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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第四章 マーメイドの部屋探し
24/31

5

亜人の女の子たち、友だちになったみたいでヨカッタ


「……ごめんねぇ。レイチェルにもあやまらせちゃった。マレーヤが悪いのに。ほんと、ごめん!」


 レイチェルの車いすを押しながら、マレーヤが頭を下げる。バサッ、濡れた長い髪が垂れて、顔をふさいだ。

 けっきょく富士見湯をほうほうのていで追い出され、四人、こうして歩いている。


「いいんです。わたしのことで、すごい、真剣になってくれて。みんなで住もう、とか、すごくうれしかった。こんなの、こっちへ来てから初めてで……」


 笑顔を見せるレイチェル。その髪も濡れている。


「うぅー、レイチェル~! いい子だね、抱きしめたいぃ!」


 ガバッ、後ろから抱きつくマレーヤ。


「もう、抱きついてる」


「あ、あの、はい。ありがとう、ございます。ぅふふ……ぁ、あははっ! くすくす……! ぁ、ごめんなさい。すごく、おかしくて。すごく、楽しく、って」


 笑いだすレイチェル。口元を押さえて笑う。その声が、いつしか……、


「レイチェル?」


「ふふふふ……くふっ! ぅぅ、ぅ」


 かすかな嗚咽に変わっていくようで、


「レイチェル……!」


 抱きしめたのは、キアだった。車いすの前から、膝をついてレイチェルの肩を抱く。


「キア……あたしも!」


「おとなしくしてなさい。いまは」


 マレーヤはアスタリに止められ、しばらくキアがレイチェルを抱擁していた。


「ありがとう……」


「いまは、なにも言わなくていい」


 キアに言われ、うなずくレイチェル。

 伏せたその瞳から涙がにじむ。


「悲しいの? レイチェルが悲しいとあたしも悲しい……ぁあ~ん!」


「なんでマレーヤが泣くのよ」


「あの! 違うんです。悲しいんじゃなくて……うれしいんです。まだお部屋は決まらないし、もしかしたらダメな日だったのかもしれない。けど、いろいろ考えて物件を案内されて、社長さん……源大朗、さんにも良くしていただいて」


