐから微妙に曲がっていて、角が飛び出しているところもある。


「シロウト工事だしな。こんなもんだろう。板が出っ張ってるそのへんのとこは、あとでノミで削っとくよ。ははは!」


 笑う源大朗。


「だから、頼めばよかったのに」


 キアの言い分はしごくもっともだ。木材を買い込み、床下を掘ったりして、この一週間、ほぼこの仕事に費やして来たのだ。

 もちろん本業の不動産業は休業。


「そう言うな。そうでなくとも金がないんだ。ふつうに業者にやらせたら、何十万かかるかわからん。まぁ、お時ばあさんに頼めばなんとかなったかもだが、いつも頼るわけにも、な」


「でも、これでいいの」


「客側のところにはカーペットでも敷いておけばいい。そりゃあ耐震とか、そのへんどうなのかって言われたらわからんがな。けど、イヤっていうほど補強を入れておいたから、まえより頑丈になってるくらいだ」


「……」


「それに! 悪いことばっかじゃねえ。ほら。ところどころにスリットをもうけて、ラウネアが移動しやすいようにした」


 源大朗の言うとおり、ラウネアが座るPCデスクのあたりから、板と板の間隔が大き目に開いた部分が、店の奥へ、さらには客用カウンターに向かっても伸びていた。

 むろん、そこからラウネアの「根」が自由に動けるように、だ。


「だいたい、ここの床下の、ラウネアの根を工事の連中に見せるわけにもいかないしな。んんっ!」


「ありがとうございます。源大朗さん、うれしいっ!」


 わざとらしく胸を張る源大朗と、その胸に飛び込むラウネア。

 それをしばらく眺めていたキアだが、


「………………! あの!」


「ぅん? どうした」


「あの、人は、どうなったの」


 ようやく用件を絞り出す。

 あの人、とは、


「ああ、あいつか。あいつなら、ちゃんとふさわしい仕事を見つけてやったぞ。地下鉄工事の現場だ」


 むろん、ラウネアを襲ったホビット男のこと。


『警察へは、行かなくてもいいのではないでしょうか』


 そう言ったのは、ラウネアだった。


『わたしも、なにもありませんでしたし』


『しかしなぁ、ラウネア。こういうことは、結果、なにもなかった、で済まされるものじゃない。ラウネアが大けがをしたり、それ以上の、もしものこともあったかもしれないんだ』


『お、おいらは、そんな……』


『うるせえ! ラウネアを怖がらせたおまえに、言い訳なんざ許したわけじゃねえぞ!』


 場違いなほどの大声だった。

 源大朗の声が、メチャクチャになった事務所内にこだまする。バキッ! それが原因かはわからないが、折れかけた床板のひとつが割れて落ちた。


『……』


 キアも初めて見た。

 ふだんひょうひょうと、どんなことでもさほどかまえず、逆に言えば、大変なことが起きてものんびりし過ぎなほどの源大朗が、これほど感情をあらわにするとは。


『ぅ……へ、ぇ』


 ホビット男もそれきり黙る。

 しかし、


『……ありがとう。うれしいです』


 ラウネアが、そう言うと源大朗の背中に、ぴったりと寄り添った。


『ああ。だからこういうことは、きっちりと、だな』


『はい。源大朗さんの言うとおりにするのが、いちばん正しいって、思います。でもわたし、見たんです。この人、震えていました。わたしと目が合うと、目を逸らして、持っていたナイフも、下ろしてしまって。でもわたし、やっぱり驚いて、怖くて、こんなことに』


『だからって、そこから』


 いったんナイフを下ろしたとしても、なにが起こったかは、わからない。

 それでも、


『こんどだけ。今回だけは、見逃してあげて、いただけませんか。この人は、真面目に働きたいんです。それができなくて、困っていて』


『そ、そうです。おいら、働きたいんだ。ほんとに、ほんとで!』


 男の真剣な表情。

 源大朗は冷めた目で、じっと見つめていた。

 やがて、


『やれやれ、しゃあねえな』


 ボリボリと、頭を掻く。首を振る。


『それじゃあ……!』


『ラウネアに言われちゃあ、しようがねえ。そこのおまえ』


『あああ、ありがとう、ございますぅう!』


 ホビット男、ちょうどラウネアの根の拘束もゆるんで床へと投げ出され、文字通り平身低頭する。


『そんな言葉はいらん。それよりな、きっちり弁償してもらうぞ。店のこのありさまをな。わかったな!』


『ぁ、はいぃ!』 


『ふん。返事だけはいいが、守らず逃げたりしたら、このへんの筋のもんがきっちり取り立てにいくからな。こっちも、だてに払うもの払って、商売のお守りを頼んでるわけじゃねえんだ。警察なんかよりもずっとエグイからなぁ。よーく……』


