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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第五章 ラウネア
29/31

3

ちょっと長めです。ひとまず解決か


「おー痛、おまえ、なかなかいいパンチしてるな」


 鼻のあたりを揉みながら源大朗。


「パンチ、じゃない」


 と言うキア。ふたり、夷やへ戻る道すがら。キアは源大朗の後ろを歩き、なおかつカバンでミニスカートの裾を防御している。


「まぁ、パンチじゃないけど。カバンで顔叩かれるのも同じだろ。……ぉっ」


 振り返った源大朗が、声を上げる。視線は、キアのミニスカートの裾と、それを押さえるカバンに注がれていた。


「って、見ないで。見るな」


 キアが顔を赤くしてにらむ。そんな素振りに、源大朗、不意に、


「……それにしても、おまえ、十四か。まえの世界じゃ学校、行ってたのか」


「行って、ない。そんなの、金持ちしか行けない」


「そっかぁ。……おぼえてる、か」


 キアのもといたケットシーの街では、貴族・王族を除けば、教育は商家の子どもくらいしか受けさせてもらえない。


「……ぅん」


 記憶がよみがえったのか、うつむくキアに、


「それにしちゃおまえ、新聞も読めるし計算も早いし、会話補助の装置もひと月ちょっとで使わなくなったし。頭良かったのか」


「ラウネアがいろいろ教えてくれた。あとは、字が読めれば本が読める。この世界じゃ、本になんでも書いてある。ネットも。本読むのは、すごく、楽しい」


 ほとんど本を読むことなどなかったキアは、こっちの字をおぼえてから事務所中の本を読み漁った。

 ほとんど一日、本を読んでいる日もあった。読む本がなくなると、仕事で渡されているタブレットやスマートフォンで、ネットの中の記事をひたすら読んだ。


「はー、すごいな。まぁ、それだけウチの店がヒマだってことでもあるか。がはは!」


 源大朗のデリカシーのないオヤジ笑いに、しかし空気が少しなごんで、キアの口元もかすかにゆるむ。

 そこに、


「学校、行くか」


「えっ」


「こっちの学校だ。マレーヤやアスタリも通ってるだろ。国の教育制度の一環でな、異世界から来た亜人向けの学校だ。もっとも、ぜったい通わなきゃならないって義務はない。行かなけりゃ罰則、ってのもな」


