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夕方の部更新! 個人的には好きなシーンですw
「ふぁ! あ……!」
事務所の空気をみんな吸ってしまうのでは、というほどの、源大朗の大あくび。
セットで出て来た涙を目尻でぐじぐじとくじり、ついでにその指で耳の穴を……、
「眠そうですね。少し外でも散歩してきたら、いかがですか」
ほじるまえに、ラウネアの声。いつものパソコン席に座ったまま、振り向いて、微笑んでいる。
「そう、だな」
浅く、というよりもうほとんどずり落ちそうなソファーから、源大朗、身を起こす。
午後の陽がさんさんと射し込んでくる事務所内は、少し暑いくらいだ。
「お客さまの来店の予約も、ありませんし」
ラウネアの言葉は、つまりは店がヒマだということで、良くはないのだが、しかしこんな陽気の日は、
「朝から客もゼロだし、な。よし!」
さっきまで立ち上がるのも面倒、という倦怠が、不思議なほどにどこかへ収まっている。けっして、シャキッとしたわけではなさそうだが。
源大朗はボサボサの頭をかきながら、前髪のひとふさを指でつまみ、
「伸びたな。また……」
「そうですね。そろそろ切りましょうか。いつでもいいですよ。お店が終わったあとで」
ラウネアがそう言ってうなずく。
源大朗の髪は理髪店ではなく、いつもラウネアが切っているのだ。
その言葉に安心したのか、源大朗、ポケットに手を突っ込むと、
「ああ。じゃ、行って来る」
「はい」
ガラガラと引き戸を開け、外へと踏み出す。閉める間際、振り返って、
「んー、一、二時間で戻る……かも」
一時間と二時間では倍も違ううえに、「かも」。けれどラウネアは、そんなこともわかっている、というように、
「いっていらっしゃい」
「……ぉう」
なぜか小さく、横顔で返事をして、ガラガラ……、戸を閉めると源大朗は背中を向ける。そのまま路地のような道を歩いていく。
午後の陽が、とっくに中天を過ぎて、西へと傾きつつあった。
……そしてそれから、小一時間も経ったころ。
カラカラカラ……。
店の表戸が開いた。
「は、い」
振り向くラウネア。そこにいたのは源大朗ではなく、見慣れない中年の男。
ふだんなら、近づいてきた足音でもう、客が来るのはわかる。なのに不思議と、戸が開くまでわからなかった。
「物件をお探しでしょうか?」
それでもラウネアは笑顔で席から立つと、男にカウンターの前の椅子を勧める。引き出しからプリントを取り出すと、
「この用紙にご記入ください。わからないことがあったら、聞いてくださいね。いま、お茶をご用意いたしますから」
それだけ言ってボールペンといっしょにカウンターデスクの上に置く。
そうして奥のキッチンへラウネアが向かうと、男はボールペンを手に取り、用紙に記入をし始めた。
カリカリ、コツコツ、ボールペンの音が聞こえる中、電気コンロで沸かした湯を、ヤカンから急須へと注いでいく。
そうしてラウネアが、茶を淹れた湯飲みを盆に乗せて、振り返ったときだった。
目の前に男が立っていた。
手にナイフを持って。
「お客さま? ……きゃぁあああっ!」
「源大朗。源大朗、源……」
遠くから声がする、と思ったら、身体も揺れていた。
「……んぁ?」
もちろん、揺れていたのは源大朗で、揺らしていたのは、
「風邪、引くよ。こんなところで、寝てたら」
「キアム……じゃない、キア。おまえ、こんなところでなにしてる」
目をしょぼつかせて、源大朗、
「なにしてる、は源大朗。ぼくはお客さまと内見済ませて来た帰り。公園を通りかかったら、ベンチで源大朗が寝てる」
「寝てない。ちょっと目を閉じてただけだ。
手の甲でゴシゴシ擦る。ベンチの脇に立ったキアを見上げる。
