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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第四章 マーメイドの部屋探し
25/31

6

マーメイドのレイチェルに案内された物件とは?


「ここだ」


 源大朗が顔を向ける。

 駐車場に停めた車から、レイチェルの電動車いすで五分。その物件はあった。


「ここ、ですね」


 レイチェルも見上げる。

 その物件は、とくに変わったところのないアパートのように見えた。手入れはされてはいるが、けっこう古い。


「築三十五年。木造二階建ての一階。大泉学園駅から徒歩十六分、はちょっと遠いがな」


「いえ。だいじょうぶです」


「二十三平米。五万五千円、管理費なし、だ」


「へー、やすーい! いいじゃーん!」


「ちょっと古いですが、きれいにしているようですね」


 マレーヤ、アスタリも言う。

 大泉学園駅は、その名のとおり大泉学園町に隣接する西武池袋線の駅で、練馬区のほぼ北西の際に位置する。

 街には大泉学園、の名を持つ都立区立の小学校や中学校、高校などが点在。もとは学園都市として大学なども誘致する計画だった。

 大学の誘致はならなかったものの、以前から高級住宅街でもあり、碁盤の目状の道路が整備されるなど、計画地域として発展した。

 現在では、駅ビルに直結して高架の歩道が取り巻くなど、駅周辺はちょっとした都心のような様相もある。

 練馬の吉祥寺、大宮、といったら、聞こえがいいのか悪いのか微妙なところだが、少し離れれば、とたんに開けた田園もあり、そのあたりの「高低差」は家賃価格などにも表れていた。


「壊れたところなんかはちゃんと直してあるし、機器もちゃんと取り替えてある。……って、なんでおまえらまでいっしょなんだよ」


「えー、いいじゃーん! てか、レイチェルのこと、見届けたいじゃーん!」


「すいません。くっついて来てしまって」


 四人プラス源大朗。

 夷やのデッキバンは軽なので、定員四人ギリギリ。車いすのレイチェルが荷台、というのは、最初からの仕様なので変わってはいないが。


「まぁ、しかたない。じゃますんなよ」


「はぁーい。……ねえねえ! で、どこがいいの、このアパート。あたしにはふつーの、古いアパートに見えるんだけど、どこがレイチェルにいいのよ?」


 しおらしく振舞うのは一瞬。すぐにいつものマレーヤに戻る。しかし源大朗、ニヤっと笑って、


「そこだ。よぉし、教えてやる」


 ポケットから鍵を取り出した。

 物件に近づくと、妙なことに気付く。


「こちらは」


「あれ? 入口は? ドア、どこにあるの?」


 マレーヤの言うとおり、玄関ドアが見当たらない。別の方向なのかと、レイチェルが車いすをめぐらせようとしたとき、


「いや、こっちでいいんだ。ここだよ」


 源大朗が指さすのは、ドアではなくシャッター。車のガレージなどのシャッターにしか見えない。


「え、ここ」


「ああ。見てろ」


 源大朗が鍵をシャッターの鍵穴に入れる。ドアではなく、シャッターの鍵だったのだ。回して、


「おっ」


 ガラガラガラ……、シャッターを開けていく。すっかり上げると、


「ぉおー」


「これは、へえー」


 現れたのは広い土間だった。シャッターから真っすぐ奥の壁まで、十四畳、約二十三平米の部屋を土間が占めている。

 奥の壁際には小さめのキッチン、トイレや洗濯機置き場などの水回りがひとまとまりに配置されていた。


挿絵(By みてみん)


「お風呂は? ないんだ」


「この辺りって、お風呂屋さん、ありますか?」


「住みやすいの、かな」


 ひととおり見てみて、結論は、


「なんだか、部屋っていうより」


「ガレージの中に、キッチンやトイレがついてる感じ?」


「おもしろい、ですね」


 レイチェルは笑うが、ちょっと戸惑っているふうでもある。


「そのとおりだ。ここはバイク乗りの住人が改造した部屋なのさ。複数台のバイクをそのまま停められるようになってる。風呂がないのは、仕事場でシャワーが使える事情、とかだとか、な」