「行って、いいの」


「おまえさえよけりゃな。もっとも、もうそのくらいできりゃ、たいして学ぶこともないかもしれないが」


「でも、仕事」


「下校してからやればいいし、平日はヒマだしな。商売は土日がかきいれどきだ。マレーヤやアスタリも行ってる。いっしょに登校すればいい」


「そう……」


 それだけ言うと、キアは黙った。うつむき加減の顔はよく見えなかったが、源大朗にはその肩が、微笑んでいるように思えた。


「まぁ、おいおい考えとけ。お! 店だ。ラウネアにコーヒー淹れてもらおうか。お菓子もきっとあるぞ」


 もう、曲がったら夷やの前だった。

 源大朗は店の引き戸の前に立ち、


「ほら、もうコーヒーの匂いが、ってな。……しない、な」


 戸に手を掛けたところで、みるみる顔が変わった。後ろからキアが、


「どう、したの」


「下がってろ」


 理由を聞くまえに、源大朗が手でキアを押し戻す。

 カラカラ……。

 戸を開ける源大朗の片方の手が、上着のポケットに入れ込まれているのに、キアは気づいた。

 そして開いた戸の先は……、


「ひゃっ!」


 このときは声が出てしまった。そこにあるはずの、見慣れた店の中が一変している。キアは目を見開く。

 しかし源大朗は、


「なんだ。もう終わってたか」


 と、笑い混じりに言う。かまえを解いたように、リラックスしていた。ポケットから手も抜き出している。

 その店内。

 十坪ほどの床が見えないほど、店の中はうっそうたる木々で覆われていた。最初は、木の幹がせまい店内に充満している、と思ったら、


「……根、みたい」


 緑の葉もなければ、よく見ると樹皮も変だ。枝かと思えば、途中から分かれて先端は繊毛のような、やはり植物の根のようで、


「ああ。根っこだ。それにしてもこりゃあ、派手にやったなぁ。床がべっこべこ。てか、バラバラだ」


 源大朗の言うとおり、すべての根が床を突き破って出てきている。

 煮しめたような古いフローリングの床のあちこちに穴が空き、また板ごと浮き上がって下の基礎や土が見えてしまっていた。


「なんで、こんな」


「ああ。オレも知りたい。ちょっと予想はつくがな。おーい、いるんだろう? ラウネア! どこだー!」


 バサッ、バキッ、細い根をかき分け、むしるようにして道を作る源大朗。店の奥のあたりまで来て、


「ラウネア!」


「源大朗さん! ぁああああん!」


 ラウネアがそこにいた。店の奥、給湯室のあたりだ。源大朗を目の当たりにして、急に緊張が解けたのか、ぶつかるように抱き着くと、


「おおっと。おいおい。うんうん。よしよし」


「ぁーーーん」


 ラウネア、声を上げて泣いている。源大朗の胸に顔を埋める。


「ラウネア……」


 そんな、初めて見るラウネアの姿にキアも言葉を失う。

 いつも微笑んで、よく気が付いて、みんなの世話をして、空気のようにそこにいて、だからいつも、どこかこの店内は心強く温かい。

 そんなラウネアが、顔をくしゃくしゃにして泣いているなど。


「ああ、うん。ちょっとびっくりしたんだな。それで、こんなだ。でもまぁ、ラウネアが無事でよかった。なによりだ。安心したよ。おまえがケガでもしてたらオレは……」


 ラウネアの頭をなで、背中をさする正三。なんどもうなずく。

 ようやく嗚咽が収まって来たようで、ラウネアは目の周りを腫らしたように赤くしたまま、顔を上げた。


「あの、あの、ね……!」


「詳しい話はあとでいい。それで、どこだ」


 源大朗が問うと、ラウネア、おずおずと手を伸ばし、指さした。その先は、もっともうっそうたる根の巣。

 その根の塊が、ずるっ、開いた。

 そこに、


「……んんー、んぅぅ!」


 男がいた。

 小柄で小太り。土気色の顔。それが、ツタのような根に何重にもグルグル巻きにされ、猿轡を噛ませたように口も塞がれている。

 よく見ると、すぐそばに光る物が。ナイフだった。

 源大朗は近づき、


「ホビットか。よくもまあ、こんなしょぼい店に強盗に入ろうなんて思ったもんだ。なんか理由でもあるのか。ああ?」


「んんぐ! もが、もが」


「これじゃしゃべれないな。ラウネア、ゆるめてやれ」


 源大朗が言うと、ホビット男の口の根がゆるんだ。


「ふぁ! ……はぁ、はぁ、はぁ、こ、この店が、異世界からの亜人がよく来るって、聞いて……」


「それで、強盗しようってか。関係なくないか」


「ち、違う、んです。最初は……部屋を探したくて。てか、部屋をちゃんと借りて住むのが、夢だったんです、けど……」


 どうやらホビット男、異世界から東京へ来たはいいが、まともな働き口が見つからず、その日暮らしをしているうちに金も尽き、いまはホームレス状態。

 夷やのことは以前から知っていて、いつか金ができたら部屋を紹介してもらおうと思っていたという。


「空き巣でもしようと物色しているうちにふらふらとウチへ、か。なんとも迷惑なこったな」


「す、すいません……」


 見ればホビット男、もはや抵抗する戦意もなく、うなだれている。


「事情は汲んでやる。が、ラウネアを脅したことは許さん。傷つけようとしたことも、な」


 源大朗は半ば根にからんで床に落ちていたナイフを拾い上げた。


「ぁ、の」


 ここでようやく口を開いたのはキアだ。

 源大朗に代わって、ラウネアに寄り添っている。その肩に、見つけたショールをかけてやっていた。


「なんだ」


「この……根っこは、ラウネア? ラウネアも、そういう……つまり」


「はい」


 キアの言葉の先を引き取って、ラウネアがうなずく。

 もう涙はなかった。落ち着いたのか、いつもの微笑も戻って来ている。目の周りはまだ、泣きはらしたように赤かったが。


「ラウネアも、異世界から」


「そう、なんです」


 そう言うとラウネア、長いスカートを両手で摘み上げる。そのまま持ち上げて見せた。


「あ、いや、あの……えっ」


 止めようとしてキア、しかしスカートの中から現れたものに目を奪われる。それはまさしく、


「根……この部屋の」


「はい。わたし、アルラウネなんです。木の精。この建物の地下に、ずっと根を張っています」


 その言葉どおり、持ち上げられたスカートから覗くアルラウネの膝から下は、白い太腿がじょじょに木の幹の色に、さらには節くれだった根になって、床の中へと続き、見えなくなっている。


「アルラウネ……それで、いつも」


「引きずるような長いスカート、いつも、って、思ってらしたかもしれませんね」


「地中の根と繋がってるからな。もっとも根はある程度伸び縮みするし、こんなふうに、とっさに素早くも動かせる」


 そのため、ホビット男に襲われた際、ラウネアはとっさに地中の根を床の上へと出し、男をからめとったのだ。


「源大朗さんの言うとおり、少し、やり過ぎてしまいました。ちょっと予感みたいなものはあったのですけれど、ナイフを見たらやっぱり怖くて、動顛してしまって。ごめんなさい。お店、めちゃくちゃにしてしまいました」


 消沈するラウネア。

 その言葉どおり、店の中はめちゃくちゃだし、とくに床は、地面が爆発したように吹き飛んでしまっている。


「ラウネアがあやまることはないさ。その分たっぷりこいつに弁償……んー、無理かもな」


 ホビット男の顔を見て、源大朗が言う。が、


「そういうことだ。キア、警察に連絡してくれ」


 源大朗が言い、


「ぁ、うん」


 キアがあたりを見回す。店の固定電話はすぐには見つからないようで、自分のスマートフォンを取り出した。


「ぅぅう」


 キアがスマートフォンを操作するさまを、ホビット男はチラッ、と横目で見るが、なにも言えずに目を逸らした。


「ほんとに、いいの」


「あたりまえだ。それにオレたちが裁けるようなもんじゃない。オレは不動産屋のオヤジで、警察でも裁判官でもないからな」


 その言葉に、キアは改めてスマートフォンの画面に指を伸ばす。

 すぐに電話のコール音が鳴り始めた。


『はい。池袋西警察署です』


「あ、あの!」


 遮るように、声を出したのはラウネアだった。


次回は明日更新です。

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