8
第三章、結末です。
「まぁ、なんだ。だいたいそういうワケだ」
「えー! なんかずいぶんかんたん過ぎなーい? マレーヤ、バカだと思って省略してるでしょー!」
キアムが夷やではたらくようになった、というところまでは話したものの、源大朗、そのあとの、金庫の金を持ち逃げ未遂、のところは、
(そこは、いらないよな……)
省いていたのだ。
「えー、なんか隠してるでしょー! なんかわかるんだからー! マレーヤにも教えてー。キアムくんのこと、知りたーい! ねー、おっさん、源大朗ー!」
「くぉ、ら! 首絞めるな、アホJK! なにも隠してないって、髭引っ張るな! っての……」
マレーヤにからまれて源大朗が閉口していたころ、ガタッ、音がして裏口の扉が開いた。じつはノックされていたらしく、開けたのはラウネアだ。
「あらぁ! まぁ!」
驚き、楽しそうな声を上げる。そのラウネアに道を譲られるようにして、店の中へ入って来たのは、
「キアム、くん?」
呆然として見つめるマレーヤ。
「……」
無言のキアムに代わって、続いて入って来たアスタリが言う。
「キアムくんの服、破けちゃったから、わたしの、貸してあげたの。お風呂にも行って、それで、遅くなってしまいました」
その言葉どおり、キアムが着ているのは、アスタリの私服。さすがにメイドドレスではないが、フェミニンなワンピースだ。
「ど、どうしたんだ、それ」
「ぇええええ! かわぃいいいいいっ!!」
源大朗の耳元などおかまいなしに叫ぶマレーヤ。
「ぅわ、うるせぇ!」
「キアムくーーーん! ぁあん、かわいいかわいい、かわいいいいいんん!」
文句を言う源大朗を無視して、キアムに駆け寄り、抱きつくや、頬ずりを繰り返す。
「ぁ、え、と……」
こっちも閉口したように、キアム。
いつものダブダブの服や帽子はもうない。頭の上にケットシーのネコ耳をぴょこんと立てた、耳の下までのショートの髪。
首元をスッキリと出したワンピースは半袖、スカートもミニ丈で、キアムの細く長い手脚をたっぷり見せている。
短いシッポは、スカートのお尻を持ち上げているものの、かろうじて目立たない。
もうどこから見ても、
「女のコ、だな。それも、かわい、い……ん、んん!」
言いかけて、咳払いでごまかした。
しかし源大朗のつぶやきはキアムにも聞こえて、その頬をほんのり染める。そんなことにもおかまいなく、
「ヤダぁ! マジかわいい、超かわいいんですけどぉ! キアムくんが女のコでよかったぁ! もーぉ、かわいいかわいいかわいい~! は、そうだ! もうキアムくん、男のコの振りするの、やめなよぉ。必要ないじゃん! かわいい服、いっしょに買いにいこ! マレーヤのもいっぱい貸したげるし!」
暴走するマレーヤに、
「いや、これは今日だけ、いまだけで」
「いいんじゃないか」
と源大朗。キアムが、ハッとして言葉を途切れさせる。
「アホマレーヤの言うとおりだ」
「だーれがアホなのよぉ!」
「もう隠す必要もない。もとの世界で、女は虐げられて不利だから、両親はおまえを男に育てたんだろう。だがもうここは日本で東京だ。男の振りはもう、止めにしたらどうだ。女のコに戻って、自分らしく生きればいい。さいわい友だちならもうふたりもできたみたいだしな」
キアムはいっしゅん言い返そうとして口を開くが、言葉は出て来なかった。それよりも、源大朗の言葉をかみしめる。
すると、どんどん表情に明るさが射して来た。
「そうだよそうだよ! ぜったい女のコのほうがいいよぉ! 源大朗もたまにはいいこと言うじゃーん!」
もう決まったようにマレーヤ、キアムに抱き着く。アスタリも、ラウネアも微笑んでいる。
「ぼくは、このままで……」
「ああ。好きに決めたらいい。おまえの意思で、な」
キアムの口からまだ答えは出て来なかったが、その表情がすべてを物語っていた。花のような唇がほころぶ。初めて見せる、小さな笑み。
「よし、決まりだな。だったら、キアムって男名前も変えるのはどうだ。そうだな……キア。キアってのは」
「キア……」
「キアくん? へぇー、かわいいじゃん! 源大朗にしては、よくやった! キアくん、ううん、キア! マレーヤとずっと親友だよ!」
またも、ぎゅーっ、抱きしめる。
閉口しながらも、拒まないキア。
「どうやら、気に入ってくれたみたいですね」
「キア、いい名前、です」
ラウネアとアスタリも微笑む。
そしてキア。
「ありが、とう……」
源大朗を見つめるその目が、以前の尖ったキアムとは別人のようにおだやかでやさしく、輝いていた。
「あー! でもキア、かわいいから内見でお客さんとふたりきりにしたらダメなんだよ! おっさんがぜったいついてってよね!」
「またおっさんかよ。ああ、約束する」
「ぜったいぜったい、ぜったいだよー! あ、マレーヤがいっしょに行ってもいいよ。かわいい女のコふたりの不動産屋さん、ぜーったい大人気だよぉー!」
「バカ言うな! おまえはコーヒーショップのバイトだろーが!」
「えー、キアとだったらいっしょにやりたいのにー。あっ! キアがうちのバイトすれば? メイドコス着て、ぜったいぜったいかわいいから!」
「それも止めろ! だいたいキアは……んっ? ところでおまえ、いくつになったんだ?」
ふと気づいて源大朗が尋ねる。キア、答えて、
「十四」
「ああそうか、十四歳な。んー。……ぁあああ!?」
このあと、登録証を確認してちょっとしたパニックに陥る源大朗だった。
「きゃー! 十四歳とか、JCじゃーん! キア超かわいいっん!」
「……ところで、あの晩どうしていなかったんだ?」
源大朗がラウネアに尋ねる。あの晩、とはもちろん、キアムが夷やを出て行こうとした夜のことだ。
いつもPC席を基本的に離れないラウネアが、あの晩だけは店内のどこにもいなかった。
しかしラウネア、
「あら、いましたよ」
「だがオレが帰って来たとき声も出さなかったし」
「はい。あの夜は、キアム……キアさんの不穏な気配を感じましたので、いない振りをしていました。ちょっと、隠れて」
と、なんでもなさそうに。
「気配を感じて、キアを止めてくれなかったのか。それに隠れて、って」
「だって源大朗さんが帰って来てくれるって思っていましたから。それに、フフッ、隠れる場所はいろいろあります」
そう言って、にっこり笑う。
「隠れる場所はいろいろ……んー?」
ラウネアもまだまだいろんな秘密がありそうではある。
次回から第四章です。明日夜更新予定です。