 と源大朗。

 それで、出入り口はシャッターだったのだ。


「これなら、車いすのまま部屋に入れますね。土間は濡れてもいいし」


「いまいる寮みたいなところって、どうなってるの?」


 アスタリが言い、マレーヤが尋ねる。


「いまの寮は、マーメイド族しか住んでいないので、ほとんどプールみたいです。個室もプールで、お風呂屋さんの浴槽くらいの。そうした水槽の脇にいろんなものがあって、腰まで水に浸かりながら、とか、縁に腰かけるくらいで手が届くところにいろんな機器とか設備とかが。もちろん、水の中にもありますけど」


「そうか。でもふつうのアパートを借りるとなると」


「この車いす中心の生活になると思います。寝るときなんかは、やっぱり水槽が欲しいですけれど」


「えー! じゃあどうすんのよ。ここ、お風呂ないじゃない!」


 マレーヤのツッコミに、


「だったら、変えちまえばいいんだよ。原状変更だ」


 待ってた、とばかりに源大朗、ニッ、と笑う。


「原状変更、できるの?」


 キアが驚く。

 賃貸物件の原状変更可という条件はかなりまれなのだ。


「ああ。ここはもともと車を入れるガレージでな。だからふつうの部屋をガレージふうにしたんじゃなくて、まえの借主がガレージの土間にキッチンユニット、トイレなんかをつけたんだ」


「それで、ガレージにしては、ここに車だとちょっと無理、くらいの広さだし」


「はじめからお風呂はなかったんですね」


「そうだ。で、大家としては、このまま貸したいんだが、なにぶん古い物件だし、改造してもかまわん、とな。もとはガレージだし、ガレージとして貸してもこのへんじゃ、三万も取れればいいとこだからな」


「それが五万五千円なら、借主の負担で現状変更もかまわない、と」


「ああ。それも原状復帰もしなくていい、と来た。もとのガレージにも復帰させてないし、な。さらに変えてもいいってんだから、こりゃあ太っ腹な物件だろ。ははは!」


 高笑いの源大朗。

 こんどばかりは、たしかに源大朗の言うとおり、希少かつおおいにレイチェル向きの物件と言えた。しかし、


「あの、でも、この部屋を改装するということは、お金が……」


「そうだよ。家賃がまあまあ安くても、改装費がかかっちゃうじゃん」


 まだまだ不安要素、困難な条件はある。

 が、源大朗は腕組みして、うんうんとうなずくのみ。余裕の表情を崩さない。


「おまえたち、知ってるか。非人間型亜人補助制度ってのがあってな。言葉はちょっと身もフタもない感じだが、そこは役人仕事だから、まぁ……。ようは、オレたちみたいなこっちの人間と異なった姿の亜人には、さまざまな補助が行政から出るんだよ。たとえば、形態によって、ふつうに道を歩くのが難しい、とか、階段を登れない、とかな。そういう場合、公共交通機関が無料で使えたり、補助装置に援助金が出る」


「あ、知ってます。わたしの、この車いすも、その補助制度で、ほとんど個人負担はなくて、使えてるんです」


 レイチェルが言う。


「おー、そうそう。そういうヤツ。ちゃんと使えばこっちでの生活がだいぶ楽になる。異世界との交流が始まって、向こうから来るさまざまな形の「人」がこっちの世界で苦労しないように、なるべく快適に暮らせるように、ってできた制度なんだ」