「おー、おっさん、褒められてるよ。マーメイドの美少女に」


「だから、その、うれしくて。わたし、友だちいないんです。同じマーメイド族の」


 レイチェルのカミングアウトに、


「えー、そうなの? レイチェル、かわいいのに」


「人魚のイリュージョン、やってるんですよね。監視員とかも」


「あ、はい。だからその、嫌われてる、とかはそんなにないかな、って思うんだけど、こんなふうに話したり、いっしょにお風呂とか、そんな友だちはいなくて」


「ふーん、意外ぃ」


 と、レイチェル、ここで少し黙って、意を決したように口を開く。


「わたし……マンガ家になりたいんです!」


 どうやらこっちが、ほんとうのカミングアウトのようで……。


「マンガ家に」


「なりたいの?」


 キアとマレーヤが尋ねると、レイチェル、コクッ、とうなずく。そして車いすの脇に取り付けてあるバッグからタブレットPCを取り出す。

 スイッチを入れると、そこに現れた画像に、


「わぁ! すごい!」


「上手、ですね」


 三人が見入る。

 カラーイラスト、コマを割ったマンガ原稿、下書き、完成原稿、ラフなどまで、次々送っても画像は尽きない。


「ほんとにマンガ家目指してるんだ」


「はい。いくつか投稿して、入選になったこともあります。だから、がんばろうかな、って、この道で」


 レイチェルの決心と、夢への行動力は本気だった。三人にもぐんぐん伝わって来る。


「そうかぁ、だったらやっぱりひとりの部屋がいいよねえ」


「いまは、同じマーメイド族の郷土会がやっているアパートに。でも寮みたいで、プライベートもあまりないっていうか」


「それを早く言ってよぉー。みんなで住もう! とか、ぜんぜん違ったこと言っちゃった。恥ずかしいー」


「ぁ、そんなことないです! ほんとにうれしくて。みなさんとなら、だいじょうぶかなぁ、って真剣に考えて……」


「だいじょうぶ、わかってる」


「わかります。でもマレーヤの言うとおり、たしかに銭湯のシェアよりも、ちゃんとひとり暮らしのほうが良さそうですね」


 これでようやく理解できた。

 レイチェルの夢、そのための努力を三人が知ることも。


「でも、どうしてマンガ家になりたいの。最初から絵、好きだったの?」


「はい。でも向こうの……マーメイドの村だと、絵はあまり描かないんです。紙が濡れちゃうので。彫刻とかはやる人多いんですけど」


「ぁあ、なるほど、ですね」


「紙が」


 マーメイド族は水辺の生活者だ。

 肺呼吸だから、水に潜りっぱなしではない。

 塩水も淡水も選ばないが、潜っていられるのは長くても十分程度。それ以上だと、水上に顔を出して口か鼻で呼吸しなくてはならない。

 つまり、日常はつねに水に濡れている状態なので、紙の文化が育たない。


「最近では、耐水性の紙に油性のペンで描くこともありますし、PCやタブレットなんかで、濡れないようにして描くのはもちろんできますけれど」


「ようは、絵を描く、ましてマンガなんて商品や文化がなかったんですね」


「なーるほどー」


 アスタリが言い、マレーヤが納得する。


「でもわたしは小さいころから、絵を描くのが好きで、砂浜に指で描いたり、木や石に傷をつけて絵にしたり、彫刻よりもそういうのが」


「それで、こっちへ来たの?」


「はい。ぁ、いえ、最初はそれだけじゃなかったんですけど、こっちの絵やイラストを見ると、もう、夢中になってしまって。とくにマンガが。絵でストーリーが進んでいくなんて、ほんとにすごい、大好き! とくに日本のマンガ、こんなのが読みたかったんだ! って。で、ずっといろんなマンガを読んでいるうちに」


「自分でも描きたくなってきた」


「そう、なんです。こっちの世界ならマンガ家だって目指せる! ……やっぱり、変ですか? マーメイドのマンガ家、とか」


 レイチェルの問いに、三人はいっせいに首を振る。


「変じゃない! ぜんぜん変じゃないよぉ! ……痛っ!」


 マレーヤなど、勢いよく首を振り過ぎて、自分の長い髪が顔に当たり、目に入って悶絶する。


「だいじょうぶ、ですか」


「へーきへーき! っっ……、それよりさ、やっぱりレイチェルはすごいよ! レビューだっけ、イリュージョン? やりながら、監視員もしながら、マンガ描いて投稿して、ちゃんと評価されてんじゃん! あーん、なんていいコなんだよぉ!」


「でも、だったらなおさら、ちゃんとしたお部屋を探さないと、ですね」


 と言うアスタリの言葉は、この場の流れや雰囲気を踏まえて、全員の共通した気持ちになる。


「ええと、じゃあ」


「ちゃんと物件をまた探すところから」


「また、夷やさんに戻って、源大朗店長にお願いしないと」


「えー! またおっさんに?」


 口を尖らせるマレーヤに、レイチェル、


「いいと思います。というより、いま、向かっていたのですよね」

 そう言われると、銭湯を追い出されてから、四人の歩く先は、自然と夷やに向いていた。もう、あと五分もかからず、店に着くだろう。


「そっか。まぁ、おっさんもいちおう不動産屋の社長なんだし、オッケーってことで」


「こういうとき、わたしたちだけで騒いでも、しかたないですものね。ちゃんと専門家に相談して、頼ってもいいと思います」


「うん」


「それに……店長さん、悪い人じゃないと思います。ううん、いい人だと思います。すごく」


 レイチェルの言葉に、マレーヤが「え”ー……」とかぶせそうになったとき、


「あっ!」


「店長さん……!」


 道の向こうに、夷やの看板が見えた。その前に、サンダル履きでぼーっと立っている人影も。


 もちろん、源大朗だった。


「よぉ。遅かったな」


 バリバリと頭を掻く。

 四人、店の前で源大朗と合流して、


「べつに、ほらッ! ウチのコーヒーショップで、なにか飲もうって、思っただけなんだから! ……でも」


「レイチェルのために、物件、もう一度探してもらえませんか。いろいろ事情も話してくれて。だったら、って」


「選択肢も絞れると思うから」


 そう言って、頭を下げる三人。マレーヤも、だ。


「あの、お願い、できますか。もう一度」


 レイチェルが尋ねる、少し不安そうな声に、


「あったりまえだ。ウチは不動産屋なんだからな! さ、入った入った。もうラウネアがお茶を淹れてくれてるぞ」


このあと、22時過ぎにも本日二度目の更新です。そっちは物件間取り付!

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