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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第四章 マーメイドの部屋探し
22/31

3

内見に江古田にやって来ました。さてその物件は?


「ほんとに座る気? ……もう座ってる」


 キアが止める間もなく、源大朗は小さなドア、というより仕切り板を開けて番台に上ってしまっていた。腰を下ろし、


「おー!」


 声を上げる。改めて周りを見渡し、見下ろす。


「うーん、ここにおおぜいの裸の男や、女性や、女のコが……」


「女性と女のコ、かぶってる」


「そうだな、OLとか女子大生とか、女子高生とかなぁ」


 キアに皮肉まじりに突っ込まれても源大朗、気づいていない。


「なんか急に、キモい……」


「あの、だいじょうぶ、ですか?」


 レイチェルのほうが心配し、気を遣うくらいだ。


「キアも座ってみるか、ぅん?」


「いや、いい」


「おまえもいつも、あの富士見湯に行ってるだろ。番台とか、座ってみたいと思わなかったか。ん……あれ? おまえ、キアムのころはどっちに……」


「ど、どっちだって……いい。いまは、女湯にちゃんと、マレーヤやアスタリと入ってるから」


 なぜか顔を赤くするキア。

 無意識に両腕を組むのが、胸を隠すようだ。

 そんなことにはかまわず、


「ところでな。男湯と女湯の外の入り口、左右どっちがどっちだって、知ってたか」


 まだ番台に座ったままの源大朗が言う。よほど気に入ったのか、ちっとも降りようとしない。


「どっちだっていい。……ここみたいに、入って右が女湯じゃないの」


「だろ!? だと思うよな。関東では、確かに右が女湯、左が男湯、が相場なんだ。だが関西では逆なんだぞ。だから転勤で関東から関西へ行ったとか、その逆とか、確かめずに習慣で暖簾をくぐると、逆のほうを開けたりしてひんしゅくを買うってのが、昔からちょくちょく言われてたことでな」


「そうなんですか?」


「そうそう。とはいえ、関東でも女湯が左、なところもあるから、やっぱり入るまえに要確認ってことしか言えないんだが」


「いまどき、銭湯使うほうが少ない」


「けど万一ってことがあるだろ? 出先で急に、とかな」


「そうだけど」


「でな、なんで男湯が左、女湯が右かって、その理由だが」


「この話、まだ続くの」


「おう、ついでに聞いとけって。そもそもひな人形の、お内裏様の並びから来てる」


「でもいま、関東と関西では違うって、言いましたけど」


 レイチェルもなぜか、男湯・女湯の左右問題には食いついて来るようだ。


「そうそう。そもそもひな人形の置き方も、関西は左が女雛、右が男雛で、関東とは逆だ」


「そうなの」


「ああ。もともと京都の御所で帝が即位するとき、南を向いて、日の出の東側に位置するところから来てるらしい。な、勉強になったろ」


「はぁ、そうなんですか」


 マーメイド族のレイチェルにしてみれば、ここまで来ると「外国」の話。感心して聞いている。

 源大朗、ますます調子に乗って、


「とは古来の風習だがな。現在では、天皇皇后両陛下が並んでお立ちになるときは、天皇陛下が向かって左、皇后さまは向かって右、だ。これは外国の来賓に合わせて、というか、開国して欧米風の並びになった、ということだな」


 そこまで言うと、ようやく番台から降りて来た。仕切りの扉をわざと開いて、左の男湯のほうも見せ、


「でもまあ、公共の配管に近いほうを女湯にする、っていう説もあってな」


「なに、それ。いままでさんざん、歴史や伝統を語って来て」


「いやぁ、まぁ諸説あってだな。ははは!」


「どうして、女湯がその、公共の配管? に近いほうがいいのでしょう」


「公共の配管ってのは、地面に埋まってるメインの配管のことだ。そこから引っ張って、各住戸に上下水道を通す。で、女の方がたいてい髪が長いから、洗うのに湯をいっぱい使うだろ? 抜けた髪のゴミもある。配管が長いと詰まったりする恐れもあるしな。だからメイン配管に『女湯が近い方がいいのさ』、って」


