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「さぁ、着いたぞ」
源大朗が路肩にクルマを停めた。軽自動車のデッキバンだ。
「は、はい」
ドアを開け、後部席から降りようとするミナの手を、
「……」
すっ、と外から自然に取るキアム。
「ありがとう、ございます」
支えられて、座席から降り立ったミナ。不思議そうにいっしゅんキアムを見る。が、
「荷台に乗ってたんだ。安心しな、ちゃんと安全ベルトもある。異世界からのお客さんは、ふつうのクルマじゃ乗れないタイプもいるからな。法律が変わって、近距離なら荷台にも乗れるようになったのさ」
「ぁ、はあ」
源大朗の説明に、ミナはまだなんとなく釈然としない表情で、しかし辺りを見回した。
路地の向こうに、わりと広い通りが見える。
行き交うクルマを見ながら通りへ出ると、比較的広い歩道にはそこかしこにベンチが置かれていた。
が、それだけ。道の両側にぎっしり立ち並ぶビルは新しくもおしゃれでもなく、地味で不愛想で古臭い、いわゆる昭和な街並み。
そこかしこにコンビニだの携帯ショップだのがぽつぽつと入っているが、むしろ場違いな色彩を振りまく。
どのビルもまるで約束のように、日避け雨避けの、色あせた店名入りのシェードを通りに向かって伸ばしている。
その下、大きく広げた間口からは色とりどりの商品が、棚からあふれるように、あるいは平台に山盛りに積まれていた。
「あの、ここ、どこなんですか……」
不安そうに、ミナ。
「日暮里さ」
「にっぽ……は、い?」
「だから日暮里だよ。山手線の東、北のほうに近いかな。とにかく日暮里の東口、商店街だ」
日暮里は荒川区。山手線の駅でも、池袋から上野の間の、どちらかというと地味なゾーンに当たる。
一日の利用客数は十三万人ほどで、山手線二十九駅中、順位は二十位だ。
山手線と並行して走る京浜東北線の快速は止まらない。しかし千葉北部へ向かう常磐線の停車駅であり、京成線の成田空港直通特急の始発駅でもある。
しかし事実、やっぱり地味であり、若い女性の人気は、まず見込めないロケーションと言って良かった。
「ええっ? でもあの! わたし……ファッションモデル、で」
混乱するミナ。
ファッションモデルをやっているという透明人間だ。独り暮らしの部屋を紹介してもらうために来たはず。
それともこの日暮里が、ファッションモデルで透明人間のミナにおすすめの街なのか。透明……のほうはあまり関係ないのかもしれない。
どちらにしても、そこの部分を源大朗に説明してもらうまえに、いったん時間を、夷やに戻そう。
「ファッション」
「モデル」
「まぁっ!」
ファッションモデルだ、とミナが打ち明けると、店内の空気がいっぺんに「?」に変わった。
「あ、いえ、あの、まだ始めたばかりで、何回かしかやっていないんですけど、ステージとか、その」
「ステージ」
「ステージ! って、もういい! ……ぁあ、すまん。バカにしてるんじゃないんだ。ただその、意外、だったんでな」
源大朗があやまると、
「いいんです。そうですよね。透明人間がファッションモデルなんて。わたしも最初、ぜんぜん信じられなくて。あはっ」
愛想笑いを浮かべるミナ。けどやはり、どこか楽しそうだ。
「良かったら、聞かせてもらえないか。なんで、その」
「ファッションモデルになったか、ですよね。はい。……最初は郷土会の事務所で手伝いみたいなのをしてたんですけど、そればっかりじゃ自立できないし、紹介されて、お店で働くようになったんです。お弁当屋さん、でした」
「まぁ、よくあるよな。いいんじゃないか」
「はい。そこで、半年くらい働いているうちに、よくお昼に来てくれるお客さんがいて、その人に、あるときじーっと顔を見られて……、あ、ちゃんとメイクして、そのときは眼もしっかり、入れてました」
ミナの話では、その女性がファッションデザイナーで、声を掛けられたのだという。
それからは、おもにその女性が主催するブランドで衣装サンプル写真のモデルになり、小さなショーにも出るようになった。
いまでは、ファッション雑誌などからも引き合いがあるのだと言う。
「このあいだは、とうとう、テレビのファッション番組にも出て! ……ネットTVですけれど、ファッション専門のチャンネルなんですよ! わたしもまえからずっと見ていて! もう、郷里じゃぜったいありえないっ! こっちへ来て、ほんとう良かった!」
興奮したように言うミナ。やはりうれしさは隠せない。
「ああ、それでファッションモデルでがんばろうって、ことなんだな」
「ぁ、はい。まだお弁当のアルバイトもしてるんですけど、そろそろ辞めて、モデルのお仕事に集中したいっていうか。迷惑かけてるルームシェアも、それで、独りでお部屋を借りて、って」
未来を見つめるミナの表情は明るい。
少なくとも、メイクで作ったその顔は笑っている。
「透明人間が、なんで」
ぽつっ、とつぶやくキアムの言葉を、むしろ待っていたようにミナ、
「そこなんです! デザイナーさんによると、わたしみたいにメイクでかなり変えられるほうが、服にイメージを合わせやすいんだ、っていうんです。もしかしたらわたし、ファッションモデルにすっごい向いてるのかも!」
両手の指を胸の前で合わせてからめ、夢見るような表情。あくまで、夢見るような表情に見える、ということだが。
「ぁ、そういうことだったんですね。なるほど、モデルさんに向いてるって、わかるような気がします」
「透明人間が、モデル……」
ラウネアとキアムに続いて、
「ようは、マネキン人形みたいなもんだな。服を着るマネキンは、あんまり目立ってもいけねえし、服に合わせられるなら理想のマネキンだ」
源大朗の言葉は、しかし正鵠を得過ぎているようで、
「ぁ……」
ミナの顔をたちまち固くする。
「っと! いけねえ、そうじゃなくて、だ! まぁ適材適所っていうかな。その、女のデザイナーさんだっけか、たいしたもんだな。あんたの……ミナさんのこう、いいとこをズバッ、と見抜いて、自分の仕事に当てはめてな、両方ハッピーっていうか、ウインウインっていうの? そういうこと、だろ、なぁ! ……うぁち!」
持っていた湯飲みをこぼして、とつぜん声を上げる源大朗。その背後には、まるで待っていたようにラウネアが、
「ほら、ちゃんと持っていないといけませんよ」
布巾を手に、テーブルにこぼれたお茶を拭きとっていく。もちろん笑顔だ。
源大朗、頭をかいて、
「まぁ、そういうことだな。さて、そろそろ……」
言いかけたときだ。
ガラガラガラ! とつぜん、入り口の戸が勢いよく引き開けられた。
次は16日(土)夜更新予定です。よろしくお願いします(^-^)