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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第五章 ラウネア
28/31

夕方の部更新! 個人的には好きなシーンですw


「ふぁ! あ……!」


 事務所の空気をみんな吸ってしまうのでは、というほどの、源大朗の大あくび。

 セットで出て来た涙を目尻でぐじぐじとくじり、ついでにその指で耳の穴を……、


「眠そうですね。少し外でも散歩してきたら、いかがですか」


 ほじるまえに、ラウネアの声。いつものパソコン席に座ったまま、振り向いて、微笑んでいる。


「そう、だな」


 浅く、というよりもうほとんどずり落ちそうなソファーから、源大朗、身を起こす。

 午後の陽がさんさんと射し込んでくる事務所内は、少し暑いくらいだ。


「お客さまの来店の予約も、ありませんし」


 ラウネアの言葉は、つまりは店がヒマだということで、良くはないのだが、しかしこんな陽気の日は、


「朝から客もゼロだし、な。よし!」


 さっきまで立ち上がるのも面倒、という倦怠が、不思議なほどにどこかへ収まっている。けっして、シャキッとしたわけではなさそうだが。

 源大朗はボサボサの頭をかきながら、前髪のひとふさを指でつまみ、


「伸びたな。また……」


「そうですね。そろそろ切りましょうか。いつでもいいですよ。お店が終わったあとで」


 ラウネアがそう言ってうなずく。

 源大朗の髪は理髪店ではなく、いつもラウネアが切っているのだ。

 その言葉に安心したのか、源大朗、ポケットに手を突っ込むと、


「ああ。じゃ、行って来る」


「はい」


 ガラガラと引き戸を開け、外へと踏み出す。閉める間際、振り返って、


「んー、一、二時間で戻る……かも」


 一時間と二時間では倍も違ううえに、「かも」。けれどラウネアは、そんなこともわかっている、というように、


「いっていらっしゃい」


「……ぉう」


 なぜか小さく、横顔で返事をして、ガラガラ……、戸を閉めると源大朗は背中を向ける。そのまま路地のような道を歩いていく。

 午後の陽が、とっくに中天を過ぎて、西へと傾きつつあった。

 ……そしてそれから、小一時間も経ったころ。

 カラカラカラ……。

 店の表戸が開いた。


「は、い」


 振り向くラウネア。そこにいたのは源大朗ではなく、見慣れない中年の男。

 ふだんなら、近づいてきた足音でもう、客が来るのはわかる。なのに不思議と、戸が開くまでわからなかった。


「物件をお探しでしょうか?」


 それでもラウネアは笑顔で席から立つと、男にカウンターの前の椅子を勧める。引き出しからプリントを取り出すと、


「この用紙にご記入ください。わからないことがあったら、聞いてくださいね。いま、お茶をご用意いたしますから」


 それだけ言ってボールペンといっしょにカウンターデスクの上に置く。

 そうして奥のキッチンへラウネアが向かうと、男はボールペンを手に取り、用紙に記入をし始めた。

 カリカリ、コツコツ、ボールペンの音が聞こえる中、電気コンロで沸かした湯を、ヤカンから急須へと注いでいく。

 そうしてラウネアが、茶を淹れた湯飲みを盆に乗せて、振り返ったときだった。

 目の前に男が立っていた。

 手にナイフを持って。


「お客さま? ……きゃぁあああっ!」



「源大朗。源大朗、源……」


 遠くから声がする、と思ったら、身体も揺れていた。


「……んぁ?」


 もちろん、揺れていたのは源大朗で、揺らしていたのは、


「風邪、引くよ。こんなところで、寝てたら」


「キアム……じゃない、キア。おまえ、こんなところでなにしてる」


 目をしょぼつかせて、源大朗、


「なにしてる、は源大朗。ぼくはお客さまと内見済ませて来た帰り。公園を通りかかったら、ベンチで源大朗が寝てる」


「寝てない。ちょっと目を閉じてただけだ。


 手の甲でゴシゴシ擦る。ベンチの脇に立ったキアを見上げる。