「それ、富士見湯の」


「ああ、お時ばあさんが言ってた。まぁ、あそこは女湯がふつうに右側だけどな」


 言いながら、源大朗はレイチェルの車いすを押す。


「ぁ、だいじょうぶです」


 自分で車いすを動かし、土間から脱衣場へ。このあたりはいまどきのバリアフリーで段差も基本ない。


「じゃあこっちだ。浴場だな」


 カラッ、すりガラスの大きな引き戸を開ける。その先はまさに、


「お風呂」


「大きいですね!」


 男女の湯の仕切り壁に寄せて浴槽がある配置。

 浴槽の中にいま、湯は張られていない。閉店状態の銭湯なのだから、あたりまえではある。

 外側の壁際、それとアイランドのように中央に、お湯と水の出るカランが設けられている。ざっと二十はあった。


「富士山」


「鶴が飛んでるだろ。湖にも映って、逆さ富士にもなってる。縁起物だな」


 浴槽の向こう、奥の大きな壁いっぱいに描かれた絵、いわゆる銭湯アートだ。しかもいまは珍しい、細かいタイル画になっていた。


「これだけでも欲しいって人もいるんだぜ。男湯まで繋がってる。向こうは三保の松原だな」


「たしかにすごい、けど」


「で」


「ぅん?」


「うん、じゃなくて。この物件をレイチェルに勧めてるのに、肝心なところをまだ聞いてない」


 キアに言われ、


「おう。そうだったな。これを見てくれ」


 源大朗、ようやく手にしたファイルケースからコピーを取り出す。広げてレイチェルに手渡した。そのコピーに目を落として、


「……江古田・店舗、住居。百六十平米。鉄筋コンクリート。一階/二階。二十五万円。管理費なし。……二十五万円!」


 レイチェルの声が高まったのは、家賃の部分なのは言うまでもない。


「どうだ。これだけの広さで二十五万! 居抜き物件だが安いだろ!」


「居抜き?」


「もとの物件の特徴をそのままに、販売したり賃貸すること。ふつうの住居は居抜きで当然だけど、こういう特徴的なものとか、飲食店なんかを言うことが多い」


 キアが説明する。

 ようは、この場合、銭湯をそのまま賃貸する、ということだ。

 だったら、そのまま銭湯として開業、商売をするのがいちばんいいのだが、


「いまどき銭湯は客も減ってきびしいからな。ここが閉店したのもそれが原因だろうし。ボイラーも老朽化して、新しくするコストに見合わなかったらしいしな」


「らしいし、って、それじゃ銭湯なのに銭湯はできないっていうこと」


「まあ、赤字覚悟なら別だがな」


「あの、わたし、お風呂屋さんをする気はないんですけれど」


「できない。許可もいるし、資格もいる」


「で、だ。こういう変わった物件を飲食店にリニューアル、なんてのが最近あるんだ。聞くだろ?」


 全面タイル張りの床や壁、高い天井が独特の雰囲気になる。

 湯舟なども、座敷の升席のようにしつらえることで利用客に好評。そんな銭湯居抜き食堂・居酒屋、などが雑誌やテレビで紹介されることも珍しくない。


「レイチェルは飲食店だって、やる気ないと思う」


「ない、です」


「いや、飲食店も銭湯も、やると思ってないぞ」


「だったら」


「なぜ」


 これでは堂々巡りだ。

 だが源大朗、なぜか自信満々の顔を崩さない。


「いいか。レイチェルは人魚だ。プールもそうだが、なんたって大きな湯舟は魅力だろ。違うか」


「はい。こんなふうに下半身だけ水に浸けて、ろ過装置で循環するのでも不自由はないんですけれど、やっぱり大きな水場だと自由にその分動けますし」


 こんなふうに、とは、いま使っている特殊車椅子のこと。


「だろ! だよな!」


「でも家賃が高すぎる。レイチェルの希望は、込々で七万円」


「二十五万円は、払えません」


 最大の障害にも、源大朗、両腕を組んで、うんうん、とうなずく。


「そこだよ。ひとりで二十五万は高い。高すぎる。けど、ここは元銭湯だ。こっちは女湯、向こうは男湯。いや、男湯と女湯の区別はもうどうでもいいんだが、つまり、同じスペースがふたつあるって、ことだ」


