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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第四章 マーメイドの部屋探し
26/31

7

マーメイド編、終幕です。理想の部屋は見つかったでしょうか。


「えーーー! すっごぉーい! いいじゃーん!」


 目を輝かせるマレーヤ。


「ほんとう、いいですね。お風呂……浴槽中心っていう感じで」


 アスタリも。

 契約から一か月。改装なった部屋への、レイチェルの引っ越しを手伝うふたりと、


「これ、ここでいい?」


 キア。


「はい! あ、細かいものは適当に。あとで入れますから、わたし」


 レイチェルはいつもの電動車いすだが、床に置かれた段ボールを開けたり中の物を出したりしている。


「いいよぉ、レイチェルは座ってて指示してくれれば。マレーヤたち、やるからさ!」


 すでに引っ越し業者は帰っていて、さほど広くない部屋、多くない荷物が片付くのに三人もいればじゅうぶん過ぎるほど。


「でも、わたしだけ座っているのは」


「いいっていいって! 家具とかは引っ越し屋さんが置いてくれたし。あー、それにしてもおっさん、車出してくれればよかったのに! 引っ越し代も節約できたのに、さー。ぶーっ」


 マレーヤが頬を膨らませ、口を尖らせると、


「そこまで頼めないでしょ。お店もあるし。今日は平日だし」


 アスタリ。レイチェルも、うなずいて同意する。


「まー、そうだけど。……んー、でもほんと! 良かったね。このお風呂、すっごい大きい! あたしたち四人で入っても余裕だねー! ジェットバスないのは残念だけど!」


 と、マレーヤの言うとおり、土間の真ん中、やや奥に鎮座した円形の浴槽が、ほぼこの部屋全部を支配しているかのようだ。


挿絵(By みてみん)


 浴槽は土間の上ではなく、四十センチほど床を上げて設置してある。

 浴槽の周りの床は、濡れたままレイチェルが這ってもいいように、ビニールタイルが張られていた。

 それだけでなく、


「浴槽に渡した板の机は、レールでスライドできるようになっています。浴槽に下半身を入れたままでも向かえるようにって」


 PCや液晶タブレットなどを使うレイチェルは、水に近すぎるよりは、と、腰までを床に乗せての描画姿勢を選んだ。しかし、アナログで作業するときもあるから、机を引きつけ、腰まで水に浸かって、絵を描くこともできる。


「うーん、いいね、いいね! おっさん、やるじゃん! ね! 早く終わって、みんなでこのお風呂、入ろ! ねっ!」


 マレーヤの提案に、誰も異論のあろうはずがない。


「よし、あと一時間で終わらせますよぉ!」


「おー!」



「……ぁー、気持ちぃい。やっぱりお風呂、最高じゃん!」


「うん、いい」


「四人でもぜんぜん狭くないですね」


 立ち上る湯気の中、三人が口々に言っては目を閉じ、心地よさに浸る。


「今日はほんとうに、ありがとうございました。おかげで、すっかり片付いて。わたしひとりだったら……きゃぁっ!」


 感謝の言葉を重ねるレイチェルに、マレーヤが抱きついたのだ。バシャッ! お湯が大きく跳ねて、土間に落ちる。


「んー、もぉー、そんなのあたりまえじゃーん! いいのいいの、レイチェルはいいコだからぁ! あー、ウロコすべすべ! ツルツル、気持ちいーい!」


 例によってとつじょ抱きつき、身体中をなでまわすのはマレーヤ。


「きゃぁっ! ぁ……はい、あの! ぅぅうー……」


「あの、そのくらいにしてね、マレーヤ」


 アスタリがたしなめ、


「はぁーい! でもいい部屋だよねえ。おっさん、やっぱりすごいよ。尊敬する! 結婚はしてあげないけど、いいと思う!」


 マレーヤの弁には苦笑するところもあるものの、レイチェルも、


「ほんとう、よくしていただきました。わたしたちマーメイドのことをいちばんに考えていただいて」


 周りを見回して微笑む表情が、


「あとは、マンガで結果を出すこと……」


 キアの言葉で、一転、引き締まり、うなずく。


「ねー! でも、たまには遊びに来てもいいよね! ね! ねっ!」


「ほら、レイチェルのじゃまにならないようにって、いま言ったばかりで」


「えー! たまにならいいでしょー! ねぇ、ねーぇ!」


「ぁ、ええ、はい」


「わぁーい、ね、ずっと友だちだよ! みんな、レイチェル!」


「……はいっ!」



「……ふーぅ」


 ため息混じりに吐き出すと、源大朗は口を手の甲で軽く拭って、空になった牛乳瓶をケースへと戻した。


「百二十円」


「わかってるって。……ほい」


 ズボンのポケットから硬貨をそのまま出して番台へ。まだ上半身は裸にバスタオルのままだ。

 富士見湯。番台の時が、目を伏せながら言う。


「そういやあ、あの騒がしい娘たちが言っていたよ。今日が引っ越しだとかなんとか。まえに来た人魚の娘に、部屋を紹介したのかい」


 視線は手元の液晶小型テレビの画面へ落としたままだ。


「んぁ? ああ、そうだったかな。うん。解体屋なんかにも口きいて、ちょっと改装をな。まぁ、人魚にいい部屋になったかもな」


「ほお。あのコたち、たいそうよろこんでたみたいだったよ。あんたもたまには、いいことするんだねえ」


 ようやくテレビから顔を上げ、源大朗へ視線を向ける。唇が、ちょっと笑いを作った。


「さあなぁ。部屋探し、改装なんかはオレの仕事だ。できるのはここまで。ま、不満よりはいいけどな。けどまだあのコは、新しい部屋へ移っただけ。ここからは、あのコが自分で切り開いてく番だ」


 源大朗も小さく笑みを返す。


「そうだねえ」


「心配はしてねえよ。そういうことのできるコだからな」



 カチ、カチ……。

 暗がりに、液晶タブレットの明かりがボゥッ、と光る。その光に照らされて、レイチェルの顔が浮かび上がっていた。

 長い髪をゴムでひっ詰め、メガネ。もちろんノーメイクの地味な顔で、スタイラスペンを握り、液晶画面に画を描いていく。

 ビニールタイルの床にさらに濡れタオルを敷き、その上に魚体の腰を乗せ掛け、尾の部分は浴槽の水に浸していた。

 すでに日付を跨ごうという時間。

 レイチェルの作業はいっこうに終わる気配を見せない。

 描画に集中し、音もない中、カチ、カチ、カチ……、左手デバイスを操作するクリック音だけが、部屋の中を満たしていった。


このあと22時過ぎに、新章を更新します。

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