『わ、わ、わかりましたぁぁ!』


「……ははは、念には念を入れておいてやったが、いまんところちゃんと真面目にはたらいてるみたいだしな。業者に見積もりだけ取らせたここの床の請求も、半分以上返すころには、ちっとは考えてもいいってもんだ」


 笑う源大朗。


「けっこう、あくどい」


「そうかぁ? 超良心的だと思うがな」


「支払いが滞ったら、取り立てに行くって……そういうつきあいもあるの、源大朗」


 キアの顔が曇る。しかし、


「はぁ? ぁっはは! なんだ、本気にしてたのか。そんなもんあるわけないだろ。みかじめ料なんざ、無駄なもん、払うかって。払ってんのは、風呂屋のお時ばばあに、この店の家賃だけだっての」


 なんのことはない。脅かして返済を履行させようというウソなのだ。

 キア、ようやくほっとしたように、


「なんだ。でもやっぱり、あくどい」


「いいのさ、そんくらいで。あいつも本気でがんばれるだろ。部屋も紹介してやったんだ。ウチは不動産屋だからな。ホビットってのは、なんだかんだで地下が落ち着くんだな。だから地下室のある物件だ。仕事も地下、寝る場所も地下。なら、こっちの世界でもやっていけるだろうよ。……さぁてと。店も直ったことだ。真面目に仕事でも、たまにはしないとな!」


 源大朗、大きく伸びをすると、パンパン、と膝を叩いて立ち上がる。


「じゃあ、ぼくも」


 キアも続けて席を立つ。というところ、


「お茶が入りましたよ。お菓子も、ちょうど鶴屋さんの和菓子が」


 給湯室からラウネアが。

 盆にお茶と菓子の皿を乗せて歩いて来る。いや、歩いて来る、というよりも、


「ほら、あんまり見るな」


「ぁ、ごめん、なさい」


 ついロングスカートの中を、想像してしまうキア。顔を赤くしながらうつむく。


「いいのですよ。ふふふ、はい」


 盆をテーブルに置いたラウネアが、スカートの裾をわずかに持ち上げて見せる。そこには、


「ぁっ」


 脚が、ほとんど足首まであった。そこから細い根が伸びている。まえに見たときは膝から下はもう根のようだったのだから、ずっと人間ぽい。


「源大朗さんがこの仕掛けを作ってくださったおかげで、根を細くすることができました。感謝しています」


 微笑む。


「ははは、……そりゃあ、よかった。まぁ、せっかくだ。ラウネアが淹れてくれたお茶を飲んでからにするか」


「うん」


 そう言ってふたりがお茶に手を伸ばした、そのとき、


「じゃーん! おっさん、元気!? かわいいJKがふたりも来てやったぞ! なんだよなんだよ、ずっと店、休みだったから心配しちゃったじゃんよー! あっ! おいしそう~! ラウネアさん、マレーヤにも!」


「あ、あの、こんにちは」


 とつぜんガラガラガラ! 勢いよく開かれる引き戸。そこに立っていた、というよりもうずかずかと店の中へ入り込んでいるマレーヤ。と、まだ店の外で、申し訳なさそうなアスタリ。


「なんだおまえら、呼んだおぼえはないぞ。って、呼んでから来るもんでもないか。ははは! まぁいい。今日は店のリニューアルオープンだからな!」


 しかたない、と源大朗が招き入れると、


「えー、リニューアルなんて、すごいじゃーん! ……ほんとに? なんか床とか、まえよりボコボコなんですけど、ま、いっけど。マジにリニューアルしたならさぁ、もっと、パァーッ、とやろうよ! ぁ、ラウネアさん、このお菓子、おいしーい! マジおいしいよぉー!」


「ありがとう、ございます。……ぅん、おいしい、です。ぁ、お茶も」


「なんだおまえら、パァーッと、って。未成年は菓子でも食ってろ。こら! それはオレの分だ!」


「ぇーえ! いいじゃーん、口移しで食べさせてあげよっか! かわいいJKが座るから、そこどいてよ」


「なんでオレの膝に座るんだよ! おい、尻が生暖かいって、おおお!」


「あらあらぁ。いいですね、若い娘さんと、源大朗、さん……」


「おお!?」


「……」


「キアもこっち来てよ! おっさんも、JKとJCに挟まれて鼻血出すなよー!」


「すいません、すいません」


 やたら賑やかな店内。

 おそらくはこれからも、こういう感じの夷やなのだろう。

 辟易しながらも、源大朗の口の端は笑っていた。


22時過ぎに最後の更新です。

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