「えっ」


 レイチェルとキア、同じように声を上げてお互いに顔を見合わせる。我が意を得たり、と源大朗。


「ルームシェアだ。同じ部屋がふたつあるのと同じ。玄関もふたつあるんだから、独立したふたつの部屋と思えばいい。まぁ、仕切りの壁は天井まではないがな。大きなシェアハウスだ」


 トイレもふたつ。男湯側と女湯側にそれぞれあった。


「たしかに。同じ部屋がふたつあるなら、ふたりで借りられますね」


「家賃も半分」


 二十五万の家賃が半分なら十二万五千円になる。

 一瞬、安い! と思い込んでしまうが、


「ま、待ってください。十二万、超えてる……」


「七万の希望予算の……」


 倍近い、とも言えるのだ。


「んー、いい線行ってると思ったんだがなぁ」


「どこが」


「お! じゃあ、四人でシェアはどうだ。それなら二十五万の四分の一で、ええと」


「六万二千五百円」


「六万なら……ぁ、でも」


 こんどは四部屋に分けなくてはならない。男湯や女湯をさらにふたつに分け、ふたりで住む、ということになる。


「浴場と、脱衣場で分ける、の?」


「玄関は、ふた部屋にひとつですね」


「まぁ本来、シェアハウスってのはそういうもんだが」


「ストレートタイプはシェアできない。玄関に接してる部屋がただの廊下になる。ここに壁を作らないと」


 キアの言うストレートタイプとは、玄関戸から入ってダイニングキッチンなどの部屋、その奥にリビングなどに当たる部屋、と続くタイプ。廊下がないので、ふたつは独立して使用できない。

 ようは、奥の部屋へ行くためには前の部屋を通らなくてはいけないので、シェアするなら前の部屋を区切って、玄関から奥の部屋への廊下を作らなくてはならない。


「これだけ広いから、区切っても三十平米くらい部屋は取れる、けど」


 言いながら、キアが気づく。レイチェルも気づいたのか、


「トイレは、こっちの脱衣場の部屋にしかありませんね」


「お風呂は浴場の部屋のほうだし、キッチンは?」


「ない」


「はっ?」


「そう言われると、ないな。まぁ、排水溝は浴場側にある。大きな洗い桶と、IHのクッキングヒーターを買えばなんとかならないか」


 これまた、そこまでは詰めていない源大朗。

 可能性として考えられなくはないが、そうしたとしてもキッチンは浴場側の部屋だけ、になる。


「換気は」


 キッチンには換気設備が義務付けられている。


「んー、あれ、かな」


 源大朗が指さすのは、浴場の天井に取り付けられた換気扇だ。しかし浴場の天井は通常の二階屋根ほどもあり、


「無理」


 これでは法律的にも限りなくアウトっぽい。


「ひとつひとつクリアーしていこうと思ったんだがなぁ」


「紹介するまえに、クリアーしろ」


 というふうに、


「ちょっと、いろいろと、あの……ダメ、です」


 キアに冷たい目で、レイチェルに苦笑されながら、源大朗。


「ダメかぁ! ……よし!」


 しかしまたすぐに、ポン! と自分の拳を平手に打ち付けて、


「またきっと、くだらないアイデア」


 キアの言葉が耳に入ったふうもなく、


「よーし! ……いったん店、戻るか」

明日も更新します。

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