「目に、ばい菌入る」


 といってキアが差し出すのは白いハンカチだ。レースの、縁に刺繍のあるふんわりと柔らかく小さな布地。


「ぁ? ああ」


 受け取って源大朗。目の周りだけでなく顔中をぬぐったあと、


「ほらよ」


 キアに返しながら、


「いいのか」


「もう拭いてから言われても。……それで、なんでこんなところで寝てるの。お店、いいの」


「だから寝てないって。あったかいから、散歩のついでにベンチに腰かけて、で、気が付いたらおまえがいて」


「それが寝てるって言うんだけど」


 言いながら、キア、さっきのハンカチをハーフコートのポケットに仕舞った。


「ほぉー」


「なに」


「よく見たらおまえ、ミニスカートなんか履いてんだな」


 座ったまま、源大朗の視線がキアの足元から頭のてっぺんまで見上げる。まるでスキャンかなにかされているような感覚に、


「な! ジロジロ、見るな。……マレーヤたちがくれた。もう着ないから、とか。買ったけど一回も袖を通してない、とか、そんな服をいっぱい」


「そんなに服、持ってるのか、あいつら」


「それと、着方も教えてくれた」


「着方? 服もひとりで着られないのか」


「違う。こう、なんていうか、服と服の合わせかた? 色とか、形、とか。どうしたら、かわいく見える、とか」


 言っているうちに意識したのか、キアの頬が赤くなる。それを見逃さず、


「はぁー、それで。丈の短いコートに、ミニスカとブーツかぁ。JKファッションって感じだなぁ」


 ニヤニヤする源大朗。


「そ、そんなの、わからない。変なら、着替えて……」


 動揺するキア。しかし源大朗、


「いいじゃないか」


 笑う。こんどは決して、冷やかすような笑いではなかった。


「いい、の?」


「ああ。ずっと灰色とか黒いシャツやズボンばっかだったおまえが、見てくれのことを考えるようになったんだろ。いいじゃないか。からかってるんじゃないぞ。キア、おまえ、マレーヤたちとだいたいいっしょの歳だったか」


「十四……」


「そうか、十四歳で登録したんだったな。JKじゃなくて、JCだったか」


 異世界から来たキアは、もともとの歳も定かではなかった。歳も誕生日も、この世界で初めて得られたものだ。


「どっちにしろ、年頃のコが自分のことをあれこれ気にするってのはいいもんだ。華やかでな。見てるこっちも明るい気持ちになるってもんさ」


「そう、なの」


「オレにはわからないが、ファッションてのはそういうもんじゃないか。着てる本人を明るくする。見てるこっちも楽しくなる。それで言えばキア、おまえのそれも十分合格だ」


 源大朗はそう言うと、片手を上げてサムズアップして見せた。ニッ、と笑う。

 それを見て、キア、


「ぅん……!」


 頬を紅潮させて、うなずいた。持っていたカバンを思わず、強く胸に押し付けるようにかき抱く。


「さあて、オレもそろそろ店へ戻って……ぅん?」


 源大朗。いったん離した視線がふたたびキアを見る。凝視する。


「?」


「んー、へぇーほぉー」


「なん、なの」


「イチゴ……な」


「ふぇ!?」


 キアが飛び上がる。一瞬にして、顔中が真っ赤に染まる。


「ぁ。顔もイチゴ色になった」


 顔も、ということは、もうひとつも「イチゴ」だということで、それはつまり、


「パンツ、見えてるぞ。キア」


 もはやそれは言わなくてもいい、ダメ押し。

 カバンを胸に抱えたせいで、ミニスカートがズリ上がり、キアの下着が覗いていたということなわけで、


「うんうん。そういうところもおしゃれが行き届いてるな。大事だからな。マレーヤも、ずいぶんかわいい下着を……ぶっ!」


 源大朗の言葉が途中で途切れたのは、キアが手に持ったカバンをその顔にぶつけたからだ。

 キア、耳まで真っ赤な顔で、源大朗の前に仁王立ち。


「し、ショーツは、自分で買った、の!」


夜も更新します!

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