「目に、ばい菌入る」
といってキアが差し出すのは白いハンカチだ。レースの、縁に刺繍のあるふんわりと柔らかく小さな布地。
「ぁ? ああ」
受け取って源大朗。目の周りだけでなく顔中をぬぐったあと、
「ほらよ」
キアに返しながら、
「いいのか」
「もう拭いてから言われても。……それで、なんでこんなところで寝てるの。お店、いいの」
「だから寝てないって。あったかいから、散歩のついでにベンチに腰かけて、で、気が付いたらおまえがいて」
「それが寝てるって言うんだけど」
言いながら、キア、さっきのハンカチをハーフコートのポケットに仕舞った。
「ほぉー」
「なに」
「よく見たらおまえ、ミニスカートなんか履いてんだな」
座ったまま、源大朗の視線がキアの足元から頭のてっぺんまで見上げる。まるでスキャンかなにかされているような感覚に、
「な! ジロジロ、見るな。……マレーヤたちがくれた。もう着ないから、とか。買ったけど一回も袖を通してない、とか、そんな服をいっぱい」
「そんなに服、持ってるのか、あいつら」
「それと、着方も教えてくれた」
「着方? 服もひとりで着られないのか」
「違う。こう、なんていうか、服と服の合わせかた? 色とか、形、とか。どうしたら、かわいく見える、とか」
言っているうちに意識したのか、キアの頬が赤くなる。それを見逃さず、
「はぁー、それで。丈の短いコートに、ミニスカとブーツかぁ。JKファッションって感じだなぁ」
ニヤニヤする源大朗。
「そ、そんなの、わからない。変なら、着替えて……」
動揺するキア。しかし源大朗、
「いいじゃないか」
笑う。こんどは決して、冷やかすような笑いではなかった。
「いい、の?」
「ああ。ずっと灰色とか黒いシャツやズボンばっかだったおまえが、見てくれのことを考えるようになったんだろ。いいじゃないか。からかってるんじゃないぞ。キア、おまえ、マレーヤたちとだいたいいっしょの歳だったか」
「十四……」
「そうか、十四歳で登録したんだったな。JKじゃなくて、JCだったか」
異世界から来たキアは、もともとの歳も定かではなかった。歳も誕生日も、この世界で初めて得られたものだ。
「どっちにしろ、年頃のコが自分のことをあれこれ気にするってのはいいもんだ。華やかでな。見てるこっちも明るい気持ちになるってもんさ」
「そう、なの」
「オレにはわからないが、ファッションてのはそういうもんじゃないか。着てる本人を明るくする。見てるこっちも楽しくなる。それで言えばキア、おまえのそれも十分合格だ」
源大朗はそう言うと、片手を上げてサムズアップして見せた。ニッ、と笑う。
それを見て、キア、
「ぅん……!」
頬を紅潮させて、うなずいた。持っていたカバンを思わず、強く胸に押し付けるようにかき抱く。
「さあて、オレもそろそろ店へ戻って……ぅん?」
源大朗。いったん離した視線がふたたびキアを見る。凝視する。
「?」
「んー、へぇーほぉー」
「なん、なの」
「イチゴ……な」
「ふぇ!?」
キアが飛び上がる。一瞬にして、顔中が真っ赤に染まる。
「ぁ。顔もイチゴ色になった」
顔も、ということは、もうひとつも「イチゴ」だということで、それはつまり、
「パンツ、見えてるぞ。キア」
もはやそれは言わなくてもいい、ダメ押し。
カバンを胸に抱えたせいで、ミニスカートがズリ上がり、キアの下着が覗いていたということなわけで、
「うんうん。そういうところもおしゃれが行き届いてるな。大事だからな。マレーヤも、ずいぶんかわいい下着を……ぶっ!」
源大朗の言葉が途中で途切れたのは、キアが手に持ったカバンをその顔にぶつけたからだ。
キア、耳まで真っ赤な顔で、源大朗の前に仁王立ち。
「し、ショーツは、自分で買った、の!」
夜も更新します!