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亜人の女の子たち、友だちになったみたいでヨカッタ
「……ごめんねぇ。レイチェルにもあやまらせちゃった。マレーヤが悪いのに。ほんと、ごめん!」
レイチェルの車いすを押しながら、マレーヤが頭を下げる。バサッ、濡れた長い髪が垂れて、顔をふさいだ。
けっきょく富士見湯をほうほうのていで追い出され、四人、こうして歩いている。
「いいんです。わたしのことで、すごい、真剣になってくれて。みんなで住もう、とか、すごくうれしかった。こんなの、こっちへ来てから初めてで……」
笑顔を見せるレイチェル。その髪も濡れている。
「うぅー、レイチェル~! いい子だね、抱きしめたいぃ!」
ガバッ、後ろから抱きつくマレーヤ。
「もう、抱きついてる」
「あ、あの、はい。ありがとう、ございます。ぅふふ……ぁ、あははっ! くすくす……! ぁ、ごめんなさい。すごく、おかしくて。すごく、楽しく、って」
笑いだすレイチェル。口元を押さえて笑う。その声が、いつしか……、
「レイチェル?」
「ふふふふ……くふっ! ぅぅ、ぅ」
かすかな嗚咽に変わっていくようで、
「レイチェル……!」
抱きしめたのは、キアだった。車いすの前から、膝をついてレイチェルの肩を抱く。
「キア……あたしも!」
「おとなしくしてなさい。いまは」
マレーヤはアスタリに止められ、しばらくキアがレイチェルを抱擁していた。
「ありがとう……」
「いまは、なにも言わなくていい」
キアに言われ、うなずくレイチェル。
伏せたその瞳から涙がにじむ。
「悲しいの? レイチェルが悲しいとあたしも悲しい……ぁあ~ん!」
「なんでマレーヤが泣くのよ」
「あの! 違うんです。悲しいんじゃなくて……うれしいんです。まだお部屋は決まらないし、もしかしたらダメな日だったのかもしれない。けど、いろいろ考えて物件を案内されて、社長さん……源大朗、さんにも良くしていただいて」
「おー、おっさん、褒められてるよ。マーメイドの美少女に」
「だから、その、うれしくて。わたし、友だちいないんです。同じマーメイド族の」
レイチェルのカミングアウトに、
「えー、そうなの? レイチェル、かわいいのに」
「人魚のイリュージョン、やってるんですよね。監視員とかも」
「あ、はい。だからその、嫌われてる、とかはそんなにないかな、って思うんだけど、こんなふうに話したり、いっしょにお風呂とか、そんな友だちはいなくて」
「ふーん、意外ぃ」
と、レイチェル、ここで少し黙って、意を決したように口を開く。
「わたし……マンガ家になりたいんです!」
どうやらこっちが、ほんとうのカミングアウトのようで……。
「マンガ家に」
「なりたいの?」
キアとマレーヤが尋ねると、レイチェル、コクッ、とうなずく。そして車いすの脇に取り付けてあるバッグからタブレットPCを取り出す。
スイッチを入れると、そこに現れた画像に、
「わぁ! すごい!」
「上手、ですね」
三人が見入る。
カラーイラスト、コマを割ったマンガ原稿、下書き、完成原稿、ラフなどまで、次々送っても画像は尽きない。
「ほんとにマンガ家目指してるんだ」
「はい。いくつか投稿して、入選になったこともあります。だから、がんばろうかな、って、この道で」
レイチェルの決心と、夢への行動力は本気だった。三人にもぐんぐん伝わって来る。
「そうかぁ、だったらやっぱりひとりの部屋がいいよねえ」
「いまは、同じマーメイド族の郷土会がやっているアパートに。でも寮みたいで、プライベートもあまりないっていうか」
「それを早く言ってよぉー。みんなで住もう! とか、ぜんぜん違ったこと言っちゃった。恥ずかしいー」
「ぁ、そんなことないです! ほんとにうれしくて。みなさんとなら、だいじょうぶかなぁ、って真剣に考えて……」
「だいじょうぶ、わかってる」
「わかります。でもマレーヤの言うとおり、たしかに銭湯のシェアよりも、ちゃんとひとり暮らしのほうが良さそうですね」
これでようやく理解できた。
レイチェルの夢、そのための努力を三人が知ることも。