「へーえ、じゃあ、マレーヤたちも、なんかもらえるかな! ね、アスタリ!」


「わたしたちは、ふつうの人間とほとんど変わらないから、無理だと思う。耳とシッポがあるくらいだもの」


「えー、がっかりー」


 思いつきのマレーヤは置いておいて、源大朗。


「それで、な。そいつは賃貸住居にもある。補助が出るんだ」


「え、ほんと!」


「ああ。物件の面積によって額も変わるがな。ここは二十三平米あるから、二十三万円が補助される」


「二十三万円!」


「じゃ、じゃあ、百平米のひろーいところ借りれば、えーっと、百万円!?」


 ときめくマレーヤ。しかし、


「あほ。無制限じゃねえよ。限度は五十万までだ」


「なーんだぁ」


「でも、二十三万円ですよ! これで、レイチェルのためにこの部屋を改装するのもだいぶ楽になりませんか」


 アスタリが言い、レイチェルの表情もどんどん明るくなる。

 場の空気がすっかり変わっていた。


「な、いいだろ! それともうひとつ、オレからのサプライズだ……げふ!」


 得意げに指を立てる源大朗に、


「なんだよぉ、出し惜しみしないでさっさと言えよ、おっさん!」


 マレーヤの肘が脇腹を突いていた。軽く悶絶する源大朗。


「な! にすんだ、この!」


「あはは、いいじゃんいいじゃん、早く教えてよぉ!」


 しかしマレーヤ、笑顔で源大朗の腕にからみついて来る。ぐいぐい、身体ごとくっついて押し付ける。

 まるで、急に楽しくなって、はしゃいでいる子どもだ。


「あー、こら、離せって。なんか当たってるぞ、こら!」


「えー、おっさんのエッチー! JKの胸だぞぉ。ありがたく拝めばぁ」


 じつはマレーヤなりの感謝の気持ちだったらしい。

 なんとかマレーヤを振りほどいて、


「あー、なんだっけ。じゃねえ! そうそう。この土間を利用して、デカい浴槽を据え付ける。床も、一部は水で濡れてもいいビニールタイルにするのがいい。それとキッチンなんかも、下のキャビネットを外して、ぐっと低くする。基本、据え付けの機器は浴槽の中から手を伸ばせるか、床をちょっと這って届くくらいにするんだ」


 源大朗があちこちを指さして想像させる、そのビジョンは、


「すごい。ちゃんとしてる」


 キアも感心するほど。


「いいと思います。いえ、良すぎるくらい。ありがとうございます。あの、でも、そんなに全体を変えたら、二十万円くらいではきかないのでは」


 ここで新たな心配が頭をもたげると、


「新品なら、だろ? 浴槽にしてもキッチン台にしても、中古なら半額以下だ。ここへ来るまえに確かめた。知り合いの解体業者にな。ちょうどラブホ……んー、ファッションなホテルのスイートルームに取り付けられてた、特大のジェットバス付き浴槽があるらしい。まぁ、そっちの機能はいらないだろうが」


「えー、ジェットバスがいい! 泡でブーーーッ! って、楽しいよ、疲れも、取れるかも!」


 盛り上がるマレーヤだが、レイチェル以下三人は首を振る。


「入り口のシャッターも、鍵穴が地面近くになるし、けっこう力もいるからな。電動にしたらいいんじゃないか」


「そんなに。贅沢、ですよね」


「なあに、もし二十三万を超えても、低利の短期貸付制度もある。月一万の返済で十万、二十万くらいなら、さほど負担じゃないだろ」


「五万五千円に一万円でも六万五千円……はい!」


 こんどこそ、レイチェルの笑顔が返って来た。


「ネットの地図で調べたけど、ここ、駅からちょっと遠いけど、車いすがじゅうぶん通れる歩道がずっとあるし坂もない」


 タブレットから顔を上げて、キアも言う。


「そんなところも、考えてあったんですね」


「おっさん、マジでやるじゃーん! すごい! 大好き! 結婚してあげよっか!」


 またも飛びついて来そうなマレーヤを察知して、


「っと! やめろ! てか、やめとけ。……で! そんな具合だ。どうだ。レイチェル」


 源大朗が改めてレイチェルを見る。


「はい! ここに決めます!」


 勢いよくうなずくレイチェルの顔に、笑みが大きく広がった。


次回は明日更新です。次回も物件間取り付!

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