「でも、どうしてマンガ家になりたいの。最初から絵、好きだったの?」
「はい。でも向こうの……マーメイドの村だと、絵はあまり描かないんです。紙が濡れちゃうので。彫刻とかはやる人多いんですけど」
「ぁあ、なるほど、ですね」
「紙が」
マーメイド族は水辺の生活者だ。
肺呼吸だから、水に潜りっぱなしではない。
塩水も淡水も選ばないが、潜っていられるのは長くても十分程度。それ以上だと、水上に顔を出して口か鼻で呼吸しなくてはならない。
つまり、日常はつねに水に濡れている状態なので、紙の文化が育たない。
「最近では、耐水性の紙に油性のペンで描くこともありますし、PCやタブレットなんかで、濡れないようにして描くのはもちろんできますけれど」
「ようは、絵を描く、ましてマンガなんて商品や文化がなかったんですね」
「なーるほどー」
アスタリが言い、マレーヤが納得する。
「でもわたしは小さいころから、絵を描くのが好きで、砂浜に指で描いたり、木や石に傷をつけて絵にしたり、彫刻よりもそういうのが」
「それで、こっちへ来たの?」
「はい。ぁ、いえ、最初はそれだけじゃなかったんですけど、こっちの絵やイラストを見ると、もう、夢中になってしまって。とくにマンガが。絵でストーリーが進んでいくなんて、ほんとにすごい、大好き! とくに日本のマンガ、こんなのが読みたかったんだ! って。で、ずっといろんなマンガを読んでいるうちに」
「自分でも描きたくなってきた」
「そう、なんです。こっちの世界ならマンガ家だって目指せる! ……やっぱり、変ですか? マーメイドのマンガ家、とか」
レイチェルの問いに、三人はいっせいに首を振る。
「変じゃない! ぜんぜん変じゃないよぉ! ……痛っ!」
マレーヤなど、勢いよく首を振り過ぎて、自分の長い髪が顔に当たり、目に入って悶絶する。
「だいじょうぶ、ですか」
「へーきへーき! っっ……、それよりさ、やっぱりレイチェルはすごいよ! レビューだっけ、イリュージョン? やりながら、監視員もしながら、マンガ描いて投稿して、ちゃんと評価されてんじゃん! あーん、なんていいコなんだよぉ!」
「でも、だったらなおさら、ちゃんとしたお部屋を探さないと、ですね」
と言うアスタリの言葉は、この場の流れや雰囲気を踏まえて、全員の共通した気持ちになる。
「ええと、じゃあ」
「ちゃんと物件をまた探すところから」
「また、夷やさんに戻って、源大朗店長にお願いしないと」
「えー! またおっさんに?」
口を尖らせるマレーヤに、レイチェル、
「いいと思います。というより、いま、向かっていたのですよね」
そう言われると、銭湯を追い出されてから、四人の歩く先は、自然と夷やに向いていた。もう、あと五分もかからず、店に着くだろう。
「そっか。まぁ、おっさんもいちおう不動産屋の社長なんだし、オッケーってことで」
「こういうとき、わたしたちだけで騒いでも、しかたないですものね。ちゃんと専門家に相談して、頼ってもいいと思います」
「うん」
「それに……店長さん、悪い人じゃないと思います。ううん、いい人だと思います。すごく」
レイチェルの言葉に、マレーヤが「え”ー……」とかぶせそうになったとき、
「あっ!」
「店長さん……!」
道の向こうに、夷やの看板が見えた。その前に、サンダル履きでぼーっと立っている人影も。
もちろん、源大朗だった。
「よぉ。遅かったな」
バリバリと頭を掻く。
四人、店の前で源大朗と合流して、
「べつに、ほらッ! ウチのコーヒーショップで、なにか飲もうって、思っただけなんだから! ……でも」
「レイチェルのために、物件、もう一度探してもらえませんか。いろいろ事情も話してくれて。だったら、って」
「選択肢も絞れると思うから」
そう言って、頭を下げる三人。マレーヤも、だ。
「あの、お願い、できますか。もう一度」
レイチェルが尋ねる、少し不安そうな声に、
「あったりまえだ。ウチは不動産屋なんだからな! さ、入った入った。もうラウネアがお茶を淹れてくれてるぞ」
このあと、22時過ぎにも本日二度目の更新です。そっちは物